25P迷走行進曲part7
意識が浮上し、それと同時に軽い破裂音のようなものが両方の頬から聞こえ、ジンとした痛みが走る。
「しっかりしろ!!お前!!俺にあの『禁制魔導書』の山を見せておきながら!!あの図書館の未知の魔導を見せつけておきながら!!その片鱗すら解明させる気はないのか!?」
「え?」
開いた目が出会ったのは金の炎。
太古の時を閉じ込めたかのような琥珀が炎のように燃えている。
その炎を燃やすのは怒りの表情を纏う氷のように冷徹な鋭い美貌。
「許さんぞ!!お前が死ぬのは俺があの魔導のすべてを解明できてからだ!!それまでは死んでも死ぬことは許さん!!」
「は………?」
口の中の苦さも、頭の中で針山が転がっているかのような痛みも一瞬消えた。
(あたしの存在理由はあんたの魔導のためかいっ!?)
あまりの理不尽に怒りが沸き上がる。
でも、いかにもアヴィリスらしくて笑ってしまう。
「アヴィリスさんは魔導が好きなんだね」
「好き?………」
どこか呆けたような声を聞きながら、空から降る双子の満月を見上げる。
金の満月はどこか、昔に見た月と似た色をしていた。
でも、当然だが、違う。
「そう、だね…………」
胸元に手をやると、ドクリと強い振動が胸を打った。
生きている音だ。
前世とは異なる世界で受けた新しい命の叫び。
「あたしは、生きたい」
簡単に手放してたまるか!!
「うっ……っ」
「おい、無茶をするな。動くな!!」
身体を揺すると激痛が電撃のように走る。
しかし、その痛みが逆にユーリの意識を保たせた。
『書架』を見下ろすと、ユーリを試すかのように、嘲笑うかのように白いページが浮かんでいる。
エリアーゼに渡された書類には、歴代『書架』を使った人たちの記録が記されていた。
『書架』を使って大地を空に浮かべたとか、死の淵から生き返ったとか、あり得ない事ばかり書かれていて、はっきり言って眉唾ものだった。
だから、ユーリは『禁制魔導書』達に頼ったのだ。
太古の魔導を内包する、いい加減で偉大なる魔導師に作られたであろう、彼らに。
そして、『禁制魔導書』達は言った。
<『書架』は【真実】を示す>
「真実を示すって言うなら、示して見せろ!!奈落の図書、名もなき『書架』!!」
ユーリの漆黒がきつく白のページを睨みつける。
ゆらりと【語られてはいけない言葉】が、まるでにやりと嗤うように浮かぶ。
「え?」
浮かんだ言葉にユーリは目を丸くする。
書かれていたのは、
【陣の中心に『書架』を置き、名を呼べ】
行動を命じた【言葉】は初めてだ。
(従うしか、なさそうだけど!!)
「アヴィリスさん。これを、魔導陣の中心に」
「は?なぜ?」
「いいから!!…・・ッ」
声を張り上げた途端、げほげほと咳き込む。
血の味と全身の骨が軋んで痛みが体中を駆け巡った。
「王立図書館の道具の一つか?」
「そんなものだから、はやくっ」
「…………わかった」
アヴィリスは立ち上がると、指先を軽く噛み切る。
「?」
ユーリの視線の前でアヴィリスは血の雫を何かの魔導で固めて自身の周りにばらまく。
「『我が血と力を糧に、界を成せ』」
アヴィリスの声と共に薄赤い霧が彼を包む。
どうやら結界らしい。
ユーリはそれを認めると、気が抜けたかのように机に突っ伏した。
魔導が使えない、何もできない自分が出来るのは、いまはこれだけ。