20P迷走行進曲part2
お待たせしました!!
「っ!!はっ!!」
気がつくとユーリは黒一色の闇の中にいた。
動揺を隠せないまま、焦ったようにあたりを見回す。
一寸先を闇に覆われ、何も見えない場所、唯一の光源は王立学院図書館支給の懐中時計のみ。
「まだ、カエルのお腹の中?」
ぽつんと呟いた声に逆に安堵して荒かった息を整えるように吐き出す。
(じゃあ、いまのは?)
温かな光の差す、小さな幸せの風景。
――…………かちゃり
「あ」
手の中の『書架』が、ユーリが身じろいだ途端、小さく存在を主張した。
「開いてる」
どれだけ力をこめても開かなかった小さな本が白いページをさらしていた。
「?何か、書いてる?」
恐る恐る覗き込んだ、『書架』のページ。
「これ……」
ユーリは『書架』に記された、文字に目を丸くする。
見た事のない文字が『書架』の白いページで踊っていた。
「……」
ユーリはそれを見た途端、ゆっくりと『書架』をその場に置き、
(…………見なかった事にしたい!!)
『書架』に背を向けて一エートルほど離れた。
(だって、明らかに不自然じゃない…………)
あの白昼夢を見た後、開いていた『書架』。
【語られてはいけない言葉】に反応した『書架』。
その上、見た事がない文字だというのに、『書架』に書かれた文字が読める。
(…………………絶対ロクな事が起きない!!)
さぁ、読めと言わんばかりに開いている『書架』をユーリは恐る恐る、肩越しに見やる。
そして、一瞬でサッと目を逸らした。
(大体、【語られてはいけない言葉】使った後ってロクなこと起こったこと無いし……)
どうしようもない予感にユーリは躊躇う。
これを読んだら、後戻りできない気がした。
(でも…………)
脳裏に戦うアヴィリスとスーシャが浮かぶ。
「……………ええい!!女は度胸!!」
キッと顔をあげたユーリは覚悟を決める。
「何はともあれ、ここから出てあの陰険魔導師と合流しないとどうにもなんないし!!……ヤバくなったら…うん、あの人宮廷魔導師らしいし、どーにかしてもらう方向で!!」
恐ろしく他力本願かつ、自分勝手な事を言い捨て、ユーリは『書架』を手にする。
このユーリの言い草をアヴィリスが聞いていたら、冷酷な絶対零度の視線で彼女を責めただろうが、幸い彼はいない。
大きく息を吸い、吐きだし、息を整え、『書架』の上に踊る文字と向き合う。
「【星は、巡る。物語は紡がれる】」
迷う様にか細く紡がれる、言葉。
言葉が世界に響くと同時に、『書架』に記された文字が光を帯び、明滅して消える。
「【光が溢れ、世界は輝き、命は生まれる】」
ページをめくるごとに、闇がひび割れ、そこから白い光が差し込む。
長く闇にいたユーリの目は突然の光にくらみ、彼女の視界は白く染まる。
その白の上に投影される遠い記憶。
真新しい魔導書を、一生懸命胸に抱える小さな男の子。
魔導書は彼のような幼い子が持つには大きすぎるモノだったが、父に渡され、母に見守られて彼は誇らしげに魔導書を抱える。
彼はそれから長くこの魔導書と共に歩む。
小さな妹が生まれ、母と父と妹。
四人で過ごした幸せな日々の中、彼は父より受け継いだ魔導師の才を花開く。
『星の流れよ。闇を裂く、高き、貴き光の流れよ。集い集いて我に従え』
小さな彼に似た、彼より小さな妹の前で彼は魔導書の中に記された魔導を使う。
ふわりふわりと魔導書の中から七色の蝶や魚が飛び出し、ふわふわと可愛らしく舞う。
小さな妹は喜びと驚きの歓声をあげる。彼の魔導を見守っていた父や母も嬉しげに彼の魔導の才を褒めた。
「【闇が、世界を覆い、死を招く】」
しかし、ユーリが新たな言葉を紡いだ瞬間、幸せは儚く散っていた。
ユーリと同じ年頃に育った彼はとても荒んだ暗い目をして魔導に没頭していた。
彼の足もとには魔導書と共に、魔導と関係のない紙の束が混ざっている。
『サヴィロム平原の戦い。魔導師部隊の投入』
残酷な戦場の様子が、いっそ異世界の出来事であるかのように事務的でそっけない言葉で記された新聞がうず高く積まれている。
戦に巻き込まれ、死んだ母、そして、優秀な魔導師である父を『人間兵器』として使う為に人質として囚われた妹。
父だけは助けたい。妹は必ず取り返す。
しかし、彼の思いは無残に砕け散る。
父の戦死。
幽閉先での妹の病死。
世界を呪う慟哭をただ魔導書はじっと聞いていた。
魔導書だけが彼を見守っていた。
それが、ただ、それだけが。
(ああ、そうか…………)
ユーリは静かに目を開く。
「【それでも、時は移ろうだろう】」
悲鳴のような音と共に闇が剥がれ落ちる。
(結局、この魔導書も『魔導書』階の魔導書と同じなんだ)
魔導書達は己を作った魔導師を心から慕い、作られた事に何よりの誇りを持っている。
そして、何より。
「【巡り巡り、星よ渡れ。世界の果てで、紡げ】」
(大好きだったんだね。作ってくれた魔導師の事も、託された魔導師の事も、ねぇ)
「【星霜のお伽噺】」
世界が白に染まる。