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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
48/85

43P魔導と騎士と科学の狂音曲Ⅹ

一方、その頃。

白い陶器のティーカップから馥郁とした香りが立ち上がる。

その香りをたっぷりと楽しみ、紅色の美しい茶を一口すすった後、アヴィリスは悩ましげに溜息をついた。

「まったく、魔導はお伽噺に出てくるお願い事を何でも叶えてくれる不思議な妖精さんじゃないんだぞ。純粋な理論と研鑽の後に作りだされた技術だという事を忘れたのか?」

心底呆れたように溜息をつきつつ、白い指先で形の良い額に手をやる。

その姿は高位貴族といっても遜色ないほどの気品あふれる優雅さを放っていた。

だが、

「………君」

頭上から響いた声にアヴィリスは顔をあげる。

質素な椅子に腰かけて茶を楽しんでいたアヴィリスを見下ろすルファル魔導師、彼の顔は何故か引き攣っていた。

「ああ、すまない。貴方の分も用意しよう」

「いや、要らないよ!!そうじゃなくて!!」

アヴィリスが転移系魔導を展開させた途端、出て来たカップをルファル魔導師は器用に受け止めて質素なテーブルの上に置く。

「おい!!お前!!我々にこんな事をしていいと思っているのか!?」

突然、声が割り込んできた。

声音は悲鳴のようで、言葉は威圧的に聞こえるのにどこか懇願めいた響きがある。

アヴィリスとルファル魔導師は悲鳴のような声が告げる、「こんなこと」を見た。

暗く、底の見えない穴の上に、天井から伸びた鎖に両手を拘束されて吊るされた、老若男女の、魔導師か魔導科の生徒達が数人、等間隔に横に並べられていた。

「思っているぞ」

アヴィリスはこともなげに頷く。

「悪魔か貴様っ!!……ひぃ!!」

壮年の男は己の顔の側で形を変えた青白い鬼火の炎と熱に悲鳴を上げた。

炎は大きな大蛇に姿を変え、牙をむいて男に喰らいつく。

断末魔の悲鳴と共に男は鎖の拘束から解き放たれ、落ちる。

暗い穴の中から奇妙に反響した男の悲鳴が響き渡った。

壮年の魔導師の行く末に、吊るされている魔導師達は顔を青ざめて小さな悲鳴をあげた。

各々の穴の中からも鬼火達は浮かびあがり、不規則に動きながら、彼らに近づくと炎を大きくして消える。

「さて、五月蠅いのが消えたところで」

アヴィリスは茶を飲み干し、鞭を片手に立ち上がる。

その途端、穴の中から青白い炎の大蛇が立ち上がり、魔導師達に絡みつく。

「さっさと吐くべき事を吐いてもらおうか?」

アヴィリスの手許で鞭が高らかに鳴った。


 ※ 残酷な光景が繰り広げられています。……しばらくお待ちください。 


「宮廷魔導師っていつから拷問官も兼務するようになったのかなぁ?」

ルファル魔導師は容赦ない彼の尋問に引き攣った顔で呻いた。

「何を暢気な事を……。新しい情報はほとんど得られなかったし、肝心の魔導の構造式や効果すら解らず仕舞い………」

アヴィリスは深刻な顔で溜息をつく。

「そうだけどねぇ」

「自分達が描いた、魔導の効果すらちゃんと理解していなかったとは、俺も思ってはいなかったが……」

「うるさい!!我々はあのお方に従っていただけだ!!」

アヴィリスの吐き捨てるような言葉にさすがに自尊心が傷つけられたのか、青年魔導師の一人が高圧的に叫ぶ。

「聞きたい事がもうないなら!!さっさと我々を解放し………」

「あ゛?」

「……………解放してください」

(宮廷魔導師が、裏街のマフィアみたいなメンチ切っていいのかなぁ)

一応、国政に関わる官僚の一人であるはずなのに、あまりに似合うその姿にルファル魔導師はドン引きだ。

ちなみに、彼の部下の『断罪人』達はドン引きしすぎて最初の情報を引き出した途端、裏付けのための証拠集めや聞き込みのために我先にとこの場を去った。

彼らについていけばよかった、としみじみ思いながらも、立場的にも地位的にもアヴィリスのストッパー役になれるのは自分しかいないため、この場に残ったルファル魔導師は遠い目をして黄昏た。

怯えている吊るされた魔導師達、彼らが本当に恐れているのは、穴の下からぞるっぞるっと何かを引き摺るような音だと、ルファル魔導師は知っている。

「しかし、『科学という概念を無かった事』にする……ねぇ?」

とても信じる事は出来ない。とルファル魔導師は溜息をつく。

「いや!!出来るはずだ!!魔導書の力を取り込み、全ての事象を揃え、力を集めれば!!」

「善を悪に、悪を善に、真実を嘘に嘘を真実に、有を無に無を有に!!占術はそれを可能にできる!!科学なんぞ、我らが占術の前に塵に等しい!!」

アヴィリスは呆れ果てていっそ感心した。

「そんな夢物語を本気で信じられるとは、脳をカチ割って構造を調べたら洗脳系の魔導の開発に役立つか?」

「いや、調べる前に、脳カチ割られたら普通に死ぬんじゃないかな?」

アヴィリスの鞭が彼の手元でひと振りの剣に変わった瞬間、ルファル魔導師の引き攣った顔でアヴィリスを制止させる。

さすがに、殺しだけは勘弁してくれ。

ルファル魔導師のその意思を察したアヴィリスはちらりと彼らを見、小さく頷く。

「…………しかし、まだ叫ぶ元気がまだあったとは、まだまだアレに魔力を吸われ足りていなかったようだな」

アヴィリスが指を鳴らした途端、穴の奥から赤黒い色をした蛇のようなものが沸き上がった。

赤黒いものは申し訳程度についた葉っぱのような物から察するに、蔦を模しているらしい。

その蔦(?)を見た瞬間、魔導師達は必死の形相で暴れて悲鳴を上げた。

「あの蔦みたいなやつ、何かなぁ?」

ぎゅうぎゅうと魔導師に絡みつく赤黒い蔦(?)を震えた指先でルファル魔導師は指す。

「王立学院図書館の司書の一人に以前、手酷い目にあわされましてね。その備品について色々調べて研究した結果、出来上がった魔道具です」

「あ~、あそこの司書、“保安司書”達、えげつないからねぇ。たまに魔導師達に泣きつかれる事あるよ」

ははっと乾いた笑みしか出てこないルファル魔導師は投げやりな気分で目を逸らす。

「だからって、拷問用に使用するのはどうかなぁ」

「拷問とは失礼な。いま行っているのはあくまで尋問です。それに、手許にあるものを有効にかつ効率よく利用する事も魔導師の必須条件でしょうに」

ルファル魔導師の呟きに、アヴィリスは弱冠ムッと眉を跳ねあげた。

「つまり、この魔導の利用方法を追求した結果がこうだと?」

「いえ、まだ利用方法は模索中ですが、まぁ、ちょうどいい実験体が手に入ったので、実験を」

「……勝手に魔道具の実験体にされると困るんだけどねぇ?その、私の立場的に……」

「口を噤んでくれれば問題ありません。それに必要な情報を迅速に得られたんです。口止め料に足りませんか?」

「……………そこまで堂々と開き直られると、本当に潔くって清々しいよ」

こほんと気を取り直すように咳払いし、ルファル魔導師は目元を引きしめる。

「とにかく、彼達は今回の魔導事故の中心人物として<クラン>で拘束させてもらう。これはセフィールド学術院学院長ソフィア・ルディ・コガならびに理事たちの承認も受けている決定事項でもある」

「了解した」

アヴィリスの声と共に魔導師達の足もとに開いていた穴が消え、彼らを拘束していた蔦と共に鎖も消えた。(ついでに、穴の中に消えていた壮年の魔導師も出て来た)

ぐったりとした魔導師達を部屋の外にいたルファル魔導師の部下達が拘束していく。

「俺はもう一度“保安司書”達が消えた部屋に行く。あそこの魔導陣、何か気になる」

「ああ、もう好きにしなさい」

ルファル魔導師が追い払うように手を振るのをいい事にアヴィリスはさっさか出ていく。

どうやら、あの部屋の魔導陣が気になるから、さっさと情報を聞き出そうと、あの鬼畜尋問(ほぼ拷問)を行ったらしい。

颯爽とした背中を見送り、扉がパタリとしまった瞬間、<クラン>の『断罪人』達はようやく肩の力を抜いた。

「死人が出なくて、よかった」

誰だか知らないが、ぽつりとこぼされた言葉にルファル魔導師は頷いた。

「さて、魔導にしか興味のないアヴィリス君がいなくなった事だし、とっとと吐いてもらおうかな」

アヴィリスがいなくなった事でゆるんだ空気が一気に凍りついた。

ルファル魔導師は害虫を踏みつぶすかのような冷酷な目で拘束された魔導師達を見下ろす。

「一体誰の命令で君達は動いていたんだい?」


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