11P戦う司書と魔導師達1
長くなったので分けます。
魔導書を探して魔導科に侵入。“紋”はどうしておかしくなってしまったのか?
軽快な音をたてて、ユーリの乗った魔導馬車が進む。
柔らかい色をした青く澄みきった空に浮かぶおもちゃのような雲、色を濃くし始めた木々の小道を抜けるとほどほどに大きな川とその上に渡された橋、そしてその橋の奥には立派な門と鬱蒼と茂る木々に囲まれた城が見えた。
セフィールド学術院の中でも選ばれた秀才・天才が住まい、未来の大魔導師の卵達が学ぶ場所。
『セフィールド学術院魔導科校舎』
石造りの巨大な門を抜け、鬱蒼と茂る森の中の街道を走った先には、芸術性の高い優美な門、その奥に色とりどりの花々が完璧な調和を奏でる美しい庭、王侯貴族の屋敷に遜色しない美しさと雄大さを持つ校舎が聳え立つ。
「「相変わらずいつ見ても、学校のモノとは思えない」」
『セフィールド学術院魔導科校舎』を見上げたユーリは、自分の声に被さった低い声に驚いて振り返る。
『セフィールド学術院魔導科校舎前』と銘打たれた馬車停の看板の前にちょこんと停車した魔導馬車。その隣に、見知った顔を見つけてユーリは脱力した。
「…………何やってるの?アヴィリスさん」
無表情ながらもどこか嬉々とした様子で魔導馬車をいじくっている藍色の髪の美貌の魔導師は、声を掛けられて初めてユーリの存在に気づいたらしい。
変化に乏しいながらもキョトンとした顔でユーリを見やった。
「ユーリ?何故ここにいる?」
「図書館司書の仕事。魔導書の回収に来たの。アヴィリスさんは?」
「俺はこれから少し図書館に行く」
いつもながらの無表情。
しかし、一瞬だけ、「厄介な奴に見つかった」とでも言うようにアヴィリスの顔が顰められた。
一方、それに気付かなかったユーリは呆れ顔でアヴィリスの首にかけられている<クラン>の紋章を見つめる。本来ならば、彼はこの<クラン>の紋章の他に着けていなければならない物がある。
そう思いながら、ユーリは問う。
「………前から思ってたんだけど。アヴィリスさん、王都で宮廷魔導師の仕事しなくていいの?」
「ああ、問題ない。俺の穴くらい適当に誰かが埋めるだろう」
「ふ~ん」
ザラート王国の片田舎、チューリの学生であり、魔導の理解にはさじを投げているユーリは実際のところ宮廷魔導師の仕事をよく知らない。
(宮廷魔導師って意外と暇なのかな?)
ま、いいか、と魔導馬車を弄るアヴィリスから魔導科の方へ目を向けたユーリは、ふと、魔導科校舎門前の路地から走ってくる一人の女性に気づく。
「あ、オリアナさん…」
ユーリが気づいたようにオリアナもユーリに気づいたのか、オリアナの目が大きく見開かれ、声が飛んだ。
「ユーリ!!その男を捕まえなさい!!」
「は、はいっ!?」
条件反射。
司書見習いの頃、指導してくれた先輩司書の声を受けたユーリはアヴィリスの腕を握る。
「あ……」
いかにも、「しまった」という顔でユーリとこちらに向かって走ってくるオリアナを見たアヴィリス。その顔を見たユーリは何となく、状況を理解する。
「……すまん」
「は?」
突然の謝罪に、ぽけっと顔をあげたユーリの額に鋭い衝撃が走る。
「あだっ!?」
額の痛みに思わず力が緩んだ途端、アヴィリスが魔導馬車に駆け込むのが見えた。
「しまっ!?」
その瞬間。
「ちぇすとおおおおおおっ!!」
顔をあげたユーリの目に映ったのは、魔導馬車の幌を打ち破った大きなトランクと、馬車から弾き飛ばされて宙を舞う美貌の魔導師の哀れな姿だった。
トランクが飛んできた方角には、何かをブン投げた後のような姿勢をしたオリアナの姿。
金属があげる若い女の悲鳴のような音と、大きな木が倒れ落ちるような音を背景に、ユーリは思う。
(………来るんじゃ、なかった。魔導科)
「では、あなたが所持していた魔導書。『パラケススの書』、『赤き哲学書』、『黄金の夜明け』計三冊、確かに回収させていただきました」
魔導書を詰めたトランクが軽い音を立てて閉じられる。
それを恨めしそうに見たアヴィリスは不満げに呻く。
「納得、いかん」
アヴィリスの恨めしげな視線を受けてもオリアナはどこ吹く風。
「説明は何度もさせていただきました。それでもご不満でしたら、図書カードの登録を破棄させていただきます」
しれっとした顔で最終通告を下したオリアナに、アヴィリスは敗北して項垂れる。
顔が良いせいで漂う哀愁も当社比大だが、デコピンを喰らったユーリに同情する気は起こらない。
「オリアナさんも魔導書回収に出てたんだ」
「うん。保安司書だけじゃ人出足りないって。まったく、人使いが荒いんだから」
嘆息したオリアナは、基本魔導と専門階で働く司書。荒事に不向きなはずの、非戦闘要員……のはず、なのだが。
幌を突き破られた魔導馬車と宙を舞ったアヴィリスの哀れな姿を思い浮かべると、どうにも認識を改めざるを得ない。
ちょっと吊り目気味の目に薄い眼鏡をかけて、明るい茶髪をきゅっと纏めている、見るからに文学系女子な風貌なのに、………そのペンより重いものを持った事ありません、みたいな細腕のどこにあの剛力があるのか……。
「ま、あたしはもうノルマの魔導書を回収し終えたから帰るけど。ユーリはこれから?」
「………はい」
しょんぼりと項垂れたユーリの肩をオリアナは慰めるように叩く。
「がんばれ」
「………はい」
げんなりした顔のユーリにオリアナは苦笑しながら、幌が壊れた魔導馬車に乗り込んだ。
「まだ保安司書と諦めの悪い魔導師数名が戦ってるから、気をつけなさいね?」
「は~い。オリアナさん、お疲れさまでした」
軽やかに進む魔導馬車を見送ったユーリは細く溜息をつく。
「ほら、いつまでうじうじしてるんですか?アヴィリスさん。一時回収が終わったらまた魔導書を貸し出してもらえるんだから。そんな、絶望した顔しないでよ」
「……お前にこの気持ち、わかるもんか」
「わかりませんよ~だ。あたしは司書なんだから」
アヴィリスにデコピンを喰らった事を根に持つユーリはふんっと鼻を鳴らす。
「そうかよ。ああ、そうだったな」
「……拗ねた子供みたいな言い方しないでよ。てゆーか、何でそんなに不貞腐れてるの?」
「不貞腐れたくもなる!!あと少しで魔導原理が解き明かせたのに………っ!!」
「あ~……。ご愁傷さま…………」
さも無念だと項垂れるアヴィリスにユーリは乾いた笑みを返す。
普段から無表情で冷静なアヴィリスのキャラが崩壊している。
魔導師にとって今回の魔導書の強制回収はよっぽどショックだったらしい。
(魔導科は、大荒れね)
「行きたく、ないな~。魔導科……」
魔導科の建物は、元はこのあたりに住んでいた王侯貴族の屋敷を増改築して出来たものであるらしい。
そのうえ、魔導科に通う生徒のほとんどが貴族出身者である事を考えれば、彼らが住まう住居がどうなるか、そのくらい大体想像できるだろう。
「うわ~。初めて魔導科に来たけど、すっごいなぁ~」
一応、学生寮という事でシンプルな外装だが、それでも郊外の貴族の屋敷と遜色しないほど美しくて立派な屋敷である。
そして、前庭には未来の魔導師達が住まうにふさわしい工夫が凝らしてあった。
色とりどりに咲く花はもちろんの事、水が色々な形に変わる噴水や形を変えるトピアリー……、普通科に通い、魔導にあまり触れあう事のないユーリには全てが物珍しい。
「あれ、いまの時期咲かないような花だよね?」
「ああ、温度調節のための魔導機がそこに入っているからな。王都の貴族も何人か使っている」
「わ~。噴水の水の形が猫に変った」
「ああ、あれも魔導機だ。王城にもたしかひとつあったが、ここで作られたものらしいな」
「うわ~、すごいねぇ」
おのぼりさんよろしく目を輝かせていたユーリだが、その感嘆の声が徐々に力を無くしていく。
最後には顔を引き攣らせたうえに言葉がかなり棒読みだ。
「ああ、だからこそ、残念な光景だな。コレは」
アヴィリスの視線の先、ユーリがあえて見ないようにしていた先には、芝生の上や点在する東屋で暗黒を背負い、項垂れてしくしく泣いている魔導師の卵達がいた………。
「………」
彼らのそばには必ず二人一組の王立学院図書館司書がいる。
「うっ、うっ、ううっ」
「え~と、『コルカサスの書』、こっちは『六芒星原理』、『魔導薬学書』」
「酷い、…ぐすっ、ひ、ひどい。あんまりだ……」
ユーリと同じく王立学院図書館司書のネームプレートをつけた司書達が魔導科の生徒から無情に魔導書を回収していく。
「はいはい。さっさと魔導書を返してください。一時的な回収措置ですから、また優先して貸し出しますよ」
「オニーっ!!アクマーッ!!」
こちらの司書は、何らかの魔導機でがっつり縛られた学生から魔導書を引っぱり出している。
「………地獄だな」
魔導科寮前の光景をアヴィリスはそう評価する。
「そんな、魔導書の一時回収くらいで大袈裟な……」
「そちらの都合で一方的に魔導書を奪い取って行くこの行為が酷くないと?」
ギロッと見下ろされたユーリは乾いた笑みを浮かべる。
魔導書を無理やり奪い取られたアヴィリスも気持ちは彼らと同じらしい。
「ま、まぁまぁ、アヴィリスさんがされた事は、……まぁ、特殊?大人しく魔導書を一時回収させてもらえたら、こちらは……」
―― ドッ……ッゴオオオオオンッ
ユーリの声は魔導科寮の隣、美しい深紅の薔薇が茂る生け垣の向こうから響いた轟音で掻き消された。
「『探求の館』の方からだな」
「………」
アヴィリスが見つめる先、『探求の館』がある方から声が聞こえてくる。
「くそうっ!!せっかくの魔導書を返してたまるかああっ!!」
「だから!!一時的なものですから!!回収中はこちらに宿泊できるように、配慮をっ!!」
「あと20ページで読み解けるんだ!!返せるかああああっ」
「魔導書を返してくださーい!!」
『探求の館』で抗争中の魔導師と司書もいるらしく、『探求の館』から轟音が聞こえる。
「阿鼻叫喚とはこのことだろうな」
「……何で魔導師達はあそこまで抵抗するんだか………」
ぽつりと呟いたユーリはハッとアヴィリスの方を見上げる。
表情に乏しく基本的に物事に無関心なアヴィリスだが魔導に対しては別人のように情熱的で探求心にあふれている。
そんな彼にうっかり魔導師の魔導書への探求心を問うような事を言えばどうなるか……。
以前、『禁制魔導書』階に連れて行って欲しいとしつこく頼んできたときに、何故そこまでして『禁制魔導書』階に行きたいのかうっかり聞いてしまった事がある。
その時は、二時間くらい『禁制魔導書』について講釈され、『禁制魔導書』が魔導師にとってどれだけ価値があるのか説かれた。
「魔導技術研究学会が近いからだろうな」
「ヴァルプルギス?」
延々と魔導書についての演説及び講習をされるかと身構えたユーリはあまりにあっさりした答えに拍子抜けする。
「知らないのか?王都で開かれる魔導技術の発表会があるんだ。今年の最優秀者はきゅう」
今年の最優秀者がどうなるのか、聞くことはできなかった。
……―ドォォ……オンッ ――………ガッシャーンッ
「ゴラアアアアッ!!貸し出し中の魔導書を返せーっ!!」
「ぎゃああああっ!?」
鶏が絞められたような悲鳴と共に魔導科寮の前庭に突如として轟音が突き刺さった。