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未返却魔導書と科学のススメ  作者: 藤本 天
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日常という名の序章

皆様の励ましメッセージを受けて第二弾、投稿する事が出来ました。

今回のメインステージは王立学院図書館があるセフィールド学術院です。


どうぞ、お楽しみください。

 ――……さわ、さわ

     ――……ちちちっ、ぴー、ちちちち

 

頭上で木々が揺れ、開いていた本の上に葉っぱがひらりと落ちる。

それに誘われるように本を読んでいた主は顔を上げた。

艶やかな濃い藍色の髪、最高級の琥珀のような涼しげな目、雪花石膏(アラバスター)のように白く滑らかな肌、女には無い鋭く怜悧な美貌が日の下に露わになる。


極上の染料を使って染め抜いたかのような爽やかな色の空、優しい色合いの木々。


それを十分に眺めた後、美貌の主は本に目を移す。

青々とした芝生の上に座る彼の傍には分厚い本が積み重なっている。


『天の天蓋』、『四大元素の調和』、『絶対無』、『始まりの叡智』


小難しい題名と本の所々に施された魔導的な文字や円陣からするに、全て魔導書。

小山のように積み重なっている魔導書の隣の彼は随分ラフな格好だが、魔導師だ。

王都で王に仕える宮廷魔導師アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアが彼の身分であり、職業である。

しかし、今日の彼は宮廷魔導師のお仕着せである詰襟の制服やコートを纏っていない。

その代わりに彼のシャツの首元にはループ・タイを留める金属の留め具が付いている。

その金属の留め具は銀製で、己の尾を噛む竜に守られるように五芒星が中心に描かれ、五芒星の上で翼が生えた獅子が吼えるようなデザインを施されている。

魔導師同士の互助組織、<クラン>の組合員が持つエンブレム。


休日に仰々しい宮廷魔導師の徽章をつけ、他人に気を遣わせるのはこちらも肩がこる。

とりあえず、自分が魔導師である事さえ示されば余計な争いごとに巻き込まれずに済む。

というのが彼の考えであり、つまり、今日彼は休日なのである。


だが、いま彼が持ち、熱心に読んでいる本は、彼の身分や小脇に置かれた魔導書に全く関係のない本である。


『よくわかる!!セフィールド学術院・学部案内&学術院入門』


「なに、読んでるの?」


アヴィリスが顔を上げた先にいたのはアヴィリスより年下の少女。

シンプルなブラウスにプリーツスカートを纏う体は華奢で小柄。

顔立ちは見苦しくない程度に整ってはいるが、アヴィリスの美しさの前では明らかに霞む、十人並みの容姿。

黒に見えるほど深い栗色の髪を肩先で切りそろえ、新月の夜のように深い色の瞳を丸くしてアヴィリスの開いている本を見下ろす。


「学校案内?何でそんなものわざわざ読んでるの?」


きょとん。と目を丸くする少女にアヴィリスは軽く溜息を吐く。


「ここがどれほど学部が多いか忘れたか?ユーリ」


溜息交じりに声をかけられたユーリは、むっと魔導師を睨む。


「いや、だから。 そうじゃなくて、学術院の生徒でもないあんたが、何であたしの学校案内教本を読んでるのかって話なんだけど?」


「興味だ」


「あ、そー」

しれっと言い返されたユーリは溜息を吐いた。


「ところで、ユーリ。お前がここに来たということは、お茶の用意が出来ているのか?」


アヴィリスは言いながら首を巡らせる。

芝生が広がり、野の花がちょこり、ちょこりと顔を出す芝生庭園に亜麻色の布が敷かれ、その上にバスケットとティーポット、ティーカップが乗っている。


それを見たアヴィリスは魔導書や本を両腕に抱え持って、いそいそとそちらに向かう。


「………毎度毎度思うんだけどね。どうしてあんたがあたしの癒し時間(ティータイム)に参加してるのかな?」


「文句があるなら、今日俺が持ってきた茶菓子はいらないな?」

微妙に恨みがましい口調のユーリにアヴィリスはしれっと言い下ろす。


「うっ。王都の三ツ星菓子屋プティ・フィオーレのフルーツケーキを盾に取るなんて、卑怯な!!」


バスケットの中のお皿の上で果実酒をたっぷり染み込ませた乾燥果物(ドライフルーツ)をこれまたたっぷり生地に練り込んだ、ずっしりと重いパウンドケーキがコーティングに使われたシロップを艶やかに光らせている。


王都在住の宮廷魔導師であるアヴィリスがいなければ、片田舎のチューリでは食べられない逸品。


よって。

「アヴィリスさん。今日のお茶はミントとカモミールを入れたハーブティーですよ」


ユーリはお茶をカップに注いでアヴィリスに渡す。


「切り替え早いな、お前」

カップを受け取ったアヴィリスは呆れながら、ハーブティーを口に含む。


「ケーキに罪はありませんから!!」


「お前にはプライドがないな」


堂々と言い切ったユーリにアヴィリスは溜息を吐く。


「プライドでケーキは食べられないでしょーが」


「お前は本当にマルグリット子爵家の息女なのか? 意地汚いな」


「どんな立場に落ちようが、落とされようが生き延びて死に際に笑えたら良いっていうのがうちの家訓なの」

意地汚いと言われたのが、さすがに腹が立ったのか、ユーリはツンッと澄ました顔でケーキを頬張る。


「…………何というか、貴族にあるまじきたくましさだな。いや。それ以前に、それがお前の意地汚さにどうつながるんだ?」


「意地汚い、意地汚い失礼な。……まぁ、要は後悔するような生き方はするなっていうこと。……ん~!!おいしい~!!」


フルーツケーキにうっとりするユーリを見て、アヴィリスはハーブティーをすする。


「ケーキごとき、食わんでも後悔はせんだろう?」


「いや、このケーキは食べなきゃ損する!!損してた!!ありがとう。アヴィリスさん!!」


「…………喜んでもらえて結構だ」


アヴィリスはきらきら目を輝かせて喜ぶユーリに反論する気が失せた。

皿に盛られて渡されたケーキを一切れ、アヴィリスも頬張る。


「うまいな」

「でしょう!?」

「それに、ハーブティーもよく合うな」

「あ、でもコレだと翠茶もよくない?」


「翠茶?」


「王都によく出る紅茶とは違って、摘んだ茶葉を発酵させずに乾燥だけさせて作ったお茶なの。チューリの特産品。このセフィールド学術院の普通科植物学部の生徒が茶の木を品種改良させて作ったお茶」


「ほう」


「このハーブティーが無くなったら淹れてあげる。おいしいよ」



白いカップに深い目が覚めるような綺麗な翠色の液体が注がれ、馥郁とした香りを放つ。

その香りと独特の渋みを味わったアヴィリスはほぅっと息を吐く。


「しかし、ここの学校は実に多様だな」

辞書のような分厚さの学校案内教本をアヴィリスがめくる。


「まぁ、学問の街チューリ一番の学校だからね」


「魔導科や騎士科やらはいいとして、普通科の学部は多すぎだろう」


「うん、あ、でも来学期から、普通科から科学部が独立して科学科になるんだよ」


「そうなのか?」


「うん。いまはどこの学部までが科学科に入るかの最終調整中だって」


「ふぅん」


「あ、そうだ。この学院の学科と学部の事知りたかったら来週に『学術研究発表会』があるから来てみれば?」


「『学術研究発表会』?」


「通称『学研』って言うんだけど。 秋になって、新学期が始まったら、新学科三年生はそれぞれ学部を決めてより専門的に勉強することになるから、学部申請日の一週間前に各々の学科ごとに学部での研究内容とかどういうことを勉強するのかの説明会があるの」


「ほお」


「一般の人……は見学できないけど、魔導師だったら魔導科とかの見学なら出来るんじゃないかな」


アヴィリスは無表情のまま学校案内教本を見下ろす。


「お前はどの学部に入るか決めてるのか?」

「……う~ん。 まだ決めてないけど、……一応文学部希望、かなあ? 文学部と文化学部のどっちかにしようと思ってるけど……。とりあえず、あたしも『学研』見学してからにしようと思う」


「ふぅん。 『学研』ねぇ」

アヴィリスは翠茶を飲みながら、ぼんやりと空を見上げる。

あの『迷子の魔導書』事件から早三ヶ月。

初夏のさわやかな風を受けてお茶会を楽しむ二人がいるのは、チューリ一番の学校・セフィールド学術院通称『学院』の敷地内に立つ王立学院図書館の最上階。

わずかな者しかその存在を知らず、そこに辿り着く事も出来ない王立学院図書館の植物園に彼らはいた。


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