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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
11/85

10P科学の志

「だ・か・ら!!このとーり!!お願い!!『植物の化学』貸して!!」

「い・や・だ」


(う、ううぅ……)

厄介事を抱えている日に限って、ど~して厄介事に出くわしたりするんだろう?

ユーリはぐったりした気分で彼らのやり取りを聞く。


ユーリの憂鬱な気分とは裏腹に澄んだ青空の下、綺麗に整えられた居心地のいい中庭。

そこで対峙する一組の少年少女。

一方は緑の表紙の本を大事そうに抱え持つ亜麻色の髪の少女、もう一方は少女よりちょっと背の高い首からゴーグルをかけた金髪の少年。


ひょんなことから昨日知り合ったばかりの少年と少女である。


『学研』まで一週間を切った今日から授業は午後まで。

ユーリはさっそく魔導科へ行こうと中庭の馬車停で馬車を待っていた。

魔導科はセフィールド学術院敷地内でちょっと離れた場所にある。

馬車を使わないと魔導科につくころにはとっぷり日が暮れているだろう。


そういうわけで、魔導科直通の馬車を待っているユーリの近くに言い争う少年少女がやってきて、いまに至る。


「あの~、お二人さん……」

いい加減言い争いに聞き飽きたユーリは敗北者の気分で彼らに声をかける。

第三者の声に二人はふっと正気に返り、驚いたかのようにユーリを同時に見た。

「あれ?昨日の……誰だっけ?」

「こんにちは、ユーリ」

かくんと首を傾げたイオンを一瞬睨んだのち、ミーシャは言う。

「や、昨日ぶり……」

「あ、昨日の司書か……げ」

「げ、とは何よ。げ、とは……。まあ、あんた達の痴話げんか聞いてたら、まあ、大体事情はわかるけど」

「痴話げんかって……」

渋面になったイオンを睨みつけ、言い放ったユーリの言葉にミーシャが顔を顰める。

「また図書をまた貸しさせてもらおうとしてるみたいだけど、何でそんなにまた貸ししてほしいの?昨日調べたけど、あんた、ミーシャの次に貸し出しできるよう申請してるじゃない。『科学の父の遺産』と『分子構造論』は大人しく待ってるのに……」

「それは……」

口ごもったイオンの代わりにミーシャが溜息交じりに口を開いた。

「魔導科が変な植物の開発をしたらしい。それを『学研』で発表するらしいから、それに対抗する植物を普通科の植物学部からも発表するために、『植物の化学』を貸して欲しい……だとさ」

呆れたような口調のミーシャをイオンが睨みつける。

「んだよ、その言い方!!俺はマジで植物学部のこと心配してるんだって!!」

「だからって、あと一週間もないのに植物がそう簡単に開発できるか!?科学者を目指すならもっと計画性と理論性を持て、根性論じゃあ科学を実証できない」

「何!?」

ぎゃいぎゃいと言い争いを始めた二人の間で、ユーリは頭を抱える。

イオン少年の発言はかなりめちゃくちゃで、ツッコミどころ満載だ。

「え~……っと」

とりあえず、いままでの彼の発言を纏めてみる。

「魔導で生み出した植物を、魔導科が『学研』で発表すると、ただでさえ科学系の学部の中で発言力が弱い植物学部が、科学科に加入できなくなるかもしれないから、なんとかしたい。だから『植物の化学』を貸して欲しい。と」

「おう」

「君、あたし達と同い年だよね?わかってる?あたし達が『学研』で発表できるのは来年だよ?」

「……わかってるよ」

「大方、発明した植物を植物学部の奴らに渡すつもりだったんだろ。先輩や教授の名前で発表してもらえば、手柄は植物学部の物だ」

「イオン君って植物学部志望の生徒じゃなかったよね?」

「科学学部……いや、総合科学学部志望らしい」

「らしい。じゃねーよ!!総合科学学部に絶対入るんだ!!」

ミーシャの発言にイオンが声を荒げる。

「それじゃ、何で植物学部にこだわるの?」

「植物学部も『科学の父』が作った学部だからに決まってるだろ」

さも当然だという風に言われた事にユーリは首を傾げる。

「どゆこと?」

「知らないの?植物学部もいま科学科入り確実って言われている学部同様『科学の父』が作った学部なんだ」

「へぇ~、あ、なんか聞いたことあるような……ないような?」

「……科学を発展させ、新たな技術を生み出した『科学の父』に敬意を称して、『科学の父』が作った学部は全て科学科入りさせたいって考えている教授陣は多いって聞いてたけど…」

言いながらミーシャはちらっとイオンを見やる。

「生徒までそう思ってるやつがいるとは……」

どこかぐったりした顔のミーシャをイオンはムッと睨みつける。

「悪い事じゃねーだろ?科学科に学部全部そろえば、『科学の父』がバラバラに伝えた技術を共有できるようになる!!科学技術のさらなる発展には絶対必要な事だ!!」

「だから、『科学の父』が作った植物学部も科学科に入って欲しいのか」

「そう」

頷いたイオンにミーシャが溜息をつく。

「俺は『科学の父』直筆の『植物の化学』が読みたい。『科学の父』直筆の本にはすげーぶっ飛んだ技術の設計図とかも書いてあるからな。『植物の化学』にもきっと何か変わった植物に関する技術が載っているはず!!」

「それを『学研』で発表すれば、植物学部は科学科入りできる。と」

「おう」

「その熱意は認めるが、それならますますお前に『植物の化学』を渡すわけにはいかないな」

「……何で?」

きょとんと目を丸くするイオンにミーシャはくっと口角をあげて皮肉げに笑った。

「お前が言う事を要約すると、植物学部のいまの研究内容では科学科入りさせてもらえないから、お前がこの『植物の化学』の研究内容を『学研』で発表したい。という事だな?」

「あ、ああ、まぁ……」

どこか棘を含んだミーシャの言葉に、イオンは歯切れ悪く頷いた。

「いま植物学部で一生懸命研究している先生や先輩を馬鹿にしているのかっ!?お前は何様だっ!?植物学部の科学科入りが無理だ、なんて誰が決めた!?」

ミーシャの怒声にユーリは首を縮める。

武人の父を持つにふさわしい迫力に息を飲んだ。

「なっ、別にそういうわけじゃあ……」

「じゃあ何なんだ!?お前が『科学の父』の技術をそっくりそのまま発表して『学研』で評価が得られると思っていたのか!?もしそうなら、お前は科学者にふさわしくない!!」

「んだとっ!?」

「ちょっと!!待って!!落ち着いて二人とも!!」

小柄なミーシャの首元をカッとなったイオンが掴む。

それを見下ろしたミーシャは何も言わずにイオンの手首を握って彼を睨みつける。

一触即発の空気に、慌ててユーリが割って入った。

「待って、落ち着いて。ここで科学科志望の生徒が乱闘なんかしたら、どうなると思ってるの?」

ミーシャとイオンの言い争いと不穏な空気に道行く生徒の視線が集まっている。

それに気付いたイオンが先に、バツの悪い顔をしてミーシャから手を離す。

「俺だって、『科学の父』の技術を丸パクしても意味ねえってわかってる」

「じゃあ、何故?」

「魔導に対抗できるのは、科学だろ?俺は一回だけだけど、『科学の父』の弟子っていう人が魔導の攻撃を防いだの、見た事ある……」

「……どんな科学技術だ?魔導を弾く科学技術なんか聞いたことないぞ?」

「でも、確かに俺は見たんだ!!何かよくわかんねーけど、何かの植物みたいなもんで魔導を封じてた『科学の父』の弟子の姿を!!」

ぎゃいぎゃいとまたも言い争いを始めたミーシャとイオンを前にユーリは溜息をつく。

「……何か、話がこんがらがってきた。イオン君は魔導科の生徒達が『学研』で発表するだろう植物に対抗する技術を発表したいわけだよね?」

「ああ」

「……できたら、その技術は植物学部の立場をあげるモノならいいと思っているんだよね?」

「ああ」

ユーリの再確認にイオンは頷く。

「……魔導科の奴らが、作ったあの植物、アレは在り得ない」

激しい嫌悪をにじませるイオンにミーシャとユーリは首を傾げる。

「さっきから気になってたけど、何でイオン君は魔導科の情報に詳しいの?」

「それは……」

喋りかけたイオンはハッと我に返ると「何でもない」と首を振る。

「で?まだ『植物の化学』をまた貸しして欲しいと言うか?」

何となく不審なイオンの行動にユーリが首を傾げる一方で、ミーシャはキッとキツイ眼差しでイオンを睨む。

「参考までに話しておくが、ざっと見たところ魔導に対抗する植物の存在も、それを作り出す技術も『植物の化学』には載っていない」

「そう……か」

「確かめてみるか?」

見るからに落胆した様子のイオンは疲れたように溜息をつく。

「いや。もういいよ。無理強いして悪かった」

じゃあな、と背を向けたイオンはどこかに去っていった。

「何だったんだ?あいつ」

「さぁ?」

不機嫌な面持ちのミーシャの隣でユーリは首を傾げる。

「ところで、ユーリ。これからどこに行くんだ?」

「ん?ああ、司書の仕事で、魔導科に……」

ミーシャに問われたユーリはハッと顔を引き攣らせて、馬車停を見る。

魔導馬車が一台馬車停からいまにも発車しようとしていた。

「きゃーっ!!待って!!待って!!乗ります!!乗りまーす!!」

「あ、ユーリ……」

慌てて馬車に乗り込むユーリに置いて行かれたミーシャはぽつんと一人、馬車停に佇む。

「……行っちゃった……」

はぁ、と溜息をついたミーシャは中庭の木陰で『植物の化学』を開いた。

ふと、ユーリが口走った行き先を思い出す。

「『学研』前のいま、普通科の生徒が魔導科の校舎に入って大丈夫なんだろうか……」

そういえば、何故魔導科に行くのか聞いていなかったと思いながら、ページをめくる。

その、ページの上に影が落ちる。

怪訝そうに顔をあげたミーシャは目の前の人物に目を丸くした。

「―先生?」


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