24P迷走行進曲part6
飛んで火に入る夏の虫。
近頃、(というか毎回)自ら禍のど真ん中に突っ込んでいっているような気がする、ユーリ・トレス・マルグリット(15歳と数カ月)は、今までの苦労は何だったのか、遠くなる意識を根性で留め、縋るようにアヴィリスを見上げる。
「あの、そこまで解析で来たっていう事は、この部屋から出る方法もわかったって思ってもいいですか?」
「……………それは飛躍しすぎだ。それに今まで話した事は仮説にすぎない」
アヴィリスは首を振り、魔導陣を見下ろす。
「そもそも、この魔導陣により展開される魔導に異空間を作るような機能はないし、“フラスコの中の小人”を作り上げる機能もない」
「…………?」
「ここに展開されているのは、占術魔導を基本にしたものだ」
「占術魔導……って、ようは占いだよね?魔導陣っているの?」
ユーリの印象としては、巷の占い館で水晶玉を覗いたり、タロットカードや羅針盤を弄って予言めいた事を語る姿しか思い浮かばない。
「ああ、むしろ他の魔導系統よりももっとも魔導陣が重要な魔導だろうな」
「?」
「占術魔導って言うのは、天道と地道…。つまり世界の魔力の流れを読み解き、その変化を予想するとともに、変化を避ける・もしくはもたらすために最もふさわしい手段を世界の流れの中から導き出す魔導だ。そして、今回ここに展開されているのは天道を重視した魔導。星に星座という意味を持たせ、その動きを読み解き、利用する魔導」
「……」
頭が本気でくらくらしてきた。
ぐったりしたユーリをよそにアヴィリスは熱く魔導を解説する。
「仮に俺が、この『学院』の中庭に炎を起こしたいとする。普通の魔導だとその場に出向いて炎を起こす魔導を展開させないといけない。だが、占術魔導は天道・地道の流れを読み解き、その場に炎を起こしうるにふさわしい魔導を集め、離れた土地からでも指定した場所に炎を起こせる」
「遠隔操作系の魔導ってこと?」
そんなところだとアヴィリスは頷く。
「まぁ、もっとも、俺が言ったような事を起こせる占術系魔導師はあまり多くない。大体はお前が想像するような、個人、もしくは大勢の人間の事象を読み解く魔導師が占術魔導師と呼ばれているな」
巷で占い館や魔導文字が書かれた幸運グッズを売っているような一束いくらの魔導師になる事が多いのが占術系魔導師の宿命らしい。
(…………あ~、そういえば、自分の能力に限界感じ始めた子がヴォルヴァ先生に引っ張られて何かよくわかんないもん買わされてたっけ?)
『禁制魔導書』階で『禁制魔導書』達との会話を思い出したユーリはぐったりと項垂れる。
「占術学部って、霊感商法詐欺師の生産地?」
「……別に彼らは犯罪行為を推進しているんじゃないぞ?おい、勘違いするな?いや、その前に、お前のその口振りだとここの占術学部の奴らが霊感商法やっているように聞えるぞ!?」
「…………………はぁ」
「………心当たりでも、あるのか?」
重い溜め息をついたユーリがこくりと頷く。
「このはた迷惑な現象は、起こるべくして起きた事象のようだな………」
沈痛な表情で米神を揉み、アヴィリスが呟いた。
どうやら、ヴォルヴァ先生のせいで悪印象しかなかった占術学部の印象がさらに悪化したようだ。
(ん?ヴォルヴァ先生………)
『今日は実験の最終日!!たくさんの選ばれた生徒と教師がここで実験を…』
そう、ヴォルヴァ助教授は言っていたはずだ。
「ッ!!」
その事実に気づいたユーリは悲鳴をあげそうになった。
「生徒ッ!!ここにいた生徒達は!?」
思わず声が大きくなる。
一瞬、酸欠を起こしたように目の前がくらみ、その場に座っていれなくなる。
「起き上がるな。そのまま横になっていろ」
思わずその場に蹲ったユーリをアヴィリスは押さえつけるように横たわらせる。
「いるだろ。そこに」
アヴィリスが無情に指差した先は、咲き誇る日を待ち望む花の蕾のような黒。
「コレが、生徒達のなれの果てだ」
「どういう、こと?」
「魔導が暴走したんだぞ?行使者に何の影響がないと何故思えるんだ?」
「え?」
頭が、一瞬、理解を拒んだ。
すぅっと血が身体から抜けていくような感覚がした。
「生徒達は強大な魔導に引き込まれ、魔導陣の一部として魔力を生みだす供給源として取り込まれてしまった、その結果がこれだ」
呆然とするユーリの前でアヴィリスは黒い蕾を指先で弾く。
キンッ
金属質な音を立ててアヴィリスの指を弾いたその蕾は、つるりとして吸い込まれそうなほど深遠な黒を帯びていた。
「もとに、もどる?」
「さぁな。何しろ、こんな大掛かりな、しかも魔導書を使った「儀式」の暴走は初めてお目にかかる。…………わからないことだらけ………おい?」
アヴィリスがふと、ユーリを見下ろす。
一方、ユーリはアヴィリスに構う暇はない。
胸がむかむかして、口の中に何か苦いものが競り上がってくる。
我慢できずに、思わずユーリは吐き出した。
「おい!!大丈夫かっ!?」
焦ったようなアヴィリスの声が遠くに聞こえる。
「う………」
「おい!!しっかりしろ!!」
ぱちぱちと頬を叩かれ、ユーリは重い瞼を薄く開ける。
「アヴィ…?なに、起こったの?」
「もういい、喋るな」
口許を拭われる。
どうやら吐いてしまったらしい。
口の中が、苦くて気持ち悪い。
「からだ、うごかない。気持ち…わる、なに、おこったの?」
「『魔導酔い』が悪化しただけだ。しっかりしろ!!」
「『まどう、よい』…」
魔力は魔導に変換するとある一定の波長を生みだし、魔導に慣れ親しんでいない人や魔力が低い人には有害とは聞いていたが、ここまで身体が受け付けないとは思わなかった。
「こんなつらいなんて、しらなかった。……やっぱり、まどうってこわいね」
「あの魔導だらけの不気味な図書館の司書が何を言う!!あの日に宮廷魔導師相手に啖呵をきった、あの威勢はどうした!!」
「……………」
もはや応える元気もなくユーリは静かに目を閉じる。
確かに、自分はたくさんの魔導あふれる図書館に住まい、最も濃厚な魔導を魔力を身に秘めた『魔導書』達と戯れる日々を過ごしていた。
だから、油断していた。過信していた、ともいえる。
魔導は自分の身を脅かす事はない。と。
(うぬぼれもいいとこだよね)
自嘲気味にユーリは小さく笑んだ。
強大な魔導の前に自分の何と小さい事。実際の魔導攻撃ではなくただの魔導の気配だけで死にそうだ。
今までがどれだけ幸運で恵まれていたのかがわかる。
脳裏に浮かぶ、美しい花園。
(あ、図書館の植物園……)
誰にも見つからないよう、魔法をかけられた植物園、その奥のログハウスがユーリの住まいだ。
その中には魂の故郷を思い出させる便利な魔導機がある。
あれらの原動力となっているのは戦争の火種にもなる“魔鉱石”と魔導。
(魔導…………)
あの楽しくて、便利な世界の裏には命にかかわる毒が潜んでいた。
『禁制魔導書』たちがどんな思いで「儀式」に関わろうとする自分を止めたのだろう。
それを跳ねのけた自分はなんて傲慢だったんだろう。
(くる、し……ぃ)
げほっ
喉元に競り上がった何かが苦しくて、またユーリは咳き込んで吐いた。
吐きだした何かは鉄錆びて、ぬるい味がした。
口許と手許を汚す何かが気持ち悪くて目を開ける。
手許を汚す深紅に一気に気が遠くなる。
頭の中で脳みそがミキサーされているような痛みと恐怖、目の前が真っ暗になる喪失感と体中を喰らい尽くされているかのような痛みがユーリを支配する。
視界は塗りつぶされたかのように黒く染まって何も見えない。
絶望に閉ざされる視界がふいに開いた。