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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
14/85

13P迷走序曲

貴族の子息・息女が多数在籍する魔導科寮は基本的にひとりにつき一室部屋が与えられ、噂によるととっても豪華らしい。

それを裏付けるように、魔導科寮の部屋の扉はとても立派なオーク材で出来ている。

そんな扉の前に佇んだユーリはぽつりと呟く。

「え~と。資料によると、ここがアデラ・ヴィ・シンファーナの部屋……」

魔導科寮のとある生徒の自室の前に立ったユーリは、可愛らしい花々をあしらったノッカーを一応叩く。

(出るわけないよね……)

無言の返事にユーリは溜息をついた。

(さて、どうしたもんか……)

とりあえず、何か手掛かりでもないもんか、と行き当たりばったり気味にここに来たものの、部屋の主はいないらしい。

(まぁ、部屋に本人がいても、大人しく魔導書を返して貰えるとは思ってないけど……)

とりあえず。

「何でついてくるのかな?アヴィリスさん」

後ろを振り返ると、風景の一部と同化したようにゆったりと佇む美貌の魔導師の姿がそこに在る。

「魔導書を回収されて暇なんだ。お前の側にいると面白い事があって退屈しない」

「じゃあ、ロランさんの所に行けば?いま、もの凄く退屈しないと思うよ?」

くいっと指差した天井がちょうどいいタイミングで揺れた。

くぐもった悲鳴とロランのモノと思しき怒声、何か重いものが壊れる破壊音が響く。

パラパラと埃をまき散らしながら、きぃきぃと危なっかしい音を立てて天井のシャンデリアが揺れる。

「さすがに俺も命は惜しい」

「あ、そー」

いけしゃあしゃあと吐き捨てられた言葉にユーリは胡乱な目を向ける。

だが、まぁ、気持ちはわからんでもない。魔導を繰り出して抵抗したであろう魔導師相手に魔導を防ぐ防具もなく、無傷でピンピンしていたロランの姿はまるで達の悪い冗談のような光景だっただろう。

そんな不毛なやり取りをした二人の間を一陣の風が走り抜けていく。

「……」

風の行方を追った二人は二つの人間の背中を見た。

「コラ~っ!!待ちなさーい!!魔導書を返しなさーい!!」

「うるせーっ!!いやだあああああっ!!」

という声を残して行った事から魔導科の生徒と司書なのだとわかる。

廊下の向こうに消えていく背中を見送ったユーリとアヴィリスは顔を見合わせる。

「しかし、“紋”の魔導の不具合点検。という割には随分派手な強制回収だな。他の魔導師達が不審がっていたぞ」

「“紋”の魔導の不具合点検だから、強制回収してるの!!うっかり魔導書を借りパクされたら大変なんだから!!」

「だが、魔導書を外には持ち出せないだろう?」

「………?」

ユーリはふっとアヴィリスの言葉に違和感を覚える。

“紋”の魔導に不具合が起こっても確かに魔導書は外に持ち出せない。

魔導書を『学院』内に閉じ込める魔導と“紋”の魔導は別物だから。

(でも、それは……)

「ユーリ!!」

「っ!?……アリナ?」

呼び声に振り返ったユーリは豪奢な金髪を波打たせながらこちらに走ってくる少女を見た。

心なしか、少女の青い瞳に畏怖と恐怖、そして驚きが垣間見えたのは目の錯覚だろうか?

「どしたの?アリナ」

「それはこっちのセリフですわ!!どうしてユーリがアヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア氏と一緒にいるのですかっ!?」

荒い息のまま、一気に言葉を吐きだしたアリナの大きく見開かれた目と迫力に負けてユーリは一歩後ずさる。

「どうしてって……」

話題の的になったアヴィリスをちらっと見やる。

当の本人は「我関せず」といった様子で天井から落ちて来た埃を暢気に払っている。

(むしろ、あたしが訊きたいんだけど……)

うんざりした顔でアヴィリスを見、アリナに向き直る。

実は、こういう手合いに出会うのは初めてではない。

迷子の魔導書事件、あるいは王立学院図書館放火事件の後、すっかり王立学院図書館の常連になった宮廷魔導師のアヴィリスが一介の司書であり『学院』の学生であるユーリと仲良く(他の人から見るとそう見えるらしい)しているのを訝しみ、よくユーリに『何故アヴィリス魔導師と仲良くしているのか!?』と詰問してくる事が(特に女性から)あったのだ。

そういった手合いに、よくわからない現状も、いままでの経緯も逐一説明するのはとぉっても面倒臭い。

アリナは友達とはいえ、アヴィリスとのよくわからない関係を説明するのは面倒なので、今回もテンプレを使わせてもらう。

「………なりゆき?」

「なりゆきって……、どういったなりゆきで宮廷魔導師が『学院』の魔導科寮で司書と一緒にいる状況になるんですの?」

呆れたように溜息をついたアリナに、ユーリは小声で耳打ちする。

「いや~、前にアヴィリスさ……アヴィリス魔導師が図書館に来た時に、彼図書館が気に入ったらしくって、近頃常連の一人になったんだけど、今回の魔導書強制回収の件が気になるからって付いて来たの」

「………そうなの?」

「そーなの」

重々しく頷いたユーリにアリナは胡散臭げな視線を向ける。

それを振り払うように、そして、これ以上アヴィリスが話題に上がるのを避けるように、ユーリは話題の変更を試みる。

「ところで、どうしたの?アリナ。血相変えて、何があったの?」

「何があったの?っていままさに異常な事が起こっている最中でしょう!?」

「?」

「あの司書達は何ですの!?卑しくもセフィールド学術院の魔導科生徒の魔導攻撃を受けていながら、どうしてあんなにピンピンしてますの!?」

ユーリに詰め寄ったアリナは、いつもの貴族らしい落ち着きを失くした様子で、どこかパニック状態だった。

おそらく、ロランのハチャメチャぶりをうっかり目撃してしまったのだろう。

魔導に対して絶対の信頼と自信を持つ魔導科生徒にとって、あの光景は軽くトラウマになるものだろう。

「アリナ。落ち着いて、あの人は司書の中でも特殊だから、魔導書さえ大人しく渡したら酷い事はされないから」

ユーリがそう言うのが終わるか、終わらないかの瀬戸際でまた、爆音が響き渡る。

断末魔の咆哮のような爆音の余韻を聞きながら、蒼褪めた顔でこちらを見つめる魔導科生徒達の視線を受けたユーリは……。

「あは………」

笑って、誤魔化すことにした。

が、

「ユーリ……」

アリナが向ける視線が痛い。

だが、こっちだって引くわけにいかない。

魔導書一冊紛失するだけで、王立学院図書館の存続に関わってくる。

それくらい、魔導書は高価で希少なもの。だから、司書達は何としてでもノルマの魔導書を回収しなければならない。

「いや、いやいやいや!! ロランさんは悪くないよっ!?よぉ~く考えてみて?魔導書の整備・点検しようっていう司書に、何でここの生徒達はあんなポンポン魔導攻撃仕掛けるかなっ!?」

言い訳がましく口から出て来た言葉だったが、口に出してみてふと気付いた。

学生の身分で王立学院図書館司書に盾突いて、『学院』生活を無事におくれるなどと考える奴は魔導科にはいない。

日々の課題提出、卒業の論文作り、全てに図書館と図書館を網羅する司書の助けは必要になる。

そんな彼らが図書館司書に強気に出る時。

それは、よっぽど切羽詰まっているか、司書達に後ろ暗いところがあって強がっているか、それとも……。

(強力な後ろ盾がいる?……)

その事に気づいたユーリはふっとアリナを見つめる。

「ねぇ、アリナ。魔導科寮での魔導の行使は禁止事項のはずなのに、あんなにポンポン魔導を使ってて誰も何も言わないの?」

「……え? それは………」

ユーリの問いにアリナは不思議そうに首を傾げた。

「あら?言われてみれば、どうして寮長も管理人も何も言わないのかしら?」

指摘されて初めて気づいたらしいアリナに、ユーリは少し考え込むように騒がしい上の階を見上げた。

基本的に魔導科寮は上の階に行くほど上級生の部屋になる。いま、ユーリ達がいるのは魔導科四年生の階。

魔導書を死守する生徒の魔導による抵抗は上の階になるほど酷くなっている気がする。

「アリナは、魔導書を大人しく司書に渡したんだよね?」

「え、ええ。もちろん」

「じゃあ、何であんなに上級生たちが魔導書を手放したがらないのか、わかんないかな?」

「『学研』が近いからじゃないかしら?」

「?」

「魔導科では、学部が決まって、初めて『学研』に参加する三年生は学部内で何人かのグループに分かれて研究と発表をして、四年生は三人以下の少人数のグループ、もしくは個人で、五年生以上になると学部で立ち上がったテーマに基づいて各個人での研究を発表する。という形式になっていますの」

「でも、そのあたりはあんまり普通科とも変わらないよね?芸術科も騎士科も医学科もしてるし……」

学年が上がり、志願し、学部内の教授に認められれば個人での研究を発表することが可能になる。

魔導科だけが特別、というわけではない。

ユーリが首を傾げるとアヴィリスが口を開く。

「学年が上がるごとに研究内容に個人色が強くなり、直接本人の評価につながるというわけだな?」

「はい。そうですわ」

「?」

なるほど、と頷いたアヴィリスに対してユーリは何のことなのかさっぱりわからない。

見かねたアヴィリスが面倒臭そうに口を開く。

「魔導師が魔導師として認定されるには、“アルス”以上の階位を持つ魔導師の下で数年の修行と師となった魔導師の了承と魔導師認定試験に合格する事が必須になる」

「はぁ」

「ここの学生達は基礎的な魔導を学んだ後、各学部の教授の下で各々の特性に合った魔導の指導を受け、卒業と同時に魔導認定試験を受けるんだろう?」

こくりとアリナが頷く。

「あ」

ようやくユーリにも何の事だか読めて来た。

「当然、魔導科の生徒の卒業、魔導師認定試験の受験資格取得にもこの『学研』の成果が影響されるんだろうな」

「はい」

「なるほど。だから学年が上の人達はあんなに必死で魔導書を死守しようとしているんだ」

ぽんっと手を打ったユーリは次いでさぁっと青褪めた。

「………司書(あたし)達って、いま、相当ヒドイコトしてる?」

「…………さっきからそう言っているじゃありませんか」


魔導書回収が魔導科生徒の人生を左右するなんて思いもよらないじゃあないですか!!


そう言いたい気持ちだが、ユーリはその言葉をゴックンする。


「魔導科の先生も寮長も管理人も司書への魔導攻撃を黙認するわけだな」


得心がいったようなアヴィリスの言葉に覆いかぶさるように階上で大規模な爆音が響く。

魔導科寮を揺らす衝撃に任せて、そのままユーリは頭を抱えて蹲りたくなった。


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