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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
26/85

23P迷走行進曲part5

歪んだ灰色が空を彩っている。

ぱちぱちと瞬きをして、度の合わない眼鏡をかけたかのように歪む視界を払う。

視界が晴れると、自分が灰色のレンガ造りの天井を見上げていると気づいた。

「ん……」

冷たくて固い床の上で寝返りを打つと、深い藍色の上着が身体から滑り落ちた。

上着を追う様に動いた視線がぼんやりとにじんだ木目と暗い木の色を写す。

それが何か分からないまま、緩慢なしぐさで両手をつき、体を起こす。

「――ッ……う………ん」

身体を起こした途端、頭が割れるように痛んだ。

思わず頭を庇う様にその場に両手をつく。

(机、だ)

痛みの波に耐え、ようやく自分が寝ころんでいる場所が机の上だと気づく。

しかも、普通科の授業で使われる、生徒ごとに区切られた小さな机ではなく、実験など準備に場所をとる授業に使われる大きな机。

(どうして、こんな所に……)

考えた途端、頭が痛んだ。吐き気までこみあげてくる。

「ん?気がついたか」

不愉快な体の異常に耐えるように俯いていたユーリは低い声に誘われるように顔をあげる。

「アヴィリスさん?」

視線の先にいたのは美貌の魔導師。

そして、

「何?それ」

アヴィリスの側には黒い楕円形のものが立っている。

いや、彼の側だけではない。

灰色のレンガでできた広い部屋の中、至る所に黒い花の蕾のような大きな楕円形が乱立している。

「ここ、どこ?」

いまにも落ちてきそうな曇天に似た灰色の天井、まるで(くろがね)のように鉱物的な光沢をもつ黒の蕾が咲く床、その床からは様々な色の光の渦が渦巻き、広くて息苦しいこの部屋をぼんやりと照らしている。

赤、青、黄、緑に白。

瞬く間に、ゆらりゆらりと様々に色を変えるそれは光源というには仄暗く、温もりを求めるには冷たく、光を思わせるよりも闇を深めるような色をしていた。

その上を恐れるでもなく、怯えるでもなく、アヴィリスは何かを確かめるように歩きまわり、どこで拾ったのか、学生用の簡素なノートにサラサラと何かを書き綴っている。

「あの女が『神秘の部屋』とか言っていた場所だ」

こちらに目を向けること無く、アヴィリスはノートに何かを書き綴っている。

「?どういう事?」

重い頭を持ち上げるように身体を動かし、机の淵に腰掛ける。

普段なら寝惚けていてもできる動作をし終えた途端、ユーリは疲れ切ったように溜息をついた。

痛いのは頭だけかと思ったが、そうではない。

身体を動かした途端、節々に針を突き立てられたかのように、鈍い痛みが走り、倦怠感が体中を蝕んでいる。

「そこから降りるな」

ユーリの動きに気づいたのか、アヴィリスが顔をあげ、きつく彼女を睨みつける。

「なんで?」

「魔導に当てられて『魔導酔い』を起こしかけている」


※『魔導酔い』とは、魔導に使用された魔力が発する独特の波長に慣れていない人間に起こる身体的不調の事である。(迷子の魔導書と王都の魔導師の巻。参照)


「『魔導酔い』?何で?それを防ぐためにネームプレートと腕輪を……あ」

腕輪のない自由な右手首と遮るものがなくなった『学院』エンブレムが見えた。

「この部屋が現れた途端、両方とも砕け散った。………俺の上着には高位魔導に対する防護作用がある。それを着て結界の中にいろ」

「…結界……?…あ」

よく見ると机の周りに魔導文字がぐるりと円を描くように書き綴られている。

どうやらこれが結界らしい。

動きが鈍いユーリを見、アヴィリスはノートを閉じ、こちらに歩み寄ってくる。

「思考力が散漫になっているな。……『魔導酔い』の初期症状だが、ここには『魔導酔い』治療にいる魔導具も薬もない」

「ここ、は?」

「最初にこの塔から逃げやがった女が言っていた、『神秘の間』とやらだ」

アヴィリスはユーリの隣に腰掛け、溜息をつく。

「『神秘の間』?あそこは真っ白で、何もなくて、変な生き物が出て来て……」

「それはおそらく魔導書の魔導の暴走結果………。いや、それも少し違うか?」

「何?どうか、したの?」

いきなり考え込んだアヴィリスにユーリは首を傾げる。

すると、アヴィリスはじっと彼女を見つめた。

「お前、言ったな。『魔導書の魔導が暴走している』と」

「うん。言った」

白い部屋でいきなり合成獣が襲いかかって来た時のことだ。

「最初俺はあの合成獣たちこそが暴走する魔導書が見せる幻影だと思っていた」

「うん」

「だが、最初の攻撃で倒した合成獣が復活したあたりから違和感を持つようになった」

(ん?)

ユーリはふと、アヴィリスの声色が変わった事に気づく。

「何度も復活する合成獣…いや、魔導書のインクによる幻。それには気づいたが、その部屋には幻の素であるはずの魔導書はない、魔導には不可欠な魔導陣もない」

「…………」

(え~と)

「しかし、紛れもなく、あの合成獣たちは魔導によるものだ。しかし、スーシャにはお前を守らんとする意思があるのに、奴らにはなかった。そのあたりから、合成獣たちは魔導による“幻”ではないのではないか、と考えた」

「あの、アヴィリスさん?」

何となく嫌な予感がしたユーリは彼に声をかけてみるが、まったく無視(スルー)

……それどころか、彼の語りはどんどん熱を帯びてくる。

普段の何を考えているのかわからない、冷淡な無表情とは打って変わっていまの彼の表情は……………あんまり変わりはないが、太古を宿す琥珀の目がキラキラと輝いて見える。

この表情は王立学院図書館でよく見かける魔導師達と同じ顔だ。

図書館の謎を解き明かそうと、無謀にも隠し部屋に挑み、失敗した魔導師達が浮かべる顔。

(あ、これは、語らせたいだけ語らせないと、止まらないわ)

経験上、こういう状態に陥った魔導師は中々落ち着いてくれないと知っているユーリは、さっさと諦めて待ちの態勢に入った。

(身体、だるいし、ちょうどいいか)

溜息をつきながら、延々と未知の魔導に対する興奮と好奇心を隠さないアヴィリスをぬるい目で見上げる。

「では、あの合成獣たちは何なのか…………。幻は魔導によって相手の視覚・聴覚・触覚を狂わせて、現実とは違う光景を体験させるものだが、あの合成獣たちはインクを素にされていたとはいえ、僅かながら自己があった。つまりそれはあの合成獣たちが不完全ながら擬似的な生命体なのでは、と考えた」

「ええ~と……。擬似的な生命体………って、何?」

「魔導の基本原理に基づく魔導だ。知らないのか?」

「あたしは一般的な普通科の学生ですから!!」

目を見開き、驚愕を露わにするアヴィリスにユーリは声を荒げた。

すると、アヴィリスは、ようやくその事を思い出したかのように小さく「ああ」と声を漏らし、説明する。

「人間が、というよりこの世界に生きるすべての生き物は肉体・魂・精神の三つによって成り立っている。肉体は魂の器であり、この世に存在するための媒体でもある。そして精神は肉体と魂を繋ぐ糸であると同時に魂を守る鎧でもある。そして、魂は魔力を生み出して肉体を潤すと同時に、全ての根幹でもある」

滔々とアヴィリスによる魔導の講義が始まったが、初等科で受けた魔導講義以外、魔導の勉強をしてこなかったユーリにはちんぷんかんぷん。

どころか、何だか、眠くなってきた。

(う、マズイ。寝ちゃダメだ。寝たら、ここに置いてけぼりにされる!!)

その恐怖心で、ユーリはどうにか意識を保とうとする。

 しかし、一瞬、ガクッとユーリの頭が傾いだ事に、幸いながらアヴィリスは気づいていないようだった。

「つまり、魔力は魂の素であり、魔力を高濃度に凝縮させ、それにその魔力が入る器を用意すれば、その器は生命活動をするのではないか、という話だ。……実際に研究され、実験も行われた」

「……………えっと………」

も~ろ~とする意識の中、ユーリはどうにか頭を動かそうと頑張る。

が、ユーリの朦朧っぷりが『魔導酔い』によるものだと思っているアヴィリスは答えをさっさと教えた。

「こう言った方がわかりやすいか?あの合成獣は“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”もどきだ」

「“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”!!」

目が、覚めた。

………やっぱり、居眠りをしていたらしい。

魔導の中の一部門、錬金術でおなじみの超有名な人造人間である。

魔導がさっぱりわからないユーリでもその話は知っている。

「…………でも、あれ?“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”って読んで字のごとく、フラスコの中でしか生きられないんじゃなかったっけ?」

「正しくは魔力が充満した空間の中でしか生きられない。その空間から出れば、“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”は崩れ、消滅する」

「でも、あの部屋は?」

あのだだっ広い部屋は、どう見てもフラスコの中ではなかったぞ?

その疑問にはアヴィリスが容易く答えた。

「そう、そこだ。あの部屋は異常なほど魔力が充満していた。俺の魔導具が上手く作動しないくらいに、な。それだけ強い魔力が充満しているならば、“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”の核ぐらい作り出せる」

「何度も復活してたけど、それは?」

「あの合成獣はあくまで“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”もどきだ。まともな“器”はなく、あの部屋の濃厚な魔力が同じく強い魔力を有する魔導書のインクを“核”として合成獣の形をなしていただけ。“器”がないが故に脆かったが、充満する魔力を無尽蔵に取り込み続けていたからな、復活も早かったというわけだ」

俺達に襲いかかって来たのは、自身を安定させる“器”を欲した結果だろう、とアヴィリスは続ける。

「えっと、あの合成獣たちが“フラスコの中の小人(ホムンクルス)”もどきだとして、じゃあ、あの白い部屋は何なの?」

「魔導書の魔導の暴走に誘発されて起こった『錠』の魔導の変質だ」

「?」

「見ろ、この大掛かりな魔導陣を。天然の“魔鉱石”を十二種類も使っているうえに砕いて絵の具にも混ぜていやがる」

 次は“魔鉱石”の貴重性と床に描かれている魔導陣がどれだけ無駄に魔力を消費・発散しているか。

その解説が始まったが、ユーリは初等科で受けた魔導講義以外、(以下略)。

半分以上理解できなかったものの、要約すると、こういう訳らしい。

この『神秘の間』では大掛かりな「儀式」が行われていた。

 結果だけを見れば、もちろん「儀式」は大失敗。

魔導が失敗すると、普通、魔力の循環が滞り、魔導陣もろとも消え去るのが基本なのだが、今回起こったのは魔導書を使った(・・・・・・・)「儀式」の“暴走”。

そのせいなのか、それとももったいないほど“魔鉱石”を使いまくった魔導陣のせいなのか、床の魔導陣とこの部屋に掛けられた『錠』の魔導が結びつき、一種の異空間を作り上げていたらしい。

「……つまり、あたし達は今までその異空間とやらにいた、と」

「ああ、もともとここの『錠』の魔導はある一定の魔力以上の魔力を感知すると室内の魔力を吸い取り、部屋の封印を強化する作用があったみたいだからな。その過程上で何らかの魔導陣の変質が生まれ、異空間が出来上がり、その異空間に魔導書の魔導が封印されてしまったんだろう」

さらっと言われる言葉にもはや頭がついていかない。

(ん?封印?)

ふと、気になる言葉にユーリは頭を持ち上げる。

「封印、ってことは、その異空間には入れないって事にならない?」

それなのに、何故自分達は入れたのか?

問うと、アヴィリスは眉を顰めて苦々しく顔を歪めた。

「忘れたか?あの異空間は『錠』の魔導の変質だ。根本が『錠』の魔導である以上、対となる『鍵』の魔導には反応する」

(つまり、それって…………)

「『神秘の間』に出来た異空間の中には本来なら入れないはずだけど、『鍵』の魔導で入っちゃった、と?」

「そうだ」

容易く肯定したアヴィリスの前でユーリは頭を抱える。

別の意味で頭痛がしてきた。


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