31P盤上にそろう役者達の輪唱歌Ⅰ
「はぁ!?」
まず、その報告をエリアーゼから受けたのは、ロランだった。
「司書達にガキ共がつく!?職業見学なら図書館の方に回してくれ!!断わってくれ!!」
周りの騒音に負けないように彼は懐中時計に向かって叫ぶ。
「ロランさん!!」
側にいた司書の緊迫した声に顔をあげたロランはほぼ反射的に図書館謹製のトランクを騒音の先へ突き出す。
トランクに炎の塊が当たって弾け飛んだ。
「こっちはいま戦場なんだぞ!!騎士ゴッコをしてる学生共の遊び場じゃねえんだ!!……いい加減にしてくれ!!館長」
懐中時計に向かって怒鳴りながら、彼は『魔封じの棘』を解放して投げつける。
司書とロラン達が隠れる壁の向こうに伸びる廊下の先でいくつかの悲鳴があがった。
『いま、あなた方は、どこに?』
「魔導科の応用魔導学塔だ」
『………やはり、みな素直に魔導書を渡してくれないのですね』
「ああ、生徒共も学舎内に不法侵入していた魔導師共も殺気立って……っ!!……手に負えねぇ」
廊下の先を窺っていたロランめがけて大量の水の刃が突き刺さる。
それを魔導機の盾で防いだロランは溜息をついた。
魔導書回収に動く司書と魔導書を死守しようとする魔導師&魔導科生徒の攻防は今日も激しかった。
「魔導なんてモンに傾倒する魔導師を正常だなんぞと思った事はないが、一般人に魔導攻撃するほどトチ狂っているとはな」
『“保安司書”の皆さんにはいらぬ苦労をかけます』
「そう思うんなら臨時給料を出してくれ。あの眼鏡元副館長のせいで、皆ほとんど不休で仕事しているんだ!!……ネロ!!頭下げろ!!」
雷電の塊をまたトランクで防いだロランは舌打ちをして盾の後ろに隠れる。
『……騎士科の生徒達の件は?』
「断れねぇのか?」
『ええ。……断ればおそらく私の首が飛びます。申し訳ありませんが、私はいま職を失う訳にはいけません』
「おい」
『ロランさんが私達一家を養ってくれるというなら考え』
「騎士科の奴らを連れて来い!!」
エリアーゼが最後の言葉を言い終わる前にロランは絶叫した。
困惑声をあげる司書達に睨みを利かせて黙らせたロランは半泣きである。
(あの女狐との結婚生活なんか、人生の墓場どころか地獄じゃねーか!!)
結婚の祝福の鐘がおそらく地獄へのカウントダウンに聞こえるだろう。
どこぞの誰か知らないが、エリアーゼの旦那になった奴は『勇者』だとロランは心の底から敬っている。
『あの、その即答っぷりに少し傷つくんですが』
「いいから!!無駄な体力使わせないでくれ!!」
エリアーゼの不満げな声に怒鳴り返す。
『では』
「ただし!!俺達は誰一人としてお迎えなんかしてやらねぇぞ!!『探求の館』やら魔導科寮の騒動は耳にしているはずだ。それでもこの戦場に参戦できる度胸のあるやつらだけここまで来い!!………騎士科のタマゴどもにそう伝えといてくれ」
「切る」言い捨てて懐中時計を仕舞ったロランは油断なく廊下の向こうでバリケードを作っている魔導師達を睨みつける。
「いいんですか?ロランさん。館長にあんな態度で」
「知るか。いまは自分の身の安全を考えろ」
「………騎士科のガキ共がくるって、教官がたは何考えてんだ?」
「知らん。だが、俺達に出来る事は、面倒事が起こる前に魔導書を回収するだけだ。…チャーリー、次の魔導防いでやるから、1、2、で矢打て」
「了解……っと、当たった」
ロランのカウントの後、チャーリーと呼ばれた司書が放った矢が魔導師や学生たちの下へ飛ぶ。
飛んだ矢は彼らの魔導による障壁に突き刺さると、弾け、中から出て来た縄が彼らに絡みついて拘束した。
「よし!!畳みかけるぞ!!防護班!!盾を構えつつ前進!!」
鬨の声をあげて司書達と魔導師&魔導科生徒達が激突した。
「魔導書を返せええええ!!」
一方その頃。
「…………相変わらず、ロランは無茶をしますね」
窓の向こうの光景を見たクライヴは溜息をつく。
薄い硝子越しの光景の中、石造りの立派な塔から轟音が響き、窓が木っ端みじんに砕けた。
(でも、彼の無茶のおかげで我々は楽に魔導書を回収できるのですが)
クライヴは青褪めた顔で魔導書を差し出す魔導科魔導薬学部の教授長を見やりながらほくそ笑む。
強固に魔導書の返却を渋る魔導師や生徒は実は少数派だ。
ほとんどは図書館の管理下にない魔導書を恐れ、もしくはその影響が生徒に及ぶことを恐れる教師たちが生徒達から自主回収して司書に渡すことの方が多い。
だが、彼らも本音を言えば魔導書を返すのは嫌なのだ。
そう言った曖昧な感情を抱いている生徒達の背中を押すのにロランを筆頭とする“保安司書”達と強硬派の魔導師の乱闘は役立っている。
と、いうより、『ああなりたくないなら、さっさと魔導書を返せ』という強迫になっているともいえる。
(しかし……)
クライヴは片眼鏡を掛け直しながら、目を眇める。
いつもに比べて生徒達の抵抗が激しいのはやはり『学研』が近いからだろう。
だが、妙に引っ掛かかる。
『学研』開催まであと四日を残すことになった。
普通ならば発表内容ももうまとめ上がられ、後は展示や公開実験披露のための準備を完了させていなければいけない頃合い。
簡単にいえば、資料であるはずの魔導書はもう必要ないはずなのだ。
(それなのに、何故、彼らは必死で魔導書を死守し続ける?)
誓約違反の『断罪の鋏』による罰のリスクを負いながら、抵抗を続けるのは何故だろう?
原本の魔導書はどうせこの『学院』からは持ち出せないというのに、あの抵抗ははっきりいって無駄以外の何物でもない。
(それに、……騎士科の介入も気になりますし)
「館長と話し合ってみますか」
もし、自分の勘が当たっているのならば、ゆゆしき事態になりかねない。
返ってきていない魔導書の事も気になる。
魔導書で重くなったトランクを抱え、クライヴは塔から出、魔導科の敷地内を歩く。
その際、この国の騎士団の団服を模した青い制服を纏う少年少女たちとすれ違い、深い溜め息をついた。
「哀れ、ですね」
心底そうは思っていない冷やかな笑みを浮かべながら、彼は我関せずと立ち去る。
否、立ち去ろうとした。
「待て!!」
威圧的な、というよりは威圧的に見せようとした若い声がクレイヴの背中に当たる。
が、クライヴはそれを無視して歩を進める。
「待てといっている!!リュネット副館長!!」
「はい。何ですか?」
クライヴが振り返った先にいるのは揃いの青い制服を着た5人ほどの少年少女達。
彼らの中で一際身体つきがしっかりした赤髪の少年が一歩前に出た。
「我らはセフィールド学術院騎士科レベルト教官より、クライヴ・リーゾ・セロ・リュネット副館長の護衛を命じられました。これより、ともに行動をしていただきます。よろしいですね」
教本通りのきっちりとした初々しい宣誓を受け、クライヴは思わず苦笑する。
「いいえ、不要です」
「何故?」
「護衛をしていただく理由がありません。何しろ私のノルマの魔導書は回収済みですから」
後は帰るだけです。と続けられたクライヴの言葉に生徒達は落胆したように溜息をついたり、舌打ちをする者数名、中には安堵の表情を零す者達もいる。
「しかし、まぁ。それほど我々のお手伝いをしたいというのであれば、どうでしょう?あそこに行かれては?」
クライヴの指差した先、応用魔導学部塔の一部で小規模な爆発が起こった。
思わず硬直する生徒達の前で、彼は悠々と踵を返して図書館へ戻る。
「あれしきで怯むようでしたら、“保安司書“にもなれませんね」
いささか残念そうにクライヴは呟きつつ、溜息をつく。
色々曰くつきの図書館では中々優秀な人材が育ちにくいのだ。
そのため、
「早く戻って、他の司書達の魔導書回収を助けないと」
厄介そうなところの候補をあげながら、クライヴはふと顔をあげる。
「?」
違和感のようなものを一瞬感じたが、気の所為かと彼はまた歩を進めた。
「ど、どうします?ライ隊長…………」
取り残された生徒達は隊長格の少年に視線を合わせる。
「一旦、レベルト教官の下へ戻り、指示を頂く。急ぐぞ」
「はい!!」
走って行く少年少女達は、数分後、レベルト教官よりとある司書の言葉を頂くことになる。
曰く、『戦場に行く度胸のある奴らだけが、自分たちのいる応用魔導学部に来い』と。
「…………あれ?」
魔導書を求めて『学院』の敷地内にいるユーリはふと首を傾げた。
「何で?」
首を傾げるユーリの視線の先、鳥籠の中の深紅の鳥がユーリを急かすように西の方角を示す。
王立学院図書館より西の方角にあるのは普通科の学舎。
「魔導科に魔導書はないの?」
しかも、この鳥が正しいなら、魔導書は普通科の方角にあるという事になる。
「……」
ぐっと唇をかみしめ、ユーリは立ち上がる。
その視線の先にはこのセフィールド学術院の中でも最も大きな建物。
訪れる者達を分け隔てなく受け入れるその建物はまさしくこのセフィールド学術院、ひいては学問の街であるチューリを象徴する場所である。
セフィールド学術院・普通科。