4Pガール・ミーツ・ガール
図書館司書の戦いとガールズトーク(?)です。
その日、専門階は異様なほど人が集まっていた。
「え~と、科学学部のフランシウムさん。『物質の燃焼変化論』と『熱力学法則論』」
「化学部のルーベンさん。『結晶構造学』と『物質の状況変化による性質変化について』」
「物理学部のマルコムさん。『力学基礎概論』」
「自然科学部のクリスティーナさん『気象変化の科学』」
専門階のカウンターには科学科に加入予定の学部の生徒や教授が集まっていた。
リリーズの話によると図書館開館二時間前から長蛇の列が出来ていたらしい。
彼らの目当てはもちろん、司書達が残業し続けて貸し出し準備をした科学系の専門図書。
皆、自分の目当ての図書のリストを作ってカウンターで検索を頼んでいる。
ユーリも司書の一人として専門階にいた。
今日はヘルプで入ったのではなく、ただ単に専門階で働く日だったのだが、働き始めて一時間、誰かに代わってもらえば良かったと早くも後悔し始めていた。
懐中時計からはひっきりなしに検索図書の名前があげられる。
貸出上限ぎりぎりまで本を借りていく利用者ばかりなので、ユーリは配送用のカートを片手に専門階の歩くだけで足が震えそうな渡り廊下を足早に進む。
「キーリスさん。ネルソン教授の図書持ってきました!!」
「ありがと!! 次、このリストの図書の検索よろしく!!」
バックヤードを通って専門階一階の中央カウンターについたユーリは、最初より長くなった列に眩暈を覚える。
時間の経過と共に列は長くなっている気がする。
司書に探してもらった方が安全だし、早いし、無駄がないが、ここまで待機している人を見ると「自分で探してくれ」と言いたくもなってくる。
キーリスに渡されたリストを読み上げたユーリは溜息をつく。
「この『分子構造論』と『科学の父の遺産』はもう貸し出しされてます」
「嘘だろっ!? 俺、開館三時間前に並んだのに!!」
その声が聞こえたらしい、金髪の少年が勝気そうな榛の目を見開いて嘆いた。
「借りたのはロレンス教授みたいね。 とりあえず、貸し出し予約しておきますか?」
キーリスが問うと、その少年は項垂れながらもこくりと頷いた。
時間の経過とともにめぼしい本はどんどん借り出されてしまい、返却されてくるのを指をくわえて待たないといけなくなる。
しょんぼりと予約申請書にサインする少年を見、ユーリはキーリスに向き直る。
「リストに残っている三つの本はまだ貸し出しされていないから、取ってきます」
「あ、ユーリ。ついでにこのリストもよろしく!!」
「はあい!!」
別の司書から渡されたリストも追加して、ユーリはヤケクソ気味にカートを押した。
「あ、おい!! 待ってくれ!!」
専門階の二階の廊下を足早に進むユーリの背に高い声がかかった。
いささかイラッとしながら振り返ると、亜麻色の髪を一本の三つ編みに纏めた少女が真っ直ぐに濃い青の目を向けて駆け寄ってくる。
「本!! その『植物変化論』を譲ってくれないか!?」
「は?」
可憐な容姿とは裏腹に、亜麻色の髪の少女の口から出てきたのは男勝りな言葉。
一瞬虚を突かれたユーリだが、ハッと我に返るとこういうときのマニュアルを思い出す。
「申し訳ありません。 この本を待っている方がいらっしゃいますので、貸し出し予約申請をしていただけませんでしょうか?」
「だ、ダメか?」
恐る恐るといった様子で問う声にユーリは首を横に振る。
「申し訳ありません。先に取り置きを申請された方がいらっしゃいますので」
「そ、そうか……」
がっくりと項垂れた姿を申し訳なく思いながら、ユーリはバックヤードに向かう。
(このペースだと本当に科学系の図書が無くなっちゃうかも……)
配送カートを押しながら、ユーリは深刻に考え込む。
二ヶ月間、ユーリ達が頑張って準備した図書がすべてなくなる。という事は、一週間司書達が棚に納めてきた図書をまた走り回ってかき集めるという事だ。
「……」
ぞっと青褪めたユーリは、バックヤードに戻る。
(やばい。 マジで逃げたくなってきた……)
「おう。 ユーリ」
「あ、 ロランさん。 ……何?それ」
中央カウンターに向かっていると、大きな立て看板を数人の司書と抱え持つロランに出会った。
「『貸し出しされた図書の一覧?』」
立て看板に貼られている紙の一番上の文を読んだユーリに、ロランが応える。
「ああ、こいつを専門階の外に出して、その隣に予約申請受付を作る。 じゃないと科学系以外の専門階利用者の邪魔になるからな」
ロランの後から、男性司書が机といすを持って来ている。
「そっか、助かるよ。 もう、こっちもいっぱいいっぱいで……」
「しょうがないさ。科学系の図書はやたら高いからな。それをタダで借りられるんだ。 人が集まるに決まっている」
げっそりと肩を落としたユーリの頭をロランが慰めるようにぽんぽんと撫でる。
ロランが作った立て看板(正しくはクライヴが考え付いた作戦らしい)は功を奏し、カウンターの混雑はどうにか収まり、司書達はようやく落ち着いて仕事をする事が出来るようになった。
しかし、利用者がいなくなる事はなく。
その日、司書達は閉館時間まで休むことなく働く事になった。
「そんな事があったんですの?」
「うわぁ」
今日は授業が比較的緩やかなアリナとフィーナと共に中庭で昼食を摂る約束をしていたユーリは、昨日の王立学院図書館専門階の様子を語った。
「専門階が混雑してるっていのは聞いてたけど、そこまで酷いとは知らなかったよ」
首をすくめたフィーナにユーリは疲れたように溜息をつく。
「昨日は休日だったのも関係してると思うんだけどね」
科学系の図書が結局ほとんどなくなってしまった専門階の本棚を思い出す。
貸し出しは一瞬だが、それまでに準備にかかった時間を思うと何だか目からしょっぱい水が出そうになる。
「う~ん。どっちかっていうと、『学研』が近いせいじゃないかな?」
「何で?」
きょとりと目を丸くしたユーリにフィーナとアリナが驚いたように顔を見合わせる。
「ユーリ、知らないの?『学研』の成果を競って科学科と魔導科が対立してるってすごい噂だよ」
「うそっ!?」
思わず魔導科の生徒であるアリナを見る。
「事実だそうですわ」
こくりとアリナは頷く。
ここしばらく、授業と図書館の業務でいっぱいいっぱいだったせいですっかり学内の事に疎くなってしまったらしい。
「そのせいで今年の『学研』は他学科の学生の入場を制限するって」
「ええっ!? つまんない~」
学科ごとに校舎が離れていて、他学科との交流が少ない『学院』で他学科と交流する場のひとつが『学研』である。
「せっかく魔導科の魔導実践とか騎士科の演武が見れると思ったのに~」
ユーリが嘆くと、フィーナも同意した。
「あたしも普通科の植物学部の研究見たかったなあ~」
「わたしも植物学部の新種植物には興味がありましたのに……」
はぁ、と溜息をつくアリナにフィーナが珍しそうな顔を向けた。
「意外。魔導科の生徒なのに科学科に入るかもしれない学部に興味あるんだ」
「いちいち対立しているのは一部の学部だけです。 わたし個人としては科学の発展もこの国に必要なものであると考えていますわ」
「貴族出身の魔導師って、結構魔導崇拝思考でガッチガチの人が多いのに」
フィーナの歯に衣着せぬ物言いにアリナは少し顔を顰めたが、ツンッと澄ましたように咳払いをする。
「魔導は確かに尊いものですわ。しかし、それ故に使える人が限られるのも難点。 そして、現在の魔導では魔力の少ない市民が自由に魔導を使うことは難しい」
「“魔鉱石”と魔導機は高いしね」
ユーリは図書館で使う懐中時計を思い出す。
あれは結構複雑な魔導が組み込まれた魔導機なのだ。
『迷子の魔導書』事件で壊れてしまったあの懐中時計を含む魔導機の修理には、恐ろしくお金がかかった。
「何かの冗談か?」と思える金額が並ぶ領収証が事件の犯人達に回されるのを知って少しばかり気の毒になった事を覚えている。
魔導機の原動力になる“魔鉱石”は採掘できる場所が少ないうえに市場に出回る事が少ない。
その上、“魔鉱石”を細工して魔導機に利用できるようにする『魔導技師』の数も少なく、いよいよ魔導機と“魔鉱石”の価値は跳ね上がり、市民の手が出せないほど高価になる。
「四年前の戦争も“魔鉱石”採掘場の利権を争っての戦争だったしね」
高価で利用価値の高い“魔鉱石”は戦争の火種にもなる。
うかつに採掘できないのも“魔鉱石”の値が吊り上がる理由だろう。
「しかし、魔導が使える・使えない事による市民の格差は国として生まれてはいけないモノですわ。わたしは魔導師を志す若輩者ですが、それ以前にザラート王国を支えるエリメルバ侯爵家の人間でもあり、アリナというザラート王国の民でもあります。 真に国を思う国民であるならば、魔導では補いきれない『穴』を埋め、国の安定と繁栄を助けるためにも、科学は必要と考えるでしょう?」
気負うでもなく、ただ当然の事のように言うアリナは『貴族』だった。
学生らしい瑞々しさの中にあるのは、国を支え守る事を生まれた時から背負ってきた『貴族の誇り』。
ユーリの様なポッと出の貧乏貴族では背負えない、歴史と誇りをアリナは背負っていた。
「本当に意外だ」
「?」
生垣を背に座っていたユーリ達は生垣の向こうから聞こえた声に振り返る。
「あ……」
「昨日の司書? 『学院』の生徒だったのか」
生垣の向こうから現れたのは亜麻色の髪の少女。
ユーリと同じ普通科のエンブレムをつけているので、セフィールド学術院普通科の生徒らしい。
「ユーリ。この方は?」
「昨日専門階で会ったの」
「ミーシャ・ヴェルデ。 普通科生徒だ」
威風堂々とした口調で自己紹介した亜麻色の髪の少女が、ユーリに手を差し出す。。
「あたしはユーリ・トレス・マルグリット。普通科の生徒、図書館で司書のバイトしてるの。……こっちはフィーナとアリナ」
亜麻色の髪の少女、ミーシャの手を握り返したユーリは隣に座るフィーナとアリナを指し示す。
「フィーナ・キャラウェイ。医療科生徒。医学部志望かな」
にこっと人懐っこい笑みと共にフィーナは白のエンブレムを指し示す。
「アリナ・ユニ=セイス・ヴィ・エリメルバですわ。魔導科で応用魔導学部を志望しております」
それぞれの自己紹介が終わった後、ミーシャが少しすまなそうに眉を寄せた。
「盗み聞きする気はなかったんだが、すまない。聞こえた内容が少し気になってな」
「?」
わけがわからず首を傾げたユーリにミーシャはふっと微笑む。
「魔導科の生徒が科学科設立をどう思っているのか、少し気になった」
「ああ、なるほど」
フィーナが頷く。
「教授や先輩方はぴりぴりしていてね。 打倒魔導科をスローガンにしているとか聞いてね」
少しばかりうんざりだとミーシャは溜息をつく。
「科学科入りが微妙な学部は特に殺気立っているだろうね?」
フィーナが問うと、ミーシャは頷く。
「ねえ、他学科なのに何でフィーナは普通科のあたしより詳しいの?」
「いま、どの学科でもこの話題で盛り上がっていますわ。……むしろ、ユーリが知らない事に驚きなんですが……」
「……すいません」
図書館業務が忙しかったんです。
ユーリが項垂れていると、ミーシャが軽く笑った。
「ところで、あなた達は植物学部に興味があるのか?」
「ええ、わたしは新種の花の苗を見たいと思っていましたの」
「うん。あそこの新種の苗はいつも面白い」
こくんと嬉しそうに頷いたミーシャの顔を見てユーリは問う。
「ミーシャさんは、植物学部志望?」
「ミーシャでいい。その代わり、わたしもあなた達を名前で呼んでいいかな?」
ミーシャの問いに三人は首を縦に振る。
「うん、植物学部志望。 植物の品種改良や土壌改良技術に興味があってね」
「なるほど」
「わたしは植物学部が科学科に入らなくても植物学部に入るつもりだから、何か面白い苗が出来たら分けてあげる」
「いいんですの?」
「うん。貴族で魔導師なのに、科学を肯定してくれる人がいるのは嬉しいし、ちょっとでもこうした交流があれば、お互いの印象が変わるかもしれないしね」
「ふふ、そうですわね」
(わぁ、大人だ~)
にっこりと微笑みあうミーシャとアリナを見てユーリはただ見とれた。
同じ年なのに、ミーシャとアリナは随分視野が広く、対応が大人だ。
対立しあう教授陣に彼女の爪の垢を煎じて飲ませたい。
昼休憩のチャイムが、生徒達に等しく降り注いだ。
反面教師って奴でしょうか?
久しぶりの投稿です。