41P魔導と騎士と科学の狂音曲Ⅷ
「……よし!!次はこっちだ」
ユーリの懐中時計を片手に持ったイオンが指差す方向にゼクスを先頭に進む。
イオンが指差した先には一本の大樹が泰然と佇んでいたが、ゼクスは臆することなく木の方へ歩み、そのまま木のど真ん中をすり抜けた。
奇っ怪極まりない光景を前にユーリとイオンは溜息をつきつつゼクスの後を追う。
「いつになったら『要』に辿り着くんだろうね?」
「知らん」
憮然とした顔でイオンは生徒手帳にがりがりと計算式を書き散らす。
ユーリは空を見上げる。
青い空と地を照らす、太陽の光。
この太陽の光を頼りにユーリ達は道を見つけて進んでいるのだ。
数分前。
「で、どーやってここから出るの?」
「ん~、先輩から話聞け。先輩、騎士科で対魔導学勉強してるから、俺より魔導は詳しいし、俺、魔導は専門外だから説明しづらい」
「おい」
指を指されたゼクスは顔を引き攣らせてイオンを睨む。
だが、イオンは本当に説明を丸投げする気らしく、ユーリは騎士科の先輩を見る。
後輩二人からの視線に、ゼクスは憮然とした顔で咳払いをする。
「魔導で空間を閉じるには、閉じたい空間を指定する魔導とその空間を閉じる魔導の二種類を使わないといけない。だが、ひとつ問題がある」
「問題?」
「魔導は、まったく異なる二種類の魔導を同時に重ねがけすることはできない」
「何で?」
首を傾げたイオンにゼクスは顔を顰めた。
「知らん。詳しく知りたければ魔導師にでも聞け。魔導の同時使用、付加は魔導師の長年の研究テーマらしいからな」
つまり、異系統の魔導の同時使用・発動はいまだに実現できていない事らしい。
「だから、こういう状態を作り出したいと魔導師が考えた場合、魔導具、もしくは魔導機を使用するはずだ。それを壊す」
「でも、この空間から出てもどうやって帰るんですか?ヴェルガ地方のアルエット領ってセフィールド学術院からどれだけ離れてるんですか?」
「東の中心地って言われているヴァストークの側。セフィールド学術院までは辻馬車乗り継いでも五日はかかるし、汽車だとだいたい三日だな」
イオンの言葉にはっとユーリは気づく。
「皆、所持金はいくらっ!?汽車に乗れるくらいのお金持ってる!?」
「あるか!!そんな大金!!汽車のチケットどれだけ高いと思ってんだ!?」
ユーリのいるザラート王国には蒸気を原動力とした蒸気機関車がある。
北から南、東から西へ王都を必ず経由している、この国の心臓とも言うべき乗り物なのだ。しかし、蒸気機関車とその設備は国有の物であるため、国事・軍事利用が最優先、その上機関車もそれほど台数はないのでチケットの値段は高い。
「心配するな、ここに大貴族のエイガット先輩がいる」
「おい、貴様!!俺にたかる気かっ!?言っとくが、俺も手持ちの金はない!!」
「そこはコネでどうにか…………」
「お前、一度先輩に対する態度についてしっかり躾直した方がよさそうだな?おい」
キラキラと目を輝かせて縋りついて来たイオンを振り払い、ゼクスは溜息をつく。
「そんな地道な方法を考えなくても、ただで帰る方法はある」
無料という言葉に貧乏学生ズはくわっと目を見開く。
「この空間から出て転移魔導陣を探し出す。それで帰る」
ユーリとイオンの熱視線に引きつつ、ゼクスは応える。
「俺、魔導は使えないっす」
「右に同じく」
ユーリとイオンが仲良く手をあげて自己申告。
「心配するな。俺もそれほど使えん」
「「えっ」」
動揺する後輩にゼクスは落ち着くよう手をあげる。
「だから、空間を閉じているのに使っているだろう魔導具か魔導機から魔鉱石を奪い取る。魔力さえあれば、多分、俺達を転移させた転移魔導陣は動かせる」
「ん?俺達を転移させた?」
「ああ、転移系魔導は普通は魔力を持つ魔導師しか使えない。だが、俺達を転移させた魔導陣は詠唱なしでも稼働した。そこから考えるに、俺たちを移動させた魔導陣は罠タイプの陣であり、魔力を持たない者をこういう風にぶっ飛ばす機能があるんだろう。細かい説明は省くが、魔導陣さえ見つければ、魔力のあるものならば動かせる可能性がある。見たところ、この三人に魔導師になれるほどの魔力もちはいなさそうだしな。……だから」
「で、俺の出番ってわけっすね」
ちらりと視線を寄こされたイオンがはいっと手をあげる。
ユーリが首を傾げてゼクスを見ると、彼は肩をすくめてイオンに向かって顎をしゃくる。
「さっき、ざっとこのあたりの影を見てみたんだが、影のでき方がおかしな場所がある。その方角で何かが光を歪めてるって仮定するとして、いまの現状で光を歪めている物は?」
「魔導機か魔導具!?」
「その通り!!」
イオンがにっと笑う。
「で、こいつは正しい影の差す位置を割り出す事が出来るらしい。だから、俺達はこいつの道案内の下に魔導機か魔導具……『要』をめざす」
あとは、まかせろとゼクスは先輩らしく実に頼もしい事を言った。
「じゃあ、道案内をしたいんだが、なあ、誰か時計、持ってないか?」
よっこらせっと立ち上がったイオンがひょいっと手を出す。
「あ、私持ってるよ」
ユーリは自分の懐中時計を渡し、ふと、あたりを見回す。
「あれ?あたしの鳥籠は……?」
「あん?ここに来た時にはすでになかったぞ?」
「あの教室に置いて来たんじゃないか?」
懐中時計を受け取ったイオンが首を傾げ、そのイオンの側に寄ったゼクスも同意する。
「そっか」
(鳥、無事だといいけど……)
とにかく、ここから出て『学院』に戻らなければいけない。
「時計なんか使ってどうするんだ?」
ゼクスは首を傾げつつ、イオンに問う。
イオンは時計の12時の文字盤が左側に来るように持ち、短針を太陽の方に向けていた。
「この12時と短針の差しているちょうど中間が南の方角になるんだ。で、この真南の反対は、北。いまは北を目指すわけじゃないから関係ないけど、エイガット先輩は絶対知っといた方がいいですよ。時計と太陽の光さえあれば確実にこの方法で方角がわかります」
言いながら、イオンは拾った棒でがりがりと地面に十字に線を入れる。
「さて、ここから本番っと」
言いながら、イオンはその十字に一本線を描き足した。
「太陽は東から西に向かって沈む。午前中は影の向きは大体西北西、午後は東北東を指す。時間の経過によって太陽は移動するから、この事象を利用したのが日時計だ。つまり、この影が俺の予想した影の位置線と違うところに来たら、出来た影とは逆の方角には太陽の光を歪めている“何か”があると考えられる」
言いながら、イオンはトンっと十字の中心に棒を突き刺す。
影はイオンが引いた線とは全く反対方向に出来た。
その影の真逆の方向、そこには獣道すらない木々と下生えがある。
「「……」」
ユーリとゼクスは顔を見合わせ、イオンを見つめる。
「信じてくれ。特別な人間に対抗するために持たない者達が必死に知恵を絞って、考えて研究し続けた、“科学”の一片を」
真っ直ぐな榛色の瞳。
でも、顔は緊張に張り詰めていた。
だから、ユーリは決めた。
「行くよ。イオン君に賭けるって決めたのはあたしだからね」
道すらないその方向にユーリは行く。
(ええい!!)
深呼吸をしつつ、緑一面のその方向に飛び込む。
「え?」
目を開けるとそこは開けた林道だった。
「どうやら、当たりだったみたいだな」
少なくとも同じ場所をぐるぐると回らせられる事なく、別の場所に出たらしい。
ゼクスは呆然としつつ、功労者であるイオンを振り返る。
イオンは安堵の息をつきつつ、誇らしげな表情を浮かべて笑う。
「な?科学ってすごいだろ」