30P騎士の卵の行進曲
久々投稿~。
騎士科の裏事情です。
騎士科は、セフィールド学術院の中でも少しばかり特殊だ。
貴族の子弟、あるいはその名の通りに騎士や自衛団、官僚など、国のために士官したい子供たちに法律、行政、領地経営、行儀作法などおおよそ役人になるために必要な教育を授け、人々のひいては国家の役に立つ人材を育てる。
それが、騎士科の教育方針だが、その方針故に他の学科には存在する『学部』というものがない。
騎士科に進んだ生徒達は三年間基礎訓練と一般教養・礼儀作法を学んだあと、各々の希望と技量、就きたい職種を見越して必要なカリキュラムを自主選択し、四年間学ぶ。
このうち四年間を『候補生期間』と呼ぶ。
何故、『候補生期間』と呼ぶのか。
なぜなら、『候補生期間』の生徒達は王都や自衛団の人事権を持つ人達に引き抜かれて行くことがあるからだ。
もちろん、普通に卒業したのちに親の跡を継ぐとか、士官試験を受ける生徒もいるし、ほとんどの生徒が卒業式を共に迎える事になるが、引き抜かれていった方が何かと有利になるし、皆、選ばれたいという気持ちで日々訓練と勉学に励むのだ。
一年に一度の『全体模擬戦日』と呼ばれる日に、人事権を持つ人間に自己アピールできるのは各教科の教官長、騎士科科長の推薦状を得られた、文武ともに優れた生徒のみ。
どこまでも実力がモノをいう学科が騎士科の特性ともいえる。
レベルドが教官を務める対魔導学は注目を得易い学部だが、実戦の場所が極端に少ない。
(対魔導学の教官たちはのどから手が出るほど実戦の場が欲しい。でも、生徒同士を戦わせるわけにいかない)
だから、王立学院図書館に食い込んできたのだ。
(魔導師達と生徒たちを戦わせることが出来、あわよくば魔導に対し、対処法を多数持つ司書から技術を盗み出せれば上々、といったところかしら?)
誇り高いレベルド教官が本来ならば関係のない魔導書の暴走の件で頭を下げて来たのもそれが理由だ。
(今回の件を『学院』内で処理するから、学部の生徒たちを司書達にくっつけさせろ、とでも?)
どこの誰の入れ知恵かは知らないが、随分と安く買い叩かれたものだ。
(さて、どうしようかしら?)
音を立てずにカップをソーサーに優雅におろす。
一瞬の思考、しかし、それは許されなかった。
茶を優雅に啜っていたレベルト教官が猛禽のような目でエリアーゼを射た。
雑談は終わりだというあからさまなサイン。
「王立学院図書館がこの『学院』内で独立と中立の立場をとっておられるのは理解しているつもりです。ですが、今回の魔導書の暴走事件は『学院』の教師が生徒たちを扇動し、引き起こした事件です」
「ええ、わかっていますわ。…ですから」
「ですから、騎士科から人員を派遣させていただきます」
(来た)
随分強引に仕掛けて来た。
予想通り、レベルト教官は『学院』内の治安維持を理由に王立学院図書館に介入してくるつもりだ。
しかし、妙に引っ掛かる。
(こんなに強気に王立学院図書館に出て来たのは、何故?)
嫌な予感をひしひしと感じながら、エリアーゼは毅然とレベルト教官を睨み据える。
「お断りいたします」
「何故?失礼を承知で言わせていただきますが、司書の方々のみで魔導書の回収が上手く行われているとは思えません」
だから、今回の事件も起ったのだろう?と暗に圧力をかけるようなレベルト教官の声にエリアーゼは表情を崩さない。
「危険です。あの事件の被害者たちを見たでしょう?あれほどに魔導耐性に優れた魔導科生徒たちですらああなったのです。実践力に劣る対魔導軍学部の生徒たちを巻き込むわけにはいきません」
「しかし、あの事件を暴いた司書はうちの普通科の学生でしたね?確か、ユーリ・トレス・マルグリット。……ランビール地方に住むマルグリット子爵家の長女にして第三子」
「……」
是とも否とも言えずにエリアーゼは口を噤む。
いや、正しくは是と答えても否と答えても彼にとっては同じだ。
「家系的にも大した魔導耐性能力を持っていないはずの彼女が無事に帰還できた。そのカラクリを是非とも騎士科にも教えていただきたい」
「カラクリも何も、その場に居合わせてくださった宮廷魔導師、アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア様のおかげですわ」
にっこりと虫も殺さぬ笑顔でレベルト教官に相対するエリアーゼは内心で溜息をつく。
(本当に強欲なこと)
エリアーゼが睨んだ通り、彼は王立学院図書館の対魔導備品の秘密と実践の場との両方を欲している。
(いえ、まぁ、それはいつもの事ですから、わかっていましたけれど)
しかし、だからこそ、疑問だ。
たまに届けられるレベルト教官からの嘆願書を王立学院図書館の立場を理由にかわして来たというのに、何故、今回はこんなにねちっこいのか。
「どうしても、同意をしていただけないと?」
「ええ、魔導書を扱うからこそ、わたくし達は誰よりも魔導書の危険性を理解していますし、魔導書に対する魔導師達の執着っぷりのぶき……いえ、激しさも知っています」
「……その件は、『探求の館』から苦情がきています。もう少し穏便にと」
「穏便にした結果、ああなったのです」
何とも言えない沈黙が二人の間に落ちた。
それを見計らうかのように、空気と化して部屋の隅に控えていたギズーノンが優雅な仕草で二人の間に置かれた茶を入れ替える。
「同意が得られないというのであれば、仕方がありませんね」
もったいぶった仕草でレベルト教官は懐から一枚の書状を出す。
「では、命令します。理事たちからの支援要請に従っていただきます。王立学院図書館館長エリアーゼ・シエ・コーガ」
「………」
なるほど、とエリアーゼは舌打ちをする。
『王立学院図書館』は『王立』の国立施設だ。
運営上の名目ではこの建物はこの国の王族の管理下にある事になっている。
しかし、この『図書館』の立地上、そして図書館という機能上、セフィールド学術院とは切っても切れない関係にある。
実際、セフィールド学術院と王立学院図書館前館長、そして王族の面接を受け、人柄・能力共に認められた人間が『王立学院図書館』の館長になるのだ。
そして、それ故にセフィールド学術院の運営に関わる理事や学院長の要望にある程度は応えないといけない。
普段は『図書館』に蔵書する書物に対する要望等のみなのだが……。
(こう来ましたか……)
これを蹴れば、エリアーゼはセフィールド学術院で微妙な立場になるだろう。
良くも悪くも理事たちの協力が得られないのは図書館長としては痛い。
いままでエリアーゼが何の問題なく館長を務められたのはエリアーゼが有能であり、王族そして前任の館長と学院長の推薦があったからだ。
エリアーゼの館長就任を最後まで渋っていた理事たちはここぞとばかりにエリアーゼを背任させようとするだろう。
実際、つい先々月ほどに起こった『迷子の魔導書』事件はそうした思惑もあって起こされた事だ。
「……………わかりました。理事たちの要望であるならば、応えなければなりません」
「では」
「しかし、これは理事たちの要望であり、責任は理事たちが負うのでしょうね?」
その覚悟を理事たちは持っているのか、とエリアーゼは問う。
「責任、とは?」
「私は生徒達が司書にくっついて魔導師達との揉め事に首を突っ込む事を了承していないという事です」
エリアーゼの前にギズーノンが二枚綴りになった紙とインクを用意する。
「何を?」
レベルト教官が眉をひそめる前でエリアーゼが紙の上にペンを走らせる。
「理事の要望であれば、私は応えなければいけません。ですが、図書館館長としての意思は通させていただきます」
ペンを置いたエリアーゼはポケットから懐中時計を取り出し、竜頭を弄り、時針と秒針を回す。
中から出て来たのは金色の印鑑。
その印鑑をインクに浸し、二枚綴りの紙の両方に印鑑を押す。
「どうぞ。これを理事たちに」
紙の一枚をめくりとり、エリアーゼはレベルト教官に渡す。
「これは……」
「受け取らない限り、私は了承できません。私の判断を超える件とみなさせて頂き、学院長と国王陛下の判断を仰ぎたいと思います」
「………承知しました」
レベルト教官は文面を三度、読み、熟考の後書状を受け取る。
「最後に、訊いてもいいですかぁ?」
「何でしょう?」
「事件に巻き込まれた方々はどうなっています?」
「生徒達には奇跡的に『魔導酔い』が重篤化した者はいませんでした。保有魔力が低下した故に人事不省に陥っている生徒が何名かいますが、四五日眠れば目を覚ますとか」
「扇動したであろう教師の処分は?」
「……………最後、の質問では?」
冷たいレベルト教官の視線をエリアーゼは澄ました顔で受け流した。
「そうですか」
「ご協力の件、よろしくお願いします。エリアーゼ……いや、セレジェイラ=エリアーゼ・シエロ・コーガ様」
最後に慇懃に頭を下げたレベルト教官が小さな扉の音と共に姿を消す。
彼の姿が完全に消え去った事を確認し、ギズーノンは扉を閉める。
「………塩でも撒いておきますか?館長」
「ええ、是非。盛り塩もがっちりしていただけます?」
執務室に座ったエリアーゼは溜息をつく。
「まったく、恐ろしいものですね」
「ええ、ええ、その通り。魔導師共のおバカな思考にコロコロ踊らされる騎士科の教官たちの愚考には腹が立ちます」
応接机に残っていた茶器を片づけながら、ギズーノンはエリアーゼの声に相槌を打つ。
「司書達に護衛として騎士科の生徒を付けるなんて」
「……」
護衛という言葉が首輪という風に聞こえたギズーノンは何も言わずに女館長にお茶を入れる。
「大方、魔導科の教師達の入れ知恵でしょう。魔導や魔導書に対してあまり慣れていない騎士科の生徒達の前では司書達も派手には動けません」
書状に著名している理事たちの名前は全て貴族や貴族と深い関わりがある者たちだ。
魔導科の貴族派の教師たちの嫌がらせだろうとわかる。
「それに、今回の件を『学院』内で処理するという事になったという事は、事件自体が揉み消される可能性も出てきました」
理事たちが出張ってきたのはそれも理由だろう。
「大方、実験中の不注意とでも落ちをつけるつもりでしょうね」
ギズーノンが苦々しげに吐き捨てる。
生徒・教師合わせて二十人が人事不省に陥る不注意などあってたまるか。
しかし、魔導科の教師たちは何が何でも今回の件を揉み消すつもりだ。
「『学研』が始まる前に出来るだけ魔導書を回収しておきたかったのですが、しかたありませんね」
「ええ、魔導書回収をしている司書達に連絡をとります」
「畏まりました」
ギズーノンがティーセットを持って退出する。
それを見送ったエリアーゼは懐中時計を取り出し、竜頭を押してガラス面を開け、秒針と時針をくるくると回す。
「もしもし、ロランさん?」
話がどんどん混線模様……。