35P 魔導と騎士と科学の狂音曲Ⅱ
お久しぶりです。
投稿しました!!
「で、魔導科にいなきゃいけないあんたが普通科の、し、か、も、端っこの方の物置部屋ばっかりある校舎にいるんだよ」
「知らん」
仁王立ちで怒りをあらわにするイオンの前、鉄色の髪に鋼色の目をした騎士科の制服を纏う少年はそっけなく答えた。
「知らんじゃねーだろ!!騎士科の奴ら、あんたの事血眼で捜してるんだぞ!?…でもって!!俺はあんたに当て逃げされかけたんだ!!事情くらい説明しろ!!」
びしっと指をさしたイオンを余所に、指をさされた少年はうざったそうにその指を下げさせる。
「親に人を指差すなと習わなかったのか?」
淡々と告げられた言葉にイオンが青筋を立てた。
「ははは、生憎だったなぁ。俺には親はいねえんだよ。だから、人にぶつかっときながら、謝罪ひとつしねえ奴に払う礼儀は知らねぇなあ、おい」
「そうか、それは悪かった。で、そこの君達、魔導科はどっちだ?」
イオンをさらっと無視して声を掛けられたユーリは思わず顔を引き攣らせる。
突然現れた騎士科の生徒の後ろではイオンが真剣な顔で分厚い科学の教科書を握りしめている。
きっと教科書が傷つくのとこの少年を殴った後の爽快感を天秤にかけているんだろう。
「あ~、と……その前に、あなた、誰?」
「ああ、失礼した。お…私はセフィールド学術院騎士科三年、ゼクス・ツヴァイ=オウカ・エイガット。王立学院図書館職員の魔導書回収業務の補佐を行うよう指令を受けた」
「はあ」
「そのため、至急魔導科に行かねばならないのだが」
「だ、か、ら!!何だってまったく反対側の普通科にあんたはいるんだよ!?」
「だから、知らないと言っている。普通に魔導科に向かって歩いていたらここに着いた」
「ふざけんな!?コレ見ろ!!騎士科と魔導科は橋を通じてほぼ隣り合ってんのに何でわざわざ反対側の普通科に到着できるんだ!?」
イオンが懐から一冊の小さな手帳を取り出して開く。
開いた部分には大まかなセフィールド学術院の地図が描かれている。
「『生徒手帳』……イオン君、君意外と真面目にそんなもの携帯してるんだね」
ユーリは彼が掲げ持つ手帳を見、感心したように呟いた。
『セフィールド学術院生徒手帳』は校則やら何やらが書かれている学生所持・携帯必須の手帳だが、微妙に分厚い、邪魔等の理由で必要に迫られない限り誰も携帯していないのだ。
かく言うユーリも生徒手帳は鞄の中で、服の裏ポケットに携帯するほど重宝していない。
「ははははっ、生徒指導室常連舐めんな!!生徒指導教師やら学年主任やらを煙に巻くため!!校則はがっちり網羅しておかねぇとな!!」
「…………あっ、そう」
彼が生徒手帳を携帯する理由はあまり褒められた理由ではないらしい。
「で、魔導科に行くにはどっちに行けばいい?」
「この建物を出て、ひたすら南東方向!!」
あくまでマイペースなゼクスにイオンがキレてざっくりと指差す。
その指の差す方を見たゼクスは
「あ」
「おいいいいっ!!」
窓からイオンが指差したほうへ文字通り飛び出していった。
「あの、ここ、二階……」
ミーシャの控えめな発言にイオンとユーリは顔を見合わせて窓に張り付いた。
「……いない」
窓の下には青々とした芝生が広がっているのみ、血みどろの少年が横たわるスプラッタな光景やお約束のように足を抱えて蹲っている少年の姿はない。
「ったく、人騒がせな……」
嵐のように去っていった少年に対してぶつぶつ文句を言いながら、イオンは歩きだす。
「ずいぶん派手に体当たりされてたけど、大丈夫なの?」
ユーリの問いにイオンは軽く手をひらひらさせる。
「痛ぇーけど、大丈夫、大丈夫。孤児院育ち舐めんな。兄弟多いと遊びはもっぱら格闘技だ」
「君、だいぶ苦労しているのだな」
「…………しみじみ言わないでくれ。……傷つくから」
ミーシャの言葉に振り返ったイオンが顔を引きつらせて硬直した。
彼の視線の先、廊下の向こうを見たミーシャもぎょっと顔を引きつらせる。
「え?何?」
振り返ったユーリはそれを見た。
こっちにまっすぐに進んでくる少年。
鉄色の髪に鋼色の目をした騎士科の少年は
「何故、君たちがここにいる?」
不思議そうに首を傾げた。
ゼクス・ツヴァイ・オウカ=エイガットは超ド級の方向音痴である。
初対面でそう判断したイオンの行動は早かった。
「……………確か、こっちの方に騎士科の生徒がいたから、そいつらに預けよう。うん」
「…そう」
「もしいなくても、こっちからなら生徒会室が近いし、無駄にはならない」
「生徒会室って……」
セフィールド学術院の正門近くにある『本部』にある生徒会室は確かに普通科の校舎からは一番近い。
「生徒会室にある放送設備、アレで騎士科の生徒を呼んでもらう」
「ああ」
なるほど、とユーリは頷く。
「おい!!君!!どこに行く!?」
ふとミーシャの焦った声に、イオンとユーリは振り返る。
「おい。勘弁してくれ………」
見るとゼクスがどことも知れない教室の扉を開き、中に入ろうとしていた。
「あんた!!どこに行こうとしてる!!」
頭を抱えていたイオンはキッとゼクスに詰め寄った。
「もちろん、魔導科だ」
「さも当然のように言い張るな!!この部屋の中に入っても待ってるのは埃まみれの備品だけだ!!」
「しかし…」
「はぁんっ!?」
「その鳥、この部屋を指しているぞ」
「え?」
ゼクスが指差す先、ユーリの持つ鳥籠の中、赤い小鳥は静かにじっとゼクスが入ろうとした部屋を見つめていた。
―――……ピィーィ
「!!」
ようやく、自分に気づいたユーリに呆れたような鳴き声を出した鳥を見、ユーリは本来の自分の職務を思い出す。
(ヤバい。本気で忘れてた!!)
一瞬、冷笑を浮かべるエリアーゼの幻覚が見えてユーリは青褪める。
「ん?何だ?この中に何かあるのか?」
「あっ」
イオンとゼクスは部屋に入ろうとしている。
「まっ………」
(魔導書がどういう状況にあるのかわからないのに、不用意に部屋に入ったら!!)
慌てて制止しようとしたユーリより先に、鋭い声が響いた。
「君!!」
「はへ?」
「君は授業があるのではないか?」
ミーシャが、そう言った。
(え?………あれ?)
ユーリはふと、違和感を覚える。
「あ~、でも、もういまから行ってももう遅いし、後で先生に謝ってレポート書かせてもらうわ」
軽く笑いながら、部屋に入るイオンにユーリは青褪めた。
「待って!!イオン君!!エイガット先輩!!」
「君!!」
彼らを追いかけ、中に入ろうとしたユーリの背にミーシャの声がかかる。
部屋に入った途端、赤い小鳥が甲高く鳴いた。
入った部屋は物置部屋なのか、積み上げられた机や、本棚、カバーを掛けられた模型がたくさんあった。
(この中から魔導書を探すの?)
たくさんの備品の中、ユーリは途方に暮れる。
「あれ?この部屋、こんなのあったっけ?」
一方、そんな混沌とした部屋の中で、イオンが大きな天球儀に注意を向けた。
「なんだ?物置きなんだから、あってもおかしくはないだろう?」
ゼクスが彼に近づく。
思わず、ユーリもそれを見た。
(天球儀って、確か星座の模型、だよね?)
ユーリはふと、紛失した魔導書の名を思い出す。
「あれ?」
(『惑星の影響』、『星の神殿』、『神秘の手引き』…………『マレフィキアの奇跡』)
ユーリはおぼろな記憶をたどる。
(四冊のうち、三冊は多分、星座、星、占い…天体が関係してる?)
「いや、おかしいって。これだけ埃かぶってないし、それに、この天球儀って……」
「え?」
興味津々で天球儀に触れようとするイオンにユーリはザアッと血の気が引く。
「それに触っちゃダメ!!イオン君!!」
「え?」
カラン
ユーリの制止は一歩遅く、イオンの指先が天球儀に触れた。
その、瞬間
「「うわあああああっ!?」」
天球儀がまばゆい光を放ち、部屋に光があふれた。
「ん?」
ふっとアヴィリスは顔をあげる。
(魔導の気配が濃くなったような?)
ざわりと指先が冷たくなるような違和感に苛まれながら、魔導陣を解析するアヴィリスは顔を顰めた。
『神秘の間』(仮)とやらで展開された魔導陣。
(これは元々魔導書の力を引き出すだけに作られたものではない)
この事件に関わった生徒や教授達はこの魔導書を使い、天道・地道からの魔力と情報を効率よく取り込み、より正確な未来予知が出来るように、まったく新しい占術盤を作ろうとしていた。と言っていた。
(………嘘だな)
この焼け焦げた魔導陣からは禍々しい欲の気配がする。
そして、実際に魔導の中に取り込まれた被害者でもあったアヴィリスは、この魔導陣が自分の見た魔導陣とは少し違う事に気づいた。
その違和感を探るうちに、焼け焦げてしまった魔導陣のその中にもう一つ、魔導陣が隠されている事に気づいた。
この魔導陣と焼け焦げた魔導陣を組み合わせるとあの極色彩の魔導陣に、似てくる。
(でも、この魔導陣は……)
<クラン>の魔導師達は焼け焦げた魔導陣を消しつつ、中に組み込まれた魔導陣の発掘作業を行ううちに、違和感が強くなる。
ようやく隠ぺいの魔導が剥がれつつあり、見えて来た魔導陣。
(…この魔導陣……)
「……何かと繋がっている?」