15P迷走間奏曲Ⅱ
お待たせしました。
魔導科潜入です!!
セフィールド学術院の中で最も特徴的で有名な学科といえば、誰もが口を揃えて「魔導科」だと言うだろう。
そして、セフィールド学術院の「魔導科」に在籍する学生達は狭き門を潜り抜け数々の試験を乗り越えて来た優秀者達。
そんな彼らが住まい、学ぶ場所。そして、魔導と言う一歩間違えれば万人を傷つけてしまう危険な学問を学ぶ場所である魔導科校舎は古城のように豪奢でまた、堅牢だった。
昔は領海権を守るために駐屯していた海軍の砦だった歴史を持つ魔導科校舎は中央の大きな塔を中心にいくつかの塔が建っている、城。
しかし、歴史ある城は、今日はいつもとは違った喧騒に包まれていた。
「本当か!?」
「ああ、この目で見た」
「うそっ!?どこっ!?」
「ほら、見て!!あれあれっ!!」
バタバタとせわしなく生徒達が走り、各々が見下ろす先、魔導科の城の中、塔と塔との間には立派な渡り廊下と美しい庭園が広がる、中庭。
その中庭を歩く一組の男女がいた。
一人はセフィールド学術院の制服を身に纏い、王立学院図書館の司書の証であるネームプレートと腕輪をつけ、王立学院図書館の紋章が書かれたショルダーバッグを肩から提げて歩く小柄な少女。
もう一人は深い藍色を基調にした詰襟の上衣を纏った、怜悧な美貌を持つすらりと背の高い、野生の豹のように優美で気品のある青年。
魔導科の生徒達はまず、彼のその美貌に見惚れてほぅっと息を吐き、彼が纏う上衣を見てハッと息を飲んだ。
「青の宮廷魔導師……!!」
「アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア………っ!!」
「どうして、彼がここに?」
ざわざわと騒ぐ魔導科の生徒達の注目の的は、宮廷魔導師である彼の方らしい。
その彼はこの『学院』の生徒らしい司書の数歩後ろをのんびりと歩きながらあたりを見回し、何事か呟いたり、じっと塔の尖塔を眺めたりしている。
「どこへ行くんだ?」
「おい、お前訊いてこいよ」
「ええっ!?嫌だよ~」
「うちの学部に来るかな!?」
「いや、来るなら絶対うちの学部だ!!」
やいやい言い争う生徒をよそに、緑の絨毯のような芝生の上を歩く少女と青年はとことこと迷いなく魔導科の奥へ奥へと進んでいく。
「あれは……」
彼らが入っていった塔。
その塔で主に研究されている学問を知る生徒達は一様に首を傾げた。
「どうして、彼があの塔に?」
「ここが占術学部の教育・実験塔。か」
ようやく目当ての塔に辿り着いたユーリは溜息をついて項垂れた。
魔導科の校舎の正門から一番遠い場所に在るのが、占術学部に所属する学生が占術やそれに準ずる魔導について学び、研究する塔。
魔導科の校舎案内図から見た時は、他の学部から離れて突っ立っている塔だな。という印象しかなかったが、実際占術学部の塔に行ってみると違った。
他の学部の校舎からも遠く離れて、小さな木立の中にぽつんと突っ立っていたのがこの塔だ。
危険な魔導実験をするわけでもない学部の実験塔がどうしてこんなに他の学部の塔と離されているのか?
(なんか、占術学部の魔導科での立場が反映されてるっぽい………)
女の悲鳴のような音を立てて開く、重い扉を開けたユーリは他の学部と占術学部の違いに愕然とする。古めかしい調度品や内装が多いのは他の学部も一緒だが、占術学部とは違い、他の学部は古くても洗練され、品がある印象だったが、占術学部はただ古くて野暮ったい感じがする。
「あまり人気のある学部ではないようだな」
アヴィリスがぽつりと呟く。
彼もユーリと同じ事を思ったようだ。
「それに、あまり大した研究もしていないらしい」
「何でわかるの?」
「他の学部に比べて魔導に対する結界や防壁が薄いし、古ぼけている。………日常的に魔導を使う施設ではありえないくらいに、な」
アヴィリスが言いながら、懐から鳥の形をした銀細工を出し、閉じた扉に向かって放つ。
銀細工の鳥はアヴィリスの手から離れた瞬間、小さな銀の鳥に変わり扉に向かって飛ぶ。鳥は扉に当たる瞬間にパシッと静電気がはじけるような音を立てて発光した。が、何の抵抗もなく扉は小さな鳥のために開き、鳥は外に出た。
「もし、こんな所で…………」
魔導的な大騒ぎがあったらどうなるのか?
訊こうとしたユーリの声は甲高い声に遮られた。
「まああっ!!アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア様!!」
思わず耳をふさいで俯くほどの超高音・音量に、さすがのアヴィリスも顔を顰める。
「…だれ……」
目を開けたユーリは床に付きそうなほど長い薄紫色のヴェールの裾を見た。
「あ」
体をすっぽりと覆う、金の縁取りがされた紫のヴェールそれを見た瞬間、超音波のような声の主が誰であるのかわかった。
「お久しぶりでございます。アヴィリス魔導師。王都からこちらに来られているとは露知らず、お出迎えもせずに申し訳ありません」
顔を覆うヴェールが不自然な動きで肌蹴て、その下にあった顔が露わになる。
きつく波打たせた赤みの強い金髪に猫のように釣り上がった濃い茶色の瞳、一部の隙もないほど頑強に施された化粧のおかげで華やかに顔立ちは整ってはいるが、値踏みするように動き回る目のせいか、魅力的とは言い難い。
「誰だ?」
胡散臭げな顔でヴェールを纏う人物を見ながら、アヴィリスはユーリに問う。
「あ、セフィー……」
「モイラ・セロス=ノルン・ヴィ・ヴォルヴァですわ。アヴィリス様」
ユーリの声を遮り、ほとんど強引ともいえる仕草でヴォルヴァ助教授はアヴィリスに詰め寄る。
「何者だ?」
「ここで生徒達に占術を教えています。恐れ多い事ながら、助教授として」
「……………」
(何故、そこであたしを見るんですか?アヴィリスさんや)
しかも、そんな疑わしそうな目で。
「………セフィールド学術院魔導科の占術学部のヴォルヴァ先生ですよ」
(ほとんど授業持ってなくて、霊感商法やってるようなダメ先生だけど……)
心底疑わしそうな、深い知性を内包する琥珀色の瞳からユーリはそっと目を逸らす。
その素直なユーリの行動から全て察したのか、アヴィリスは実に面倒臭げに己の前で身を摺り寄せてくるヴォルヴァ助教授もといヴォルヴァ先生を見下ろす。
「ところで、普通科生徒がどうしてここにいるのかしら?」
ユーリとアヴィリスの無言のやり取りをしているうちに、ようやくヴォルヴァ先生はユーリの存在に気づいたのか、不機嫌そうにユーリの胸元のエンブレムを睨みつける。
「……………………………仕事です」
ユーリが司書の証であるネームプレートや腕輪、王立学院図書館の紋章が記されたショルダーバッグを指差す。それを見たヴォルヴァ先生の顔が嫌悪に顰められる。
「司書ごときがこの神聖な学び舎に何の用かしら?」
「………魔導科に通達は行っているはずです。いま、魔導書を保持するのは危険です。早急に魔導書を図書館に返してください」
静かに宣告したユーリにヴォルヴァ先生は馬鹿にするように鼻を鳴らし、呆れたように肩をすくめて見せた。
「神聖かつ高尚、選ばれた人間のみに学ぶことを許された魔導に危険はつきもの」
ですが、と声を切ったヴォルヴァ先生は傲慢な笑みを顔に浮かべてユーリを見下ろした。
「魔導を学ぶことを許された私達には危険を退ける叡智と力があるわ。司書ごときの心配など無用です」
「…………」
「この学び舎で王立図書館の魔導書を借りている生徒から魔導書を取り上げることは許しません。わかったならさっさとここから立ち去りなさい」
あんまりな言い草にさすがのユーリもカチンと来た。
「なっ!!何を言ってるんですか!?あの魔導書達は貴方達が自分で作ったものじゃないんですよっ!?あれはっ!!」
「神聖な学び舎で五月蠅い声で喚かないで頂戴。私達の繊細かつ高貴な心眼の妨げになります」
出来の悪い生徒を窘めるように、しかし、煩わしそうに耳をふさいでヴォルヴァ先生は言う。
じろりとユーリを責めるように見下ろす目にはやはり隠しきれない侮蔑の色がある。
「だからっ!!」
声を荒げかけたユーリの肩をポンッと掴んでなだめる手があった。
ふっと顔をあげたユーリの視線の先には思わず見惚れるほど美しく、しかし、触れることを躊躇うほどに冷たく凍えるような無表情な顔があった。
「ならば、俺もここから立ち去るとしよう」
「……………え?」
ぽかんと間の抜けた声を出したのはユーリだったか、ヴォルヴァ先生だったか。
アヴィリスは目を丸くして自分を見つめる二つの目を平然と見下ろす。
「俺はアデラ・ヴィ・シンファーナというここの生徒が借りている魔導書を読みたい。だが、返却期間を過ぎてもなおその生徒が魔導書を持っているらしい、それをこの司書が回収すると聞いて付いてきた。だが、この司書が魔導書を回収できないなら仕方がない。……帰るとしよう」
「待ってくださいましっ!!」
そう言ってくるりと背を向けたアヴィリスに縋りつくようにヴォルヴァ先生は手を伸ばす。
「そんな事を言わずに、どうか、我が神聖なる学び舎を見てください。そう、そうですわ!!今度行われる『学研』用の特別な魔導をお見せします!!ですから、どうか……」
「しかし、俺の借りたい魔導書が手に入らないなら、別にここに用はないのだが?」
冷然と見下ろすアヴィリスに気圧されたか、ヴォルヴァ先生は一瞬口籠る。
「魔導書は……」
しばし考え込むように目を伏せたヴォルヴァ先生はしばらく逡巡した後、にこりと微笑んだ。
「『学研』の実験をご覧下さいまし。きっと彼女の持つ魔導書より深い叡智を貴方に授けるはずですわ」
さぁ、さぁとアヴィリスの腕を取って強引なまでに校舎内を進むヴォルヴァ先生の意識からユーリは消え去っている。
突然の展開にまったく付いていけないユーリはただ呆然とするばかりだ。
「あのぅ……」
嵐の後に取り残されたガラクタのように廊下のど真ん中に取り残されたユーリは、どんどん離れて行くアヴィリスとヴォルヴァ先生の背中を見つめる。
と、ヴォルヴァ先生に引き摺られるように歩くアヴィリスが一瞬こちらを向いて、付いて来いとでもいう様に顎をしゃくった。
その偉そうな行動に、ユーリはムッと顔を顰める。
だが、彼らに付いていけばアデラ・ヴィ・シンファーナの持つ魔導書『神秘の手引き』が見つかるかもしれない。
(魔導書……、『学研』用の実験………)
嫌な符号にユーリはごくりと喉を鳴らす。
しかし、意を決したようにぐっと息を飲むと、廊下の向こうに消えて行こうとするアヴィリスとヴォルヴァ先生を追いかけた。
その小さな背中をぱたぱたと軽い羽音が追いかける。
アヴィリスが外に投げた銀の小鳥がいつの間にやら校舎の中に戻ってきて、ユーリを追いかけていた。
アヴィリス達を追いかけることに夢中のユーリはその事に気づかない。
銀の小鳥はユーリの肩にさりげなく止まる。
不思議な事に、忙しなく動くユーリの肩に乗っているはずなのに、銀の小鳥はユーリの肩から生えているかのようにピクリとも動かない。
「…………………何事も、起こってなければいいんだけど」
ユーリの呟きを肩に吸いつくように止まった銀の小鳥だけが聞いた。