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恋人だと思ってたら私は不倫相手で、彼氏は勇者でその妻の聖女に慰謝料請求された話

作者: 小埜我生
掲載日:2026/07/02

※浮気表現が多くあります。また、男尊女卑があります。

苦手な方はお気をつけください。

 皆へ

 元気?私は元気だよ!王都の暮らしにも慣れてきたよ!

 最初は村にはないものばっかりでびっくりしたけどね。

 仕事もしっかりしてるから心配しないでね!

 少しだけどお金送るね!

 あと好きな人も出来たんだ!いつか紹介するね!


そんな事を書いたこともありました。

実家のあるコダル村を飛び出し王都に出稼ぎにきて一年が経った今、私は借金返済の為冒険者をしております。


私の名はアン。ガルシア王国の辺境にあるコダル村出身のしがない村娘。

父と母、姉に兄2人、弟が3人の9人家族の次女。

森に囲まれ自給自足の小さな村で貧しくも幸せな生活。

けれど私には王都に憧れがあった。

近所の若かりし頃、王都から嫁いだ(といっても駆け落ち)おばあさんからの昔話。


「旦那と家族がいて、めんどくさい奴のいないここが一番だがね」と笑いながら締められるその昔話だが話に出てくる可愛い服や流行のお菓子などたくさんの娯楽。

姉からのお下がりの絵本に出てきたお姫様とはそういう生活をしていた。


「私も王都で王子様を探すの!」

まだ幼かった私は家族の前でそう宣言した。

ドッと家族の笑い声が響く。


「「ちんちくりんのお前が王子様www」」

腹を抱えて笑う兄たち。


「「「ねぇちゃんみたいながさつな人が外になんて」」」

やれやれと首振る弟たち。


「アンが私から離れるなんていやーーーー!」

私に抱きつき涙する姉。


兄と弟のお腹に拳を一発入れたらその場に蹲ってしまった。

姉は放っておく。というかがっちりと抱きつかれ剥がせない。


そんな私達兄弟を見ながら両親は笑っていた。

いや、父さんだけは何故かうるうると目に涙をためていた。


「まったく、うちの男達はだめねぇ」


「母さんも私に王子様なんて変だとおもう?」


「変じゃないさ!女の子の憧れだから当然よ」


「へへ、ありがと」

母さんに頭を撫でられ嬉しくなった。


それから年月が経ち、姉も結婚し、兄たちも独り立ちした。

ついに私の番だった。

18歳の誕生日の翌日に父に王都行きの馬車のでている町まで送ってもらう。

その町まで行くのも村からだと馬車で3日。

父と別れ、町から王都まで2週間。


初めて王都の門をくぐった時は今でも忘れれない。

夢にまで見た王都は初めて見るものばかりで高い建物や露店にキョロキョロと目を奪われながらちっとも歩が進まなかった。


「ほわぁ、全部でっかいなぁ」


「お嬢ちゃん王都来たばかりかい?ウチ見ていきな!」


「いやいや、ウチの店のがおすすめだよ!」


「あまーいお菓子もあるよーいらっしゃーい」

たくさんの誘惑に誘われつつもやっと目的地に着いた。


「あー疲れたぁ」

荷物を置きベットに寝転がる。

ベットと小さな棚だけの狭い部屋。父さんが両手を広げたら手が届くんじゃないかという位。そこが私のこれからの住まい。


私は、フィレチェ商会につとめさせてもらう事になってる。

王都でそこそこ大きい商会で出稼ぎも多く受け入れている為地方にも求人がでている。

伝手もない私がいきなり王都で仕事や家を見つけるのは難しいのでその求人に飛びついた。


しかもフィレチェ商会は個室の寮完備となっていた。

部屋は思ったより狭く、ボロかったが商会の裏手で職場まで近いしある程度お金貯めたら外に部屋を借りても良いだろう。


トイレや水場は共有で食事は商会の食堂で朝晩と出されるそうだ。

先程私の上司となるオリバーさんに案内され、その時食事もした。

同時に寮や明日からの仕事の説明をしてもらった。


「まぁ、君みたいな田舎者はすぐ逃げ帰るかもしれないがな」

寮まで案内してくれたオリバーさんは去り際にそう言い残した。

嫌な奴と顔には出ささなかったが憤慨した。

けれどその言葉の理由が分かったのは次の日からだった。


「新人!これを運んでおけ!」


「はい!」


「新人!倉庫を掃除しろ!」


「はい!」


「新人!食堂を手伝ってちょうだい!」


「はい!」


雑用と呼ばれるものを片っ端からさせられた。いや、仕事には不満はないけど。

まだ王都詳しくないし配達や接客、頭のいる仕事なんて私には難しいだろうし。

一番下っ端な事と言うこともあってか他の人の仕事まで押しつけられた。


名前すら呼ばれず皆が新人、新人と。

私の先輩らしき人たちは私に仕事を押しつけてサボってお喋りしていた。

さすがに全部はと言おうとしたら先輩の一人が「田舎者が王都民に逆らうな!」と一蹴。

他の人も同意した様にクスクスと笑っていた。

なるほどオリバーさんが言ったのはこういう事か。


一ヶ月も経てば商会の事も分かってきた。

このフィレチェ商会の給料は安くない。それは王都の人にとってもだ。

辺境出身の私からすればかなりの大金。

それでも慢性的な人手不足を煩っている。


理由は単純。先輩達のいじめと仕事の多さ。

それは王都では有名な話で求人を出しても人は来ないみたい。

先輩達をやめさせればとも思ったが主犯の男性は商会長の孫で他の人も貴族の庶子だったりと罰するのも厳しいらしい。

仕事をしなくても在籍させとかねばいかない。


「面子って面倒・・・」

ほんと地元では貴族やお金持ちといった人たちとは無縁でそう思ってしまう。


まぁ、そんな理由で地方にも高給金や寮付きという好条件で求人を出しているのだ。

しかもなるべく王都から遠い子を採用しているらしい。

商会の噂も知らないし、辞めるにもここ以外だと雇ってもらうのは厳しい。

辞めれば地元に戻るしかなく、とても都合がいいのだろう。

実際、寮に残ってるのも私を含めかなり遠方出身者か家族への仕送りのため辞めれない子だけ。


夢見た王都からはかけ離れた現実に正直辟易していた。

可愛い服や流行のお菓子は買えてもそれを一緒に楽しめる人なんていないし。

商会の人らはそれを見て「田舎者が似合いもしないのに」と嘲笑する。


いっそ村に戻ってと考えることも少なくないがそこは元来の負けず嫌いが悪く作用してしまった。

この時素直に帰れば良かったと後悔した。


ガシャーーーン

店中に響き渡る破裂音。それと同時に上司の怒号が飛ぶ。


「新人!またか!何度商品壊せば気が済むんだ!また天引きだからな!」


「・・・はい」

店裏で商品の食器を運んでいたらつまずいて床に落として壊してしまった。

これで今月何度目だろう。

床に落ちて割れてしまった食器を片付けながらそんな事を考えた。


職人の作品で縁に鮮やかな花が描かれた食器。見るも無惨な姿にしてしまった。

本来なら買われて大事に長く使われていただろうに。

私のせいでゴミにしてしまった。


「あぁ~ら、また壊すなんて本当に愚図ねぇ」


「いい加減やめればいいのにな」


「店のお荷物だぜ」

そう言ってわざわざ笑いに来たのはいつもの先輩達。

だいたい私を転ばせたのだってこいつらの一人が足をかけたから。

他の壊したのだってこいつらが原因。


勤めて半年ほど経つといくらいじめても私が挫けないのが癪に障ったのか手を変えてきた。

店の商品を壊した場合は弁償だ。

持っていない場合は給料天引き。

上司だって壊すのはこいつらのせいだって分かっているのに見て見ぬふり。

そのくせ弁償はきっちり私にしてくる。


そのせいで先月は小銭程度しか給料をもらえなかった。

寮と食堂があるから飢えはしないがいよいよもって働く意味が無かった。


休みの日に町に出て他の仕事を探した。

けれどやはり保証人がおらず、特別な技能も資格も無い。

あえて言うなら若さと元気だけが取り柄だがそんなものこの王都に出稼ぎにくる人間なら当然に近い。


それに今の店を出れば家賃や生活費が必要になる。

住み込みもなくはないが今より劣悪な扱いを受ける可能性も高い。

どうしたものかと町をふらついていた。


「キャッ」

突然腕を掴まれ路地に連れ込まれた。

あまりの勢いに私は体勢を崩し、その場に転ぶ様に倒れた。

膝と手をすりむきヒリヒリする。


「だっさ」

腕を掴んだ奴の正体は、件の先輩の一人。というか商会長の孫だった。

座り込む私を見下しながらニヤニヤと笑っている。

珍しく取り巻きの他の先輩はいなかった。

たまたま外で見かけたからちょっかいをかけてきたのだろう。


「・・・今日は休みなんで失礼します」

立ち上がって服についた砂を軽く払い、会釈してその場を後にしようとした。

けれど再び手首を掴まれた。


「いい加減辛いだろう?俺の言うこと聞けば良くしてやるぞ?」

ゾッとして全身に冷や汗が溢れる。

掴まれた手首には力が込められ逃げれない。

先輩が品定めするように私の身体をじっとりとした視線が走る。


「やめっ、やめて、ください」


「暴れるなよ」

路地の奥へと引っ張られる。

恐怖から叫び声も出ない。何で、私がこんな目に。

ただ夢見ただけなのに。


「その手を離せ!」

もうだめだと思った瞬間。

私を助けてくれたのは珍しい黒髪の少年だった。




「本当にありがとうございます」


「いいよ!君が無事で良かった!」

あの後少年は目にも止まらぬ早さで先輩をのしてしまった。

体格で言えば先輩のが勝っていたのにまるであしらうように。


「な、何かお礼を」

そこまで言って気付いた。私、お礼出来るようなものないと。


「んー、あっ!そしたら一緒にパフェ食べない?流行のやつ食べてみたいんだけど女の子ばかりだから入りずらくてねー」

もちろんお代は僕が出すよ!と彼はニコリと笑った。


「でもそれじゃお礼にならないですっ」


「いいの、いいの、一人じゃつまんないから付き合ってよ」


「・・・分かりました」


「やった!あ、名前教えてよ!」


「アンです」


「アンちゃん!可愛い名前だね!俺の名前はケンジ!よろしくね!」

ケンジと名乗る少年に名前を褒められ、ついドキッとしてしまった。

可愛い笑顔につられて私もえへへと笑う。




「お、美味しい~」

ケンジ君に案内して貰った店のパフェは色鮮やかなフルーツに飾られており、こんな素敵なお菓子は産まれて初めて見た。

味も最高で口の中に幸せが広がる。


「アンちゃん喜んでくれて良かった。ん、ほんと美味しいね」


「あ、はしゃいじゃってごめんなさい」

美味しいからといってさすがに落ち着きなかったと反省した。


「えぇー、はしゃいでるの可愛かったのに」

あっさりそんな風に言われて私の顔がどんどん赤くなっている気がする。

バレないようにとパフェを再び口に運ぶ。


「でも本当にごちそうして貰っていいの?さすがに年下に申し訳ないし」

そう最初値段みたときは正直想像以上で見た目に反した可愛くなかった。

とまどっていたらケンジ君に一番高いのを頼まれてしまった。

パフェは最高だったがさすがに助けて貰っといてコレを奢らせるのはさすがにと思う。

全額は厳しいが少しぐらいはと伝票に手を伸ばしたらその手を握られた。


「だぁめ、女の子に奢らせるなんてできないよ。あと勘違いさせて申し訳ないけど俺たぶんアンちゃんより年上だよ?」


「あ、、えっ、、、へ?」

指を絡ませられた事への驚きと照れと年上発言への疑いが交差して挙動がこんがらがった。


その後落ち着いて話をすればケンジ君・・・いや、さんは私より10も年上だった。

見えない。実家の弟と同い年と言われた方が納得できるほど。


「産まれ故郷の奴はこっちだと大分子供に見られるんだよな~。その中でも俺はけっこう童顔みたいだけどさ」

珍しい黒髪だとは思っていたがケンジさんはこの国出身ではなく、かなり遠くの国からこちらに移り住んだらしい。

確かにケンジという名前も聞いたことないから向こうのものなのだろう。


「勘違いしてごめんなさい。ケンジさんはこっちに来て長いんですか?」


「ん-、5年くらいかな。てかケンジさんってのやめてよ!呼び捨てでいいよ!あと敬語もいらないよ!」

彼は、口をとがらせてそう言った。


「・・・じゃあ、ケンジ?」


「うん!」

本心から嬉しそうな笑顔。私も嬉しくなった。



「じゃあ、また次の休みにね!」

食事後、彼は寮近くまで送ってくれた。

色んな話をしてとても楽しい時間だった。それは彼も同じだったようで。

来週再び遊びに行こうと言ってくれ、私は二つ返事で同意した。


寮に帰るとあからさまに不機嫌そうな視線を向けてくる例の先輩。

ケンジに路地に転がされたが先に戻っていたようだ。

すれ違いざまに「覚えてろよ」と言われたが。


「あの男の子と来週も会うので言いたいことあれば彼は来てくれるみたいですよ」

そう言うと顔を歪ませてその場から逃げていった。

他の人達は事情を知らないから不思議そうな顔をしていた。


ケンジの言った通りだった。

倒してくれた男が自分の職場の先輩と話すと。あとで仕返しをしかねないから「アンちゃんに手を出せば俺が来るぞ」と伝えると良いと言われた。

彼は冒険者をしているらしく先輩程度なら軽くあしらえる程強いらしい。


童顔なのに年上で、力もあって、優しくて。

「私を女の子扱いしてくれた」

繋いだ手の感触を思い出すと心臓が高鳴る。

兄弟たちからとは全く違う扱いをする男性。しかも先輩から助けてくれた。

これが私の初恋だった。



それから付き合うまではあっという間だった。

休みの日に何度か出掛けて、お互いのことを話し、それはとても楽しい時間だった。

そんなある日ケンジから告白された。


「アンちゃんの事一目惚れだったんだ!俺と付き合って欲しい!」

彼らしいストレートな告白。もちろん私の返事は決まっていた。


そうして恋人となった私達。

徐々に距離を近づけて愛を深めていった。

そしてついに今日は初めてのお泊まり。つまりはそういう事になるだろう。

恥ずかしさもあるが大人の階段を愛おしい人と登れる嬉しさと実は最近彼が結婚を匂わせてきている気がする。

つまり浮かれていたのだ。商会長から呼び出しされるその時まで。



初めて入った商会長室。秘書の方に促され入った部屋は思っていたより簡素で中央に置かれた机で書類に目を通し、呼び出したにも関わらず入室した私に視線一つ向けない。

彼こそがこのフィレチェ商会の商会長。

姿すら遠目でしか見たことなく、こんな間近に立ったのは初めてだ。

当然話したことなどない。

それほど平の従業員からしたら遠い存在。

そんな存在に突然呼び出されたことに私の心臓はドクドクと大きな音を波打っていた。


書類の紙がこすれる音と秘書の声。それだけが部屋の中に響く。

静寂ではないのにどんどん心臓の音が大きくなってきている気がする。

それを打ち消したのは商会長のはぁ、というため息だった。


「一息つこう」

秘書は商会長の一声で側にあった書類をまとめ、すぐにお茶を用意した。

そしてそれを一口飲んだところでやっとこちらに目を向けた。


「アン、お前を解雇する」

あっさりと言われた。


「え、なっ、なんでですか」

前は転職したいとは思っていたがあまりに突然すぎる。

ケンジのおかげか最近は先輩達の嫌がらせも止んでいた。

そのため失敗からの給料が天引きされることもなくなって、やっと普通に働けると思っていた矢先。


「おい、入ってもらえ」

会長に命じられた秘書は私が入った扉とはまた別の扉を開けた。

その扉の先にいたのはケンジと見知らぬ女性だった。


「え、ケンジ?どうしてここに」

彼は私がここに勤めている事は知っているが何故会長の部屋に。隣の女性は。

いきなりの出来事に戸惑う私。

部屋に入ったケンジと目が合うが気まずそうな顔をして目をそらされた。


「アン、お前はこちらのケンジ殿と交際していたな」


「は、はい」

わざわざ報告などはしていなかった。

いや、それよりもケンジ殿?

私の返事を聞いた会長は再びため息をはく。


「ケンジ殿はこちらのマリア様の夫だ。つまりお前は不倫をしたのだ」


「は、いや、彼が夫?」

だって一目惚れと告白してきたのは彼で。結婚も匂わせていたのに。

既婚者?いやいや、そんなわけない。

そんな事を考えていたらマリア様と呼ばれた女性が口を開いた。


「はい、彼は私の夫です。私が仕事の為王都を離れている間に貴方と浮気していたみたいです」


「す、すまんマリア」

ケンジが謝ったのは私にではなくマリアさんだった。


「ケンジ!!」

それがとても悔しかった。騙していたんだ。

私は怒りのあまり涙が溢れた。

そんな姿にケンジはまた気まずそうに視線をそらす。


結果として私の初恋であり、初めての恋人は最低の男だった。

知らなかった。そう言っても奥さんからしたら私は間違いなく浮気相手。

慰謝料を払う旨の書類にサインを求められ。

正直頭も気持ちもぐちゃぐちゃで言われるままにサインした。

とんでもない金額の慰謝料が記載されてるなんて考えもせず。


「では私達はこれで失礼しますわ」

マリアさんが一礼し、ケンジは彼女を追って部屋をあとにした。

最後まで私へ一言もなかった。

本当に私は遊びだったのだ。

だって彼の奥さんは艶やかな金髪に空色の瞳・・・比べようも無いほどの美人だった。


「お前あの男が何者か知らなかったのか」

会長が呆れたようにこぼす。

私は何も言えずただ頷いた。


「これを見ろ」

目の前に投げられたのは一部の新聞。日付は数年前のものだ。

開いてみればそこには衝撃の事実が記されていた。


『勇者ケンジと聖女マリア結婚』

見出しにはそう書かれていた。そして二人の寄り添った写真も。


「ケンジが・・・勇者?」


「それすらも知らなかったのか・・・いや、知らないからこそ遊ばれたのか」

会長の視線はいっそ哀れみさえ帯びていた。

思えば彼が冒険者というのは知っていたが詳しいことは何も知らなかった。

お互いのことを話し合っていたと思ったが基本的には私のことばかり聞いて、自分の事はぼかしていた気がする。


勇者とは魔物討伐特化の冒険者の名誉職らしい。一代限りではあるがそこらの貴族にも劣らない程の権力を持ち。

特にケンジはかなりの功績を残して公爵の後ろ盾もあるらしい。

また聖女は教会においての名誉職で聖属性魔法の女性が勤め。

マリアはその中でも美しさから特に目立つ存在だったそうで。

ケンジが彼女と結婚したときはかなり話題になったそうだ。

まあ、辺境にその話題は届かなかったみたいだけど。


つまり貴族ではないが権力も力もある者達に目をつけられた私をこの商会に置いておくのはリスクでしかない。

たかが小娘一人。クビにするほうが簡単で都合もいいのだろう。


「で、でも慰謝料が「知らん、さっさと出ていけ」

そして私は鞄に荷物を詰められその日のうちに追い出された。


家も仕事も恋人だと思っていた人も失って、あるのは多額の慰謝料という借金のみ。

商会の裏口でどうすればと立ち尽くしていると嘲る男の声が届く。


「遊ばれて捨てられるなんていい気味だな」

ニヤニヤと私を指さして。

思えばこいつは知っていたのだろう。ケンジが勇者ということを。

だからこそ私への嫌がらせを止めていたんだ。


「・・・・・・・」


「俺が娼館を紹介してやろうか?まぁ、その為には具合を確かめねぇとな」

舐め回すように全身を見られる。

確かに私に残された道はそのくらいしかないのかもしれない。

借金を抱えたままでは王都を出ることも出来ないし家族にも迷惑をかけかねない。

何もない私に残されたのはこの身体だけ。

本当なら今日のお泊まりで委ねるつもりだった。なんて滑稽で可笑しいのだろう。


そのとき何かが切れたようだった。


「おい、聞いてんのか」

先輩に腕を掴まれた。いや、辞めたからもうただの屑野郎だ。


バコン


鈍い音が路地に響いた。






俺は、ケンジ。このガルシア王国の勇者だ。

5年前、23歳の俺はどん底にいた。色んな仕事を転々として金もなく。女にも振られ。親からもその体たらくから絶縁され実家を追い出された。全てを失ってホームレスになったがそれはこの国ではなく日本でだ。

俺はこの国が召喚した異世界者だ。


金も家も女もないがやる気も出ずに公園のベンチに寝転がっていた俺が気付けば豪華な部屋にいた。

誘拐されたのかと驚いたがホームレスを誘拐してこんなもてなす奴はいないだろうと部屋に俺を召喚したという人が来るまでくつろいでいた。


召喚したという男の話によるとここはガルシア王国という所の王城らしい。

そして俺を召喚した目的は勇者になってほしいというものだった。

まさによくある異世界転移もの。ただ違ったのは魔王なるものはいないらしい。


勇者というのは魔物討伐特化の冒険者で名誉職らしい。

まあ、色々言われたがようは魔物を倒して国の象徴になってほしいという事だった。

他にもこの世界の勇者はいるがやはり転移者に比べると力不足らしい。

だからってそんなものなってたまるかと思ったが俺にはチート能力、とまではいかないが転移時に身体能力の向上と言語自動翻訳が付与されていた。

そういえばどんな言葉も聞き取れるし日本語なのに通じる、そして魔物はわりと簡単に倒せた。


結局贅沢な生活と美人を補佐につけるといってくれたので俺は勇者になることにした。

あとは面倒ではあるが楽しい日々だった。

魔物を倒せば誰もが俺に歓声をあげたし、補佐についたマリアも美人で最高だ。

2年経つ頃には魔物はかなり減ったらしくほとんど仕事はしなくて良くなった。

ただのんびりして贅沢な生活を満喫。しかもマリアと結婚出来た。


まさに順風満帆、かつての堕ちきった生活を思うと夢のようだ。

けれどどこか退屈だ。

俺は暇でもマリアは聖女として色んな国へ派遣されるためなかなか一緒にいれない。

それも不満だった。


だから少しぐらい遊んだって仕方ないだろう。

王都だと俺の髪色からすぐ勇者とバレてしまって女の子はちょっと遊ぶぐらいは付き合っても既婚者と知っているから一線は越えてくれない。

お店なら問題ないがそれだとつまらない。


そんなとき都合の良い相手が見つかった。

田舎から出稼ぎにきている女の子だ。

王都以外なら俺を勇者とは気付かない子も多く、街中で同じ目的のチンピラに絡まれてるのを助ければ簡単に好きになってくれる。

スレてなくて純粋で可愛い。俺が童顔なのにはびっくりされるがそれもギャップになってるから都合が良い。


近距離以外にはバレにくくする魔法道具も手に入れたので女の子と遊んでても周りには俺だと気付かれない。

だからどんどん遊ぶ子を増やしていた。

けれど派遣から帰ったマリアにあっさりとバレてしまった。


正直悪いとは思ってなかったが俺は謝った。

だって遊んでた女の子は可愛かったがマリアほどの美人はいなかったから別れたくなかった。

「私が一番ならいいですよ。けれど相手には責任をとっていただきますわ」

しかしそれは無用な心配だった。

マリアは寛大で自分が一番ならと許してくれた。

女の子達にはマリアから慰謝料が請求されていたが、まぁ、そろそろ飽きてきてたし問題ないか。

それからマリアがいない間はそんな風に女の子と時間を潰して、楽しい時間がずっと続くと思っていた。



「新しい勇者?」

そんなが噂が届いたのはこちらにきて6年目の出来事だった。

転移者じゃないらしいし、まぁ、どうせすぐにやられるだろう。

けどそれはあっさりと裏切られた。


かつて俺が討伐し損ねたドラゴンまで討伐してしまった。

そのせいで俺よりそいつのが強いんじゃないかと巷で言われているらしい。

んな訳あるか!俺だって倒せたけど逃げ足が速くて面倒だったから見逃しただけだし。


そのせいかマリアの機嫌も悪い。

夫である俺が貶められるのは彼女の聖女としての面子にも関わるのだろう。

また名声の為に討伐にいこうかと依頼を求めても先に件の勇者が処理してしまう。

俺は楽で良いがこのままだとマリアがますます不機嫌になってしまう。

いつもの優しい笑みも忘れてしかめっ面でたまに癇癪を起こしている。


「・・・めんどくせぇ」

そう溢したのを聞いていたのか益々暴れてしまった。


しかし新たな勇者の快進撃はさらに続き、ついに筆頭勇者の地位を奪われてしまった。

今日は王城で授与式が行われるため前任の俺とその妻であるマリアも招待された。

地位なんてどうでもいいと思っていたがさすがに周りの目が哀れんでいてうっとしい。


王の前に現れた勇者は鎧で全身を包んでいたので顔は分からないが想像より小柄で俺よりもかなり身長が低かった。

そして王に筆頭勇者としてかつて俺がしたのと同じに国への忠誠を誓っていた。


「新しき勇者よ兜をとり、皆へ顔を見せよ」


王の言葉に従って勇者は兜を外し、やっと顔を露わにした。

皆に動揺が広がる。

それもそのはずだ。兜を外した勇者は女だった。


「ア...ン..?」

そこにはかつての遊び相手がいた。それに気付いたのはマリアも同じだった様で驚いて固まっている。

アンも当然気付いているようでこちらをジッと見つめている。

かつてのあどけない笑顔を溢す少女はそこにはいなかった。


「王よ!いくら強くとも婦女子を勇者になどとは認められませぬ!」

声をあげたのは俺の後援をしていた公爵だ。

そりゃそうだ今まで俺の後ろ盾として威張っていたのを奪われるうえに相手は女。

さすがに我慢ならなかったのだろう。

他の貴族も同じように騒ぎ出した。


「ふむ、お主らの意見も確かに・・・では、先代のケンジと新しき勇者アンとで手合わせをさせよう。歴代でも指折りの実力者であるケンジに勝てば文句あるまい。勝者を筆頭勇者とし、また国より褒美を取らせよう」

王はとんでもない提案をしてきた。

けれどそれは公爵にも俺にもそしてマリアにも都合がよかった。

再び筆頭勇者になれる。

どんな手を使ったか知らないが転移者の俺がアンに負けるわけないのだから。


そうして御前試合は王城前の広場で行われることになった。

国民にも試合の詳細は広められ、遠巻きながら多くの観客がごった返した。

ほとんどの者の予想は決まっていた。俺が勝つと。

そして試合は一瞬だった。


「・・・うそだ」

地面に転がされ空を仰ぐ。首元にはアンの剣があてられている。


「嘘じゃない。これが貴方の現実よ」


勝者アン。審判のその声に国民は湧き上がる。

初の女性勇者だと。

地面に転がったかつての勇者に目を向ける者は誰もいない。


「おめでとう、新たな勇者よ。では国より褒美をとらせよう。望みは?」


「ありがとうございます。はい、私の望みはーー」




あの御前試合から半年、俺は炭鉱で借金奴隷として働いていた。

あの日アンが願ったのは、かつて既婚者と隠し自分を弄んだ俺とそれをもとより承知の上での夫婦にも関わらず女性に多額の慰謝料を求め借金をさせたマリア、両名を公正に法で裁いて欲しいというものだった。


それぐらいで裁けるわけがないと俺は思っていた。

しかし訴えたのは彼女だけではなかった。それまで遊んだ女の子全員だった。

どうやって探したのか俺が忘れていた子まで揃っていた。


あまりの数に悪質と判断され未婚を装って出稼ぎの女子を弄んだ詐欺師とされた。

俺は彼女達への慰謝料を払うため炭鉱に借金奴隷として閉じ込められた。


しかし、俺はまだマシだった。

マリアは最初は夫が不倫したのだから相手に慰謝料を請求するのは当然だと主張していた。

しかし、それは後に覆った。

彼女が俺が不倫するのを認めていた証拠として彼女の部屋には女の子達に渡した慰謝料を求める契約書が女の子の名前が空欄の状態で大量に保管されていた。

あらかじめ浮気の慰謝料請求の準備をしており、それが証拠とされた。


それだけならまだ慰謝料帳消しで済んだかもしれなかった。

けれど彼女の本当の悪事はここからだった。

俺も知らなかったが彼女は女の子からもらった慰謝料の書類を違法な組織に売却していた。

つまり組織は女の子の借金を買い取ったのだ。

そしてそれをたてに女の子に違法売春させ、利益を奪って飼い殺しにしていたそうだ。

組織は勇者アンによって壊滅させられ、女の子は保護された。


マリアは組織への人身売買の罪で処刑された。

一応はまだ夫だったので最後のあいさつをさせてもらえたが彼女は俺のせいだと罵詈雑言を飛ばし、かつての美しさはそこにはなかった。


俺は、転移して勇者になった。

けれど根っこは何も変われなかった。

だからまた底辺に堕ちたのだろう。

もう逃げ場はない。

ああしてれば、こうしてれば、取り返しのつかない日々を思い出しながら俺は強制されながらただ働くしかない。






コダル村のとある夫婦ーーー


「まさかアンが勇者になるなんてねぇ」

成人して王都に働きに出た娘からの手紙には新聞が同封されていた。


『初の女勇者 アン』


「俺の娘だから当然だ」

新聞を見ながらついにやついているのはこの家の主。


「確かにあなたも勇者だったものね~」


「や、やめてくれ....黒歴史だ」

耳まで赤くして顔を隠す夫に妻はニヤリと笑った。


「いいじゃないの、同じ転移者で聖女だった私を連れて逃げてくれたのかっこよかったわ」そう、アンの両親は転移者だった。

そして駆け落ちしてこの村に来た。その事実は村の同じく駆け落ちしたお婆さん以外は知らない。


転移者の子は力を受け継がないとされてきたが両方の親が転移者の場合はそうでもないようだ。もちろんその強弱はある。

子供らのなかで最も、そして両親よりもその力が強かったのがアンだったのだ。


両親はそのことに気付いていたが可愛い娘を国にわざわざ差し出す気などさらさらなく。

身を守れる護身術を他の兄弟とともに習わせたのみだった。

それでもかなり強かったのだが。

本人が王子様というものに憧れ、自身の力を無意識に封印してしまった。


「あの日のあなたはまさに私の王子様だったわ」


「・・・きみもずっと俺のお姫様だ」


「あらぁ」

両親が自分の話でいちゃついているなど露知らず。

アンは勇者として今日も魔物を討伐していた。

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