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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
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1Pいま話題の例のアレ

王立学院図書館の日常(?)風景。

「天文学部、機工学部、物理部、化学学部、生物学部、科学学部が科学科入りに五百ソール」

「それに植物学部をプラスして千ソール」

「うわ、お前。博打打ちだな~」

「じゃあ、お前はどうよ」

「う~ん。ここは手堅く、科学、機工、物理、化学、生物の学部が科学科入りに千ソール」


王立学院図書館魔導階、通称『魔導師の溜り場』と呼ばれる談話室で魔導師たちが頭を寄せ合って何やら話し合っている。


「何をしているんだ? あれは」

魔導書を片手にアヴィリスは首を傾げる。

彼らの話を拾い聞き、そして彼らの手元でちゃらちゃらと硬貨の重なり合う音からするに何か賭け事をやっているらしい。


「うん? あれはな、今度この『学院』に出来る新学科に加入する学部を予想して賭けているんじゃよ」


アヴィリスの声に応えたのは真っ白な髪によく磨きこまれた古い(オーク)材のような瞳をもつ年老いた魔導師。


「あなたは……」


アヴィリスの視線を受けた老魔導師は丸い眼鏡越しにすいっとアヴィリスに微笑んだ。


「ロッジ爺さんじゃよ。 忘れたかね?」

「………いいえ」


首を振ったアヴィリスにロッジ老魔導師はにこりと微笑む。

彼は『魔導師の溜り場』と呼ばれる王立学院図書館魔導階の談話室で牢名主のように居座っている、常連魔導師だ。

そうなると自然、この王立学院図書館利用初心者の魔導師たちの質問に応える事が多く、『ロッジ爺さん』という愛称ですっかりここの名物老魔導師になっている。


「そもそも、ここの『学院』は普通科というものの定義が恐ろしくいい加減じゃったんじゃよ」

「はあ」

「魔導でもない、医療でもない、美術でもない、士官に必要でもない、そんな学問はとりあえず普通科という事で纏めておったらしい」

「と、いうか魔導でも医療でも美術でもない学問をよくあそこまで擁護出来たな」


アヴィリスは多彩すぎるセフィールド学術院普通科の学部を思い起こす。


「そこは、ほれ、学問の街チューリらしいところじゃの。誰にも見向きされん学問を専門にする学者達がここに集って相互に助け合いながら、世の中に自分達の学問を広めていった結果が、あのごちゃまぜ普通科じゃ」

「なるほど」


普通科の学部数が恐ろしく多い理由が少しわかった気がする。

学問という学問を擁護する学問の街チューリ一の『学院』では学問と認められ、その学問を修めたいと思う生徒が集えば学部を作れるらしい。

見向きされずにないがしろにされて来た学者達の努力と根気の塊があの『ごちゃまぜ普通科』であるらしい。


「しかし、何故、科学科なんか出来るようになったんだ?」


「何十年も昔にある男がこのセフィールド学術院にやって来て、当時眉唾物とされていた科学という学問を飛躍的に向上させてな。 新しく科学学部や機工学部や物理学部、化学部、生物学、自然科学学部を作りあげ、新技術をぽんぽん生み出して、作りあげた学部に確固たる地位を与えたらしい」


その『科学の父』と呼ばれる男はもう死んでしまったそうだが、その弟子や息子がここで働き、新技術を色々発表したおかげで商館や貴族から支援の申し出が飛躍的に上がり、セフィールド学術院の理事たちがとうとう重い腰を上げ、新学科増設に至ったらしい。


「まあ、あとは科学なんぞにのめり込む学者は魔導師に負けず劣らずの奇人・変人ぶりらしくてな。 実験のたびに他の学部の教室にまで被害が及ぶと苦情が多数発生するそうでな、『危ない物は纏めて別の場所に押し込んどけ』と理事たちも考えたそうじゃ」


「……」


アヴィリスは微妙な顔で口を引き結ぶ。何となく、後者の理屈のほうが正しい気がするのはなぜだろう?


「魔導師に負けず劣らずの、奇人……」


窓の外から何かの建物を建設している現場が見えた。

おそらく、あそこが奇人・変人ぞろいの科学科の校舎になるのだろう。

ちょっと、見てみたい気がする。魔導師並みの奇人・変人が研究する『科学』というものを。


「『学研』か」

ぽつり、と呟いたアヴィリスにロッジはくすりと微笑む。


「行ってみたいか?」

「行けるのか?」


問い返すとロッジは老獪な笑みを浮かべた。


「入ってしまえばこっちのもの。特に入場制限がされているわけではないからの」


王立学院図書館魔導階の牢名主もとい大常連のロッジ爺さんはセフィールド学術院の行事にも詳しいらしい。

アヴィリスはくすくす笑うロッジ爺さんの手招きに応じる。

未知の知識は蜜の味。

そして、蜜をたっぷり含む花には棘がある事に人は気づかない。




魔導階での噂話は魔導書を通じて『一級魔導書』階『一級危険魔導書』階に伝わり、そして、『禁制魔導書』達に伝わる。

それは、まるで木の根が吸い上げた水が、木の幹を木の葉を潤すさまに似ている。

近頃の『禁制魔導書』達の話題はもっぱら新設される科学科について。

海千山千、酸いも甘いも見知って来た魔導書にとって、面白い娯楽だ。


<とうとう、科学科が新設される事になったんだねえ>

<そりゃあ、支援者(スポンサー)が多額の寄付をしたからなあ>


<それに、あそこの活躍は近頃めまぐるしい>

<魔導の様に才と魔力がなくとも使える技術じゃからな。需要も多かろう>


ざわざわと騒ぐ魔導書達をユーリはいつもの定位置で聞いていた。


<しかし、そうなると魔導科の者たちは面白くなかろうなあ>

<ああ、聞いたぞ>


<魔導科の教授陣は随分不満らしいね>

<そりゃあ、支援者の取り合いになるからだろう>


<魔導科に支援していた商館がいくつか科学科に乗り換えたらしいしねえ>

<そのせいで魔導科の占術学部の予算が削られるとヴォルヴァ助教授が嘆いていたな>


ユーリの脳裏に神経質そうでどこか儚げな女魔導師の姿が浮かぶ。

モイラ・セロス=ノルン・ヴィ・ヴォルヴァ。

いつもヴェール越しでしか人と接触しない変わった教師だと有名な女性。

図書館で何度か出会った事があるが、ヴェール越しの姿といい、どこか夢見がちな喋り方といい、神秘的さより不審さが目立つ女性だったと思う。


<的中率に個人差がある占術学より、普通科の自然科学部の天気予想のほうが当たるって地元の農家では有名だぞ>


<占術学部の天気予想料は高いしねえ>

<ありゃあ、ぼったくりだろう>


<ヴォルヴァも占術魔導師としては二流もいいところだし>

<自然科学部の天気予想はその点、安いから外れても腹は立たんしな>


<くくっ、今頃ヴォルヴァが『わたくしの神聖な占術学よりこんな俗な学問を取り上げるなんて、信じられませんわッ!!』って言っているのが目に浮かぶ!!>


<当てる事も出来ないくせによくもまあ>


<あいつ、外では神秘的っぽくヴェール被ってるけど、あのヴェール一枚千ソールの安物だぞ>


<そうそう、いつもはおつまみと安い麦酒(ビア)と葡萄酒片手に漫画雑誌読んで笑ってるような奴だし>


<雑誌の恋占いマジで読み込んでたしなあ>

<あ、婚期相当気にしてて、恋愛運が上がるとかいう石っころ買ってた>


「それって半年くらい前に普通科では流行った、うっさんくさいアレ?」


半年くらい前、『恋が叶うペンダント』とかいう半世紀前から使い古されている手口の胡散臭い恋愛グッズが普通科で流行った。

ピンクの石もチェーンもハートマークのペンダントで、セリーズやマイが持っているのを見て、軽く引いた覚えがある。


<うわあ>


ユーリが『恋が叶うペンダント』のデザインを伝えると、魔導書達が一様にドン引いた。


<そこまで追い詰められていることを哀れむべきか?>

<いや、自分の星命(せいめい)を読み解けんような占術魔導師など占術魔導師ではないわ>


怒りを顕にするのは占術魔導系の魔導書たちだ。

一流の魔導師から作られた魔導書たる彼らに妥協はない。特に己に記された魔導を学ぶ魔導師には手厳しい。


<だが、仮にも占術魔導を修めていながら、市販の占いに頼る不甲斐なさは哀れむべきではないか?>


<魔導師としても、女としても崖っぷちっという事だろうな>


<前回の魔導学会の評価が低かったらしいしなあ>


「あんた達。いつも、ものっすごい失礼だよね。魔導師に対して」


他の魔導書たちは何となく人事のようで、いまいち面白みのないヴォルヴァの話題に飽きてきたようだ。

魔導階の魔導師たちと同じく、どの学部が科学科に入るか、議論している。


<やっぱり、科学学部、化学学部と自然科学部と機工学部は科学科入りだろう>


<物理と生物、植物学部はどうだ?>


<生物学部を医療科に移す話はどうなった?>

<あれは、半年前にポシャッただろう。 奴らの研究は医療転用が目的なだけではないからな>


<物理学部は科学科入りだろう。化学学部と物理学部の教授陣が結託しているらしいからな>

<何で?>

<物理学部は化学学部と結託して金持ちの支援者を抱き込んでるらしいぞ>


「うわぁ……」 


思わずユーリは一歩下がる。

知らない方が良かった学内裏事情の予期せぬ大暴露に身が縮む。


<しかし、何をとち狂ったか、アレを慕う学生がいるのは驚きだな>


一方、占術魔導系の魔導書達は引き続きヴォルヴァ助教授の事をネタに話しこんでいるようだ。


<自分の能力に先が見えだしてたような奴らだがな>

<授業についていけずに、絶望し始めた奴らとかな>


「それって、なんか犯罪の匂いがするんだけど……」


<自信を無くした奴らにヴォルヴァがいう事は『わたくしと共に星の神秘を知りなさい。さすれば、あなたの運命も開けます』だ>


(胡散臭っ)

エセ宗教の教祖の言葉の様だ。

これで金を巻き上げていたら、立派な霊感商法だ。

そして、ユーリの嫌な予感はあっさり的中した。


<馬鹿高い自筆の魔導書を何人かの生徒に買わせていたのを聞いた事がある>

<俺は一個五百ソールの占星盤(ホロスコープ)を五千ソールで生徒に売っていたと……>


「それ、本当に悪徳商法じゃん!! あの先生ダメなだけじゃなくて犯罪者じゃんか!!」


<植物学部は科学科に入るために教授陣に金色のお菓子を渡して回ってるって聞いた事が……>


「こっちは賄賂!?」


<それがどうした。魔導科の錬金学部の奴らはたまにこっそり金の合成をしてるらしいぞ?>


「金の偽造も犯罪です!! てゆーか!! うちの学校の先生達は何してんの!? 犯罪に足突っ込んで純粋な生徒に何を教えてるわけ!?」


<何を言う、禁忌を恐れていたら魔導なんぞやっていけんぞ>


<科学なんて眉唾物とされていた学問を研究し続けて来た人間に、まともな思考を求めるのが間違ってるんじゃないか?>


「せ、正論っぽく聞こえるけど。 あんた達の言う事が正しいなら、先生方がやってる事しょぼいから!! 全員死ぬほど俗っぽい事のために自分達の研究悪用してるから!!」

 

<自分が研究した事を自分のために使わなかったら何に使うんだ?>


「『魔導は万物のために在る』、『科学は大衆のために在れ』っていうありがたぁいお言葉をお忘れですか!?」


<それはそれ、これはこれっていうか。……俺を作った魔導師は幻術でツケをチャラにしてたし>

<ワシを作った魔導師は借金踏み倒すためにワシを作ったぞ?>


「俗っぽ!! つーか、あんたらのご主人様犯罪者じゃん!!」


<どんな立派な研究も金次第ってことだ>


「あんた達、一応一流のそれも歴史に名を残すほど偉大な魔導師に作られた魔導書なんだよね!? そんな魔導書が作られた理由が金!? 地位とか名声とかカッコイイ理由じゃないわけ!?」


<地位と名声で腹は膨れんだろう>


「いや、まあ。そうなんだけど……」

一応爵位はあるが貧乏で、ここでバイトをしているユーリに反論のしようがない。

しかし、非現実的(ファンタジー)な存在の『禁制魔導書』達から現実的(リアル)な金銭事情を諭されるのは、微妙に納得がいかない。……気がする。


<とにかく、今頃学院本部は大荒れだと思うぞ>

<新学科設立、という事は予算の分配率が大きく変わるからな>

<予算を削られまいとどの学科も学部も必死だろうよ>


ワイワイ騒ぐ魔導書達の声を聞きながら、ユーリは王立学院図書館の北、セフィールド学術院の正門に入ってすぐにあるセフィールド学術院本部を見やる。

セフィールド学術院の学び舎を守るように立ちはだかる城壁のような『学院』本部校舎の大ホールでは今頃、理事や各学科・学部の教授陣の論議が紛糾しているのだろう。


(何も起こらなければいいんだけど……)

一応、王立学院図書館内での賭博行為は禁止ですが、近頃司書達の目がゆるいので魔導師たちは博打を打ちまくりです。



博打打ってる魔導師達も実力ある魔導師のはずなのですが……。


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