幕間『書架』
「ねぇ、この『書架』って何なの?」
小さな本の形をしたソレをユーリが手の中でぷらぷらと弄ぶ。
その拍子に、『書架』の革の表紙に彫り込まれた装飾がゆらりと浮かび上がり、四方を補強している金の装飾が暖炉の火を受けて鈍く光った。
途端、数冊の魔導書がガタリと怯えるように震える。
<あまりぞんざいに扱うな。ユーリ>
この部屋で最も古株の『禁制魔導書』が呻くように言う。
<『幻想の世界殿>
「『幻想の世界』?」
あまり知らない魔導書の名前にユーリはふっと眼を丸くする。
<初代どの><はじまりの>
ざわざわと魔導書達が騒ぐ。
ユーリには聞き馴染みのない名前を持つ魔導書は相当高位の魔導書らしい。
普段は不遜で奔放な魔導書達が緊張を隠さない様子で騒いでいる。
<主らは眠っておるがいい、『書架』の事は我から話そう>
温かみのない、無機物らしい、低くしわがれた声。その声に宥められるように、まるで潮が引くように魔導書達が静かに口をつぐむ。
「みん、な?」
たった一言。
『幻想の世界』が発した言葉の後、『禁制魔導書』階に変化が現れた。
『禁制魔導書』階に充満していた濃密な魔力が消えていく。
まるで、そう、眠るように。
<ユーリよ>
低いしわがれ声にユーリはハッと息を飲む。
<『書架』について教えよう>
抗う事をけして許さない、声。
<来なさい>
それは、命令。
古い叡智と魔力を内包する、この小さな世界を確かに支配する者の、意志。
生まれて十数年しか生きていない小娘に太刀打ちできるわけもない。
「……わか…った………」
ユーリは声の響く方、『幻想の世界』のある方へ足を進める。
部屋の奥、本来ならば執務机のあるであろう場所のさらに奥にドレープがたっぷりついた重厚なビロードのカーテンが掛けられている。
重いカーテンをユーリはゆっくりと開く。
その奥にあったのは、本棚。
他の魔導書達とは一線を駕す存在である事を示すように、本棚にはガラスの扉が付いていて、中に収まっている魔導書に迂闊に触る事が出来ないようになっている。
ユーリはその中から一冊の魔導書を躊躇いがちに取り出す。
(重い)
古い革の感触と固い表紙、長い年月のせいで変色した紙がたっぷり詰まった本。
ただ、それだけであるはずなのに、内包された知識がそうさせるのか、ユーリの腕の中にある魔導書はとてもとても重かった。
ユーリは手近な机に魔導書を置く。
<はじめまして、とでも言っておくべきかな?ユーリよ>
「うん」
『幻想の世界』と銘打たれた魔導書は大儀そうにゆっくりと名乗る。
<我は『暁の賢者』と呼ばれたラスヴェート・ゼーレ=リコルド・ヴォルンタールスが作り上げた魔導の神秘の一片、銘を『幻想の世界』と申す>
「わたしはユーリ・トレス・マルグリット。マルグリット子爵の第三子、セフィールド学術院で学び、王立学院図書館にて僭越ながら、司書として働かせて頂いています」
ユーリが最敬礼を用いて頭を下げると、『幻想の世界』から満足げな空気を感じた。
<ふむ。少しは我らに対する礼儀を知っておるようじゃな?>
くくくっと低く笑うような声の後、『幻想の世界』は語る。
<その『書架』はな、昔、遥かな昔、我が自我を持つよりよりさらに昔に、とある人間が作ったものだ>
「じゃあ、これも魔導書なの?」
<先に言っておくが、我も『書架』についてそれほど詳しく知っておるわけではない>
「え?そうなの?」
<……ただ、わかっているのは、お前の知る【語られてはいけない言葉】を綴って作られた『書架』は魔導書内に秘められた『真実』を暴く>
それだけだ、と『幻想の世界』は告げる。
「『真実』?」