幕間『星と神話』の子守唄
その魔導師は実に楽しそうに机に向かっていた。
カリカリとペン先が羊皮紙を削る音、それにまぎれるように響くのは調子外れの子守唄。
その姿を薄く開いた扉からのぞく双眸が二つ。
ひとつは優しそうな顔をした女性。もうひとつは幼い顔立ちの、小さな男の子。
女性のお腹は丸く膨らみ、臨月である事がわかる。
彼らの視線を受けるのは質素な服を身に纏う男。
彼は稀な実力と才能をもつ魔導師だったが、彼自身は穏やかな日々を望みあらゆる干渉から逃げ延び、この片田舎で生活していた。
ふと、彼が振り返る。
女性と共に部屋の外にいたはずの男の子がいつの間にか、部屋の中にいた。
床に描かれた白い線の外でじっと彼のやっている事を、好奇心いっぱいの目を見開いて見ている。
白い線の内側に入ってはいけないと何度も言い聞かせたせいだろう。
男の子は白い線の中に入らないよう足を踏ん張りながらじっと彼の手元を見つめている。
その姿に微笑みながら、彼はそっと手招きする。
「おいで」
その一言を受けた男の子は、突進するように彼に飛びついた。
彼は小さな男の子を膝に抱き、机に向き直る。
「これは、なぁに?」
男の子がぷくぷくとした小さな指で示した先にあるのは、鈍い燐光を纏ういくつもの魔導陣に囲まれた、本。
「私がお前に与える最初の魔導書だよ」
「まどうしょ?」
「ふふ、私が知った不思議な秘密を入れた本の事だよ」
彼は愛おしそうに少年のまろやかな額に小さくキスを落とす。
「ごほん?ほん!!ぼく、ほんすきっ!!おとうさまのつくるほんすき!!」
「ああ、そうだな。この本もお前が気に入ってくれるといいなぁ」
楽しそうに祈るように、彼は微笑み、未完成の魔導書を見下ろす。
「この本の銘は『○○○○○○』。天上の魔導の神秘の欠片をお前に教えてくれる」
禍々しい魔導陣に覆われた魔導書。
そのはずなのに、彼らの前では、小さな子どもに読み聞かせるようなお伽噺集に見えた。
これが、暴走する魔導書の始まり。
魔導書の内包するひとかけらの『真実』。