9P魔導師と魔導書
説明ばかりです。
すいません。
魔導書と魔導師の関係について……。
「え~、1577年、いまから400年前ザラート王国はまだノックスハイム帝国のザラート領でしかなく……」
整然と机が並ぶ教室の中、セフィールド学術院の制服を着た生徒達は教師の声に耳を傾けながら、ノートにペンを走らせる……。
のが、理想的な授業風景なのだろうが、抑揚のない低い教師の声は生徒達にとっては子守唄でしかなく、心地よい日の光を浴びる教室の中、ほとんどの生徒は机に突っ伏してまどろみの世界に旅立っていた。
その中にひとり、肺が萎れるほど深い溜め息をつく生徒がいる。
(ああ、マジで投げだしたい……)
セフィールド学術院普通科の必修科目でありながら、もっとも退屈な教科である『建国史学』の授業をBGMにユーリは昨日手渡された資料をめくる。
読んでいくうちに、ユーリは憂鬱な気分になるのを抑えられない。
資料によると、ギズーノンやオリアナのような魔導階に慣れた司書ではない、魔導階に不慣れな司書達は少しでも効率を上げようと、カウンターに返却された魔導書をすぐに処理せずにある程度纏めてから処理しようと、カウンターに置いていたらしい。
その図書館に返って来ていたが、返却処理されていない魔導書を“誰か”が掠め取って行った。というのがたくさんの未返却魔導書を出した理由らしい。
ユーリが探すよう任せられた未返却中の魔導書は四冊。
『マレフィキアの奇跡』、『星の神殿』、『惑星の影響』、『神秘の手引き』
その中の二冊、『マレフィキアの奇跡』、『星の神殿』は『一級危険魔導書』
残り二冊、『惑星の影響』と『神秘の手引き』は『一級魔導書』。
『一級魔導書』級以上の魔導書が四冊も未返却。
しかも、その四冊の返却日も、借り主もバラバラだった。
『星の神殿』と『惑星の影響』を借りたのはショワナール魔導師。
彼は魔導書の返却に王立学院図書館に来ていた事を魔導階に入り浸っている魔導師達が証言した。
しかも、『学院』内にある魔導師専用の宿泊施設から退去しているうえに魔導書を所持していない事が確認済みだった。
『マレフィキアの奇跡』を借りた魔導師も数日前に『学院』外に出ていて、シロ。
(といっても、“紋”の魔導が上手く機能しなくなってから、魔導書が何冊か延滞されているみたいだけど……)
今朝、王立学院図書館司書が緊急収集され、図書館の保安業務や図書の取り立てを主に請け負う“保安司書”達による魔導書の強制回収が行われる事になった。
そして、今日以後一時的に原本の魔導書の貸し出しを禁止する事が決まった。
(今頃、『探求の館』は大変なことになってるんだろうなぁ……)
魔導科の校舎の側には魔導科に通う生徒用の寮があり、その魔導科の敷地内には遠方もしくは『学院』外から来た魔導師達専用の宿泊施設がある。
何故そんなモノが“学校”にあるのか?
答えは簡単。
原本の魔導書は『学院』外に持ち出しができないからだ。
昔、『学院』外から来る魔導師を受け入れる宿泊施設が『学院』内になかった頃、魔導師が『学院』内でこっそり野宿、『学院』内の空き部屋を不法占拠する事件が多発した。
事件を起こした魔導師達の言い分は、
『魔導書を読み終わる前に返さないといけないなんて嫌だ~!!』
選ばれた存在であるはずの魔導師が子供のような駄々を捏ねるのはいかがなものか……。
それに困った(呆れたとも言う)『学院』関係者らが王立学院図書館利用者(主に魔導師達)に寄付金を募り、魔導科の寮に併設して『学院』外から来た魔導師のための宿泊施設を作った。
それが『探求の館』である。
『探求の館』が出来て以来、『学院』外から来た魔導師達も貴重な魔導書を無料で借りてじっくり読めるようになった。
しかし、それだけで、めでたしめでたし、とはいかない。
『原本の魔導書を借りる時は、己の力量を弁えてから借りましょう』
という無礼極まりない一文が魔導師用の図書カードに書かれているほど、魔導書の読解は難しい。
何故に、難解なのかと問われれば簡単だ。
一般人や無知な魔導師による魔導技術の乱用・悪用を防ぐためである。
著者にしかわからないような比喩表現や魔導師間で使われる隠語・暗号が多数使われ、そのうえ魔導書はとても分厚い。
あんまり能力のない魔導師だと魔導書の半分を読み解く前に貸出期間終了で強制的に返却を迫られる事もある。
貸し出し予約がされていない魔導書ならば貸し出し延長ができるが、貸し出し予約のされていない魔導書は滅多にない。
それに、『学院』外から来ている魔導師はどうしたって貸し出し延長はできない。
『学院』外の魔導師には『探求の館』に宿泊出来る期限というモノがある。
宿泊施設の宿泊期限が切れれば強制的に退去を迫られる=魔導書を返却しないといけなくなる。→返却したら魔導書が返却されてくるのを、指を銜えてずぅっと待たないといけない。
たま~にだが、魔導科の空き教室に不法占拠する魔導師がいるらしい……。
故に、魔導師達は返却日ギリッギリまで魔導書を手放さない。
返却日の閉館時間まで粘りに粘って魔導書に齧りついている。
だのに、今回のように強制回収が行われるとどうなるか……。
(ぜっったい、魔導師達は大人しく魔導書を回収させてくれるわけない……。きっと駄々を捏ねて、魔導書を手放したがらない魔導師達と“保安司書”達の間でいざこざがおこってるだろうなぁ)
しばらく、魔導科に、というか、『探求の館』に近づかない方がいい。
考えなくても司書はそんなことわかっている。
だが、
(でも、そうはいかないんだろうなぁ~)
ユーリが見下ろす資料。
それには髪をきつく縦ロールにして、貴族の娘らしいどこか傲慢な笑みを浮かべている少女の似顔絵が描かれている。
彼女は、セフィールド学術院魔導科四年生、占術学部所属のアデラ・ヴィ・シンファーナ。
『学院』内に住む女子生徒。
そして、『神秘の手引き』の借り主。のはずの少女である。
唯一、原本の所持が可能である『学院』内にいる彼女は『神秘の手引き』をまだ持っている可能性は高い。
溢れ出てくる溜息をこらえられずにユーリは吐き出す。
手掛かりがない以上、唯一残っている可能性から潰していくしかない。
ユーリのどうしようもない心境を代弁するかのように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
なんとやらと馬鹿は紙一重。
事態は徐々に悪化中です。
ちなみに、『学研』まであと6日。