37P 魔導と騎士と科学の狂音曲Ⅳ
「閉じ込められてしまったなら、出れば良い!!それだけだ!!」
「………はぁ」
力説するゼクスの前でユーリは胡乱な顔で溜息をついた。
「『学院』内でド派手に迷子になるあんたに言われてもなぁ~」
(言ってはならない事を!!)
ユーリは超直球で事実を言い捨てたイオンに蒼褪めた。
「じゃあ、お前はいい案があるのか!?」
「いや、基本は先輩とおんなじ考えっすけど」
いまにも抜刀しそうなゼクスを前にイオンは暢気に伸びをする。
「閉じ込められたなら出れば良いって事?」
「そう」
「でも、ここがどこかわからないのに、いい案あるの?」
「どこかわからないって事は、ないぞ?」
「「え!?」」
イオンの発言にユーリとゼクスが顔を見合わせる。
「ほら、このリリオ」
またも差し出したのは白い花。
「魔力の多い土壌では稀に植物が変異する事がある。研究が進んで、どの地域でどんな風に変異するのか大体わかるようになっている」
「あ、聞いた事がある。北と南、西と東でも植物の生え方とか育ち方が違うって」
ユーリの同意を受け、イオンは小さく頷く。
「で、俺の記憶が正しければ、ここは多分ヴェルガ地方のアルエット領内の森だと思う」
ヴェルガ地方のアルエット領ではこの形のリリオがよく咲き、特産品としても売られる事があるらしい。
「随分詳しいな」
「言っただろ?俺北のレアレ出身だって。田舎で山の恵みを効率よく利用するためには植物について詳しくないとダメだからな。………植物学、詳しく習ったわけじゃないけど、それなりに齧ったから、多少自信がある」
「でも、イオン君。君、科学科志望だよね?ずいぶん魔導にも詳しいね?」
ユーリが問うと、何故かイオンの周りの空気が重くなった。
「え?なに?」
いきなり暗くなった空気にユーリが逃げ腰になる。
「好きで詳しくなったんじゃない…………」
両膝を抱えてその場に体育座りをしたイオンがぽつっと小さく零した。
「………初等科の時、魔導の勉強をすっぽかして特別奨学金取り消されそうになったんだ。そしたら、義兄姉達にそれがバレて、洗脳かっていうくらい魔導知識を叩きこまれた」
「………どれだけ過酷な教育だったのよ」
冥府の底の闇を拾い上げて来たかのような黒雲を背負ってイオンがその場にくず折れた。
「過酷なんてもんじゃねぇよ。再試験までの一週間、魔導漬けで、まともに部屋からも出して貰えないわ、寝かせて貰えないわ。………逃げようとしたら剣が飛んでくるわ魔導の雷や氷が飛んでくるわ。………あ、思い出したら古傷が……」
彼は呻きながらじめじめ湿った空気を増殖する。
(………うわ、暗)
ユーリが逃げ腰で下がる一方、蹲るイオンの肩をゼクスが優しい手つきで叩く。
「………」
「気持ちは、わかるとも。…………逆らえないよな…」
無言で顔をあげたイオンとゼクスはしばし見つめ合う。
そして、何かを共感したのかがっしりと手を組み合わせた。
どうやら何かしらの友情に似たものが芽生えたらしい。
(ま、いいのか……な?)
状況に一人取り残されたユーリは軽く溜息をついた。
(兄弟、かぁ……)
ユーリの脳裏に浮かぶのは、ランビールにいるこの世界で得た兄弟達の事だ。
前世の記憶は曖昧で、両親はいた事は何となしに覚えているがどんな人物だったのか憶えていない。
………あまり、家族仲は良くなかったかもしれないと何となくだが察していた。
だから、家族と言えばいまのユーリにはランビールの両親と兄弟妹達の事だ。
山や森の多いランビールの領地で小さな屋敷の中で駆け回った兄弟、妹は元気だろうか?
遠いチューリに一人で行く自分を見送ってくれた父、いってらっしゃいと嗤っていた一番下の妹とお土産が欲しいと暢気にのたまっていた弟達。泣きながら見送ってくれた台所女のモニカ。
(………みんな元気そうだっていう手紙は来るけど……)
ふっと蘇る郷愁が胸をくすぐる。
(今年は帰ろうかな………)
『………烏のような髪だこと。お前は本当にマルグリット家の子なのかしら?』
ぞわりっと全身の毛穴が開き、怖気が走った。
心臓が一気に早鐘を打つ。
きつい香水の匂いと鋭い緑の目。
ユーリは持っていない、亜麻色の髪の輝きと婦人の嫌味な声。
(………あたしは……)
「おい!!ユーリ!!」
「うおぁあ!!」
耳元で響いたイオンの声にユーリは悲鳴をあげた。
飛び退ってみると、イオンはユーリの目と鼻の先にいた。
「いっ、いきなり声かけないでよ!!びっくりするから!!」
キッと噛みついたユーリにムッとイオンが眉を顰める。
「いきなりって、何度も声かけても無視しやがるからだろうが!!置いてくぞ!!」
「置いてくっ……て。…………どこに行くの?」
きょとっと首を傾げたユーリの目の先でゼクスが肩をすくめる。
「こいつが道案内をするらしい」
こいつであるところのイオンはニッと笑って親指をあげる。
だが、自信満々な彼の姿にユーリは不安しか感じない。
「この先輩よりは俺の方がマシだろ?」
不安が顔に出ていたのか、イオンが不貞腐れた顔でゼクスを指す。
「まあ、そうだけど……」
「おい。どういう意味だ」
同意したユーリにゼクスが顔を引き攣らせる。
「少なくとも、イオン君はここの場所の見当つけてるみたいだし、何にもわかんなかったあたしや先輩よりは信用出来ます」
ユーリの理路整然とした理屈を聞き、ゼクスは一応頷いた。
「じゃあ、ま。行きますか」
ユーリとゼクスのやり取りにまったく興味なさげにイオンは歩きだす。
その背の高い後ろ姿にユーリが感じる事はひとつ。
(やっぱり、微妙に不安……。こういう時は)
脳裏に浮かぶのは藍色の髪に鋭い美貌を持つ魔導師の姿。
(………そういえば、アヴィリスさんっていまどうしてるんだろう?)