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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
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3P図書館司書達の苦闘

高い天井にざわざわと話し声が反響する。

だだっ広い倉庫のような部屋の中、ぽつりぽつりと小島の様に等間隔に机といすが配置されている。

その小島の間を縫う様に配送用のカートを本でいっぱいにした司書達が走り回っていた。


司書達が慌ただしく働く中、ぽつりと浮かぶ小島のひとつにユーリもいた。


題名(タイトル)『重力と物質の移動』著者サー・フィーア・アイザック」

「はい、チェック。 専門階二階の7番書架のSの4」

ユーリが読み上げた本の題名をオリアナが紙に書き記す。

ユーリは読み上げた本を『専門階二階7番書架・S4』と書かれた棚に入れた。

オリアナが作業する机の側には木で出来た箱があり、その中には本がびっしり詰まっている。

その箱からユーリは本を取り出す。


「題名『天動説の矛盾・地動説の概念』 著者ニコラス・コペルニクス」

「はい。チェック 専門階三階の5番書架のE8」

オリアナの指示を受けてユーリは題名を読み上げた本を『専門階三階5番書架のE8』と書かれた棚に入れる。


ここは専門階のバックヤード。専門階の中で最も広い、通称『赤煉瓦の広間』。

昔々は壁一面が美しい赤煉瓦に覆われていたらしいが、今では本棚に埋もれて昔の姿は想像できない。

そして、昔々は専門階で最も広い部屋と言われていたが、いまは部屋の中を走り回る司書達のせいで少し手狭に見える。


「シーズ!! とりあえず専門階一階の一番にこの棚の本持っていって!!」

「これは専門階二階の本だって言っただろうが!! ネロ!!」

「すいません!! ロランさん!!」

「専門階三階の4番書架に行ける奴いる!?」

「ロゼの補佐、にマリー!!行ってくれ!!」

「ナサリー!! ここの棚の本専門階三階の6番書架に持って行ってくれ!!」


部屋の中は埃除けの紺のエプロンを纏い、懐中時計を片手に配送カートを押して動き回る司書達で活気づいている。

と、いうより、みんな少々ヤケクソ気味だ。

今現在、『赤煉瓦の広間』で司書達が行っているのは図書の貸し出し準備。

貸し出し準備を受けている図書は科学系の図書ばかり。

セフィールド学術院の新学科設立と共に、セフィールド学術院内にある王立学院図書館では新しい学科のために図書の補充を行う事になった。

その計画は半年前から行われていたはずなのだが……。


「くっそ、あのダメ眼鏡!! 仕事すらしていなかったのかよ!!」

ロランが額から流れる汗をぬぐう。

「やめて、ロラン!! やる気が失せるでしょう!?」

ロランの声を聞いたキーリスがペンを握り潰さんばかりに叫ぶ。


だが、皆言いたい事はロランと同じらしい。

半年前から計画的に行われていたはずの図書の補充は三ヶ月前に免職処分になったレイヴンの怠慢で一向に進んでいなかった。

と、いうより、レイヴンが担当するはずの仕事のみが一向に進んでおらず、そのしわ寄せがこうして司書達に襲いかかっている。


「ギズーノンさんとクライヴさんも死にそうな顔で仕事してましたし……」


新しく副館長になったのは、クライヴ・リーゾ・セロ・リュネットという生真面目な学者風の青年。

いままではギズーノンの補佐をしながら専門階の管理責任者をしていた人だ。

『赤煉瓦の広間』の隣にある『鴉の部屋』と呼ばれる専門階の管理室は立ち入り禁止状態になっている。

理由は、その部屋で働いているギズーノンとクライヴが悪鬼になっているから。

うっかり入室したら最後、八つ当たりに何をさせられるかわからない。

特に、クライヴはここ三ヶ月まともに家に帰っていないというから恐ろしい。

ここに集められた司書達もここ二ヶ月間残業続きで、かなりフラストレーションが溜まっている。


「俺、いい加減に休み貰わないと彼女に振られる」

「いいじゃない、彼女くらいまた作れば。 あたしなんか近頃帰りが遅いせいで同居中のお義母さんに白い目で見られるわ、息子には泣かれるわ」

「今日は早上がりしていいわよ、サーリ」


ぎりぎりとペンを締め上げて嘆く褐色の肌の女性をリリーズが慰める。

『学院』に通う子供を三人も持つ母であるリリーズは既婚女性の苦しみを誰よりもわかっているのだろう。

「この前、子供に『お母さんはわたしより本が大事なの?』って聞かれちゃった……」

「『お母さんのシチューが食べたい』って言われた……」

同じく既婚女性司書が集まって愚痴がぽつり、ぽつりとこぼれる。


「俺も子供に顔を忘れられそうだ」

「お前んち、ガキ生まれたばっかだっけ?」

「俺が家に帰るともう子供は寝てるんだよ」

「切ないな~。お父さんは」

男性司書も色々あるらしい。


「切なかろうと、家庭内不和が起ころうと、今日のノルマは終わらせて下さい……」

司書達の愚痴に細い声がを割って入る。

声の主は片眼鏡(モノクル)をかけた、ひょろりとした細長い青年。


「クライヴ……」

ロランが引き攣った顔でよろよろと『赤煉瓦の広間』に入って来た青年を見る。

顔は不健康な感じに痩せこけ、いつもはきちんと整えられている麦藁色の髪はぼさぼさ、シャツもズボンもよれよれで、体中に悪雲を纏わりつかせている。

生真面目な学者風の印象があり、いつも清潔な感じのクライヴの変わりようにユーリも息を飲む。


「次に配送される図書で補充は終わりますから……」

ふふふふ……と低く笑う姿は墓場から起き出したばかりの吸血鬼の様だ。


「ぎ、ギズーノン爺さんはどうした?」

「ああ、さすがに、あのお年でこの過密スケジュールはきつかったようで、いま隣の部屋で休んでもらっています……」

「誰か!! 『鴉の部屋』に行ってくれ!! ギズーノン爺さんを医療科併設の病院に!!」


ロランが懐中時計に向かって怒鳴る。

おそらく、ギズーノンは『鴉の部屋』で倒れているのだろう。


「ギズーノンさん!!」

「行かないで下さいね?」

思わず駈け出しかけた司書達の前にクライヴがゾンビの様にたちふさがる。


「ギズーノンさんは応援の司書達に任せましょう。 それよりも、仕事を完遂させてください」


そう、とクライヴは『鴉の部屋』のほうを見て言う。


「ギズーノンさんの尊い犠牲を無駄にしないためにも……」

「不吉な言い方すんな!!」


応援の司書達からの報告を受けたロランが思わず吼える。

ギズーノンは確かに『鴉の部屋』で倒れていたため、一応病院に連れて行くが、命に別状はないらしい。


「クライヴさん。 ところで、次に配送されてくる図書は何部あるの?」


ロランの報告にほっとしていたユーリはオリアナの言葉でハッと現実に戻される。

司書達の悲壮な視線を受けたクライヴはふっと微笑む。


「あと、二十万部です」

「にじゅっ!?」


まだまだ、まだまだ、まだまだ残っている貸し出し準備中の図書があるのに、さらにあと二十万部も増えるというのか。

傷がつかないように防護処理して、“紋”を押して、題名を登録・記録して、レファレンス用の資料を作って、棚に陳列する。

工程としては単純だが、七面倒臭いこれらの作業をしないといけない図書がまだまだまだまだ残っているのに、またプラス二十万部。


「ガイ、悪い。彼女に振られてくれ」

ぽんっとロランが「彼女に振られる」発言をした司書の肩を叩く。

「人事だと思って!!」

ガイと呼ばれた青年はロランの腕を払ってきいっと叫ぶ。


「まあまあ、いまから僕もこちらの仕事を手伝いますから……」

「あの、クライヴさんも病院行って欲しいんですけど……」

「ゾンビが動いてるみたいで、怖いぞ。お前」


ふふふ~、そうですかあ?と微笑むクライヴにキーリスとロランが溜息をつく。

その様子を見た司書達は、諦め顔で仕事を始めた。

さぼっていたら、何だかクライヴに呪われそうで怖くなったのが本音だ。


「ユーリ、この棚の本を専門階二階の7番書架に持って行って」

「はい」

ユーリは配送用のカートに図書を詰めて『赤煉瓦の広間』を横切る。

『赤煉瓦の広間』の唯一赤煉瓦が見える場所には『専門階一階』・『専門階二階』・『専門階三階』・『専門階四階』と書かれたプレートが作りつけられている。

ユーリは『専門階二階』と書かれたプレートを外し、煉瓦と煉瓦の間の継ぎ目に差し込む。

継ぎ目に吸い込まれていくプレーと共にユーリも配送用のカートを押しながら煉瓦の中に入っていく。


巨大な木々で出来た森の様に乱立する巨大な本棚と木々に絡みつき合う蔦の様に本棚と本棚を繋ぐ渡り廊下が印象的な専門階の光景がユーリを出迎える。

いつもと違うのは専門階を利用する市民の姿が見えない事。

専門階は今回の図書の補充を機に『特別調整期間』として市民の立ち入りを禁止している。

通常業務と図書の補充を同時進行出来ないと判断したクライヴがエリアーゼ館長に嘆願して実現した専門階のみの休館措置だが、その休館措置の期限は明後日まで。


(絶対終わらないし……)

配送カートを押しながら、ユーリはがっくりとうなだれる。

本来は魔導階で働いている予定だったユーリがいきなり専門階に緊急収集された時点で嫌な予感はしていたのだが、ここまで切羽詰まっているとは思いもしなかった。


(魔導階は大丈夫かなあ……)

魔導階で働く主要メンバーも専門階に来ているため、多分、魔導階に戻ったら業務がてんこ盛りになっているだろう。


(う、帰りたくなくなってきた……)

しかし、この専門階の仕事もいい加減疲れてきた。

早いところ終わらせて通常業務に戻りたいのも本音だし、それに何より、魔導階の風紀の乱れが心配だ。

魔導階に不慣れな司書達がてんてこ舞いで働いていれば、自然魔導師達への監視は甘くなる。

知識に貪欲なのはわかるが、王立学院図書館の魔導を調べるために、わざと壁際の『囮の魔導書』を開いて隠し部屋に行こうする魔導師達を止めるのも司書の仕事だし、それを(さかな)に賭博行為を行う魔導師達を諌めるのも司書の仕事。


(って!! 魔導師ってまともな事する人いないのっ!?)

『禁制魔導書』を作った魔導師といい、ここの魔導師達といい、魔導師と名のつく者達はロクな事をしていない気がする。


「うう、まともな魔導師って、どこにいるのかなあ」

はぁ、と深刻な溜息をついたユーリは黙々と本を本棚に移す。

魔導階で厄介な事が起きていない事を祈りつつ。



年若い魔導師が魔導階のカウンターで魔導書の返却を行っている。

「はい、これ」

「あ、はい。返却の魔導書ですね」

「あ、あと、予約した魔導書って帰って来てる?」

「はい。少々お待ち下さい……」

それを受け取った女性司書はカウンターに魔導書を置き、確認作業のために立ち上がる。

「おい、検索を頼んだ魔導書はどうなっている? いつまで待たせるつもりだ!?」

そこに、もう一人の魔導師がやって来た。

「は、はい!!すいません!!」

威圧感のある魔導師に魔導階での業務に慣れていない女性司書はすくみ上がる。

おびえて慌ただしく動き回る女性司書を見て、年若い魔導師は気の毒そうに見やると、そうっとカウンターから離れる。

「あ、俺。 あっちの談話室で待ってるから」

「はい。 すいません。ショワナール魔導師!!」

司書は年若い魔導師を見送って慌ただしくカウンターから離れる。

イライラとした様子でカウンターにいる魔導師が怖かったからだろう、せかせかと走る姿は逃げるよう。

それを見送った魔導師は、ふと、カウンターに残っている魔導書を見つけた。

カウンターには誰もいない。

誰も、カウンターを見ていない。



ユーリの願いは、残念ながら誰にも何にも届かなかった。

災いの種が、ぱかりと芽を出した。

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