39P 魔導と騎士と科学の狂音曲Ⅵ
事の始まりはたった30分ほど前。
「………ったく、手間ぁとらせやがって」
荒れ果てた教室の中でロランを含む“保安司書”たちが魔導書を次々と回収していく。
忙しく立ち働く彼らの傍には倒れ付して動かない魔導師や魔導科の生徒たち。
もちろん、彼らは死んでいるわけでなく、“保安司書”たちとの攻防戦の後、魔力不足で疲れきって倒れているだけである。
その様子を客観的に眺める騎士科の生徒たちの中、一人の勇者がポツリとつぶやく。
「なんか、強盗組織に押し入られた被害者たちとその現場みたいな構図だな」
その言葉にはさすがに数名の“保安司書“達が顔色を変える。
「おい、そこの役立たずのお荷物共、五月蠅い」
彼らだって好きでこんな事をしているのではないのだ。
彼らの本来の職務は図書館内の防犯や司書業務。
こんな荒事は業務範囲外、彼らだって魔導に対する恐怖と闘いつつ魔導師達と向き合っていたのだ。
それをこんな風に茶化されるのは腹立たしい。
「…………役立たずって酷いじゃない」
しかし、ぽつっと不満げに声をあげた騎士科の生徒。
その声はとても小さかったが、聞き取った“保安司書”の一人が聞えよがしに溜息をついた。
「俺達もがっかりだ。レベルト先生が是非にとゴリ押しして推薦して来た生徒達がまったく役に立たない役立たず共だったってな」
ハッと鼻で笑われた騎士科の生徒のうち、何人かが抜刀しそうな気配を孕む。
「おい、ベル」
「何だよ?間違ってるか?こいつら、俺らに合流したは良いが、魔導にビビって隠れてただけだったんだぜ?」
「よせ、子供に大人げない」
ロランが渋面で窘めると、ベルと呼ばれた青年がバツの悪そうな顔で魔導書を保管する。
「そうですよ。足手まといを捌けないで大人が務まりますか?俺達が不満を向ける相手は役立たずどもを押しつけて来たレベルト先生の方です」
「おい、チャーリー。お前煽ってんのか宥めてるんだかわからんぞ」
ロランが顔を引き攣らせてチャーリーを見る。
彼はきょとりと首を傾げる。
「もちろん。全身全霊をもって宥めているのですが?」
「…………もういい」
不穏な空気を全て丸投げする事にしたロランはさっさと回収した魔導書の確認に入る。
「……よし、ここの本はすべて回収したな。次に行くぞ」
「はい!!」
司書達がよい返事をしたその瞬間、一人の魔導師がほっと息をついた。
その、些細な行動をロランは見逃さない。
「?」
ロランが立ち上がりはしたものの、一向に動き出さない事に司書達は首を傾げる。
「ロランさん?」
安堵の息をついた魔導師。
ロランは彼を見て顔を顰める。
「…………ずっと、おかしいとばかり思っていたんだ。何で魔導科の生徒共はこんなに魔導書の確保に躍起になる?もう、『学研』まで秒読みだって言うのに資料の確保に走るのはおかしいだろう?」
数名の魔導科の生徒達がそろっと目を逸らす。
「それに、そこの坊主とお前、ここの学部の生徒じゃないのに何でここにいる?その上、そこの魔導師」
「え?知り合いですか?ロランさん」
ネロの声にロランは首を振る。
「いや、図書館の談話室で見た事がある程度だが、こいつはこの『学院』外の学校出身の魔導師だ。……何でいる?」
問いながら、ロランは顔を顰める。
「いや、ここで何をしていやがった?」
「ここで?」
首を傾げる司書達の中、チャーリーは頷く。
「そうですね。ここにこれだけの魔導書が集まったんです。ここで何かをしていたと考えた方が正しい」
司書達は顔を引き締めて目配せし合う。
「壁、床、こいつらの持ち物全て引っぺがせ!!もしかしたら、魔導書をこんな状態にした何かの原因がわかるかもしれん!!」
「おい、騎士科の生徒共!!手伝え!!役立たずをちょっとは返上してみせろ!!」
司書達がバタバタと動きだす。
そして、
「おい!!ここ、床が外れた!!」
「どこかに通じてるぞ!!」
人海戦術の結果、数分足らずで隠し部屋を見つける事が出来た。
「行くぞ。ベルとシーズは残って魔導書を館長に渡して状況を報告しろ。場合によっちゃあギズーノンとクライヴの知恵がいるかもしれん」
「了解!!」
ベルとシーズは魔導書の入ったトランクを持って立ち上がる。
「騎士科のガキ共はどうするんです?」
チャーリーに指差された生徒達をロランは興味なさげに見、すぐに前を向いた。
「知らん。こんなややこしい事に首突っ込むんだ。あとで酷い目にあったって訴えられでもしたらいっそう面倒だ。放っておけ」
「魔導科の生徒は?」
「連れて来い。何か知ってるかもしれん」
「じゃ、『白枷』縛れ」
真っ白い枷を付けられた魔導師を連れ、ロランが先陣を切る。
暗く、細い階段を懐中時計の青い光を頼りに降りていく。
「おい、君達、ついてくるなら自己責任だぞ!?」
後ろの騒がしさからしてどうやら騎士科の生徒達もついて来たらしい。
ロランは深く溜息をつきつつ後ろについて来させている魔導師を見やる。
「ったく、学校設備に何してやがる。こんなもん作ったって学院長が知ったら、お前図書館どころか『学院』内に入れなくなるぞ」
「…………ここは、僕が作ったんじゃない」
ぽつっとこぼされた声にロランは顔を顰める。
「じゃあ、一体誰が?っと」
ロランは木でできた扉の前で立ち止まる。
「到着。ってか?」
緊張感を紛らわすように薄く笑み、後ろを振り返る。
「皆、対魔導装備は持ってるな?」
「はい!!」
「構えとけよ。何が起こるかわからん」
“保安司書“達が緊張の面持ちで扉に手を掛けるロランを見る。
扉はゆっくり開き、ロラン達はそこで驚くべき物を見た。
剥き出しの、土壁が円を描く部屋。
その部屋の壁には緻密に魔導文字や記号が書き込まれ、床も同じく書き込まれ、その中心に天球儀がぽつりと置かれていた。
「なんだ、これは」
壁や床の材質や色さえわからなくなるほど書き込まれた魔導文字を見、ロランは顔を険しく歪めた。
続いて入ってきた司書や騎士科の生徒達は部屋の異様さに圧倒されたように黙り込む。
「おい!!何だこれは!?『学院』内で何やらかす気だ!!」
ただ一人、衝撃から立ち上がったロランは魔導師に詰め寄る。
カラン
「あ」
いかにも「しまった」という顔をした騎士科の生徒の側で天球儀が揺れた。
「触ったのか!?」
魔導師が真っ青な顔で叫んだ瞬間、部屋中に魔導陣が浮かび上がった。
「っ!!」
ロランが反射的に側にいたネロを扉の外に押し出す。
「ぐあっ!!」
開け放たれていた扉の向こうに叩きつけられたネロはその場で尻もちをつきつつ、見た。
金の光に包まれて、仲間達が消えていく瞬間を。
「ま、待ってくれ!!」
立ち上がり、金の光に手を伸ばす。
だが、彼の願いむなしく、部屋に残ったのはガランとした土室だけだった。
「ロラン……さん」
「で、君は私達の所に来た。と」
ルフェル魔導師は金の光を放ち続ける魔導陣を見下ろして、部屋の隅にいるネロを見やる。
「館長に連絡したら、魔導科の占術学部に『断罪人』達が来ているから、彼らを頼れと言われましたので…」
ネロが所在なさげに身を縮める。
「いえ、良い判断だったと思います」
ルファル魔導師は頷くと、魔導陣を調べている魔導師達に目を向ける。
「天球儀に部屋中に張り巡らされた魔導陣……。嫌な予感しかしませんね」
頭を振ったルファル魔導師はキッと顔を引き締めて声を張る。
「司書達を飛ばした魔導陣の解析とこの部屋の魔導陣の解析をすぐに!!」
途中不愉快な表現・暴言があるかもしれませんが、“保安司書”達も時間外労働(科学系図書の調整)+α(魔導書回収)で神経がササクレだっています。
スルーしていただけると嬉しいです。