アルファの嫁入り
美人のかたちは、その時で変わる。容姿端麗、という言葉の指すかたちは、その時代や地域によって流行り廃りがあるのだ。ゆえに、絶対的に美しい、と称される姿かたちは存在しない。だがオメガは、どの時代、どの地域の文献を紐解いてみても容姿に恵まれていると言われている。アルファから寵愛されるべき性であるがゆえに、アルファに好まれやすい形質が発現するのだ、と。
一方、その対であるアルファは、知力に優れている。また、姿かたちはオメガに敵わないものの、一般的に好まれやすい姿をしている、とは言われている。こちらは、人を率いて導くためにある優れた容姿だという。実際、自身もそれなりに整った容姿である、という認識はある。自惚れではない。何かにつけ人からもそう言われてきた。だから何があるというわけではない。人の容姿の美醜に拘る性分ではない。ただ。
この幕の向こうにいるという、未だ姿を見た事のないオメガの夫は、どれほど美しいのだろう。
「――私は、貴方に妻としての役目を求めません。番になる必要もありません」
声は伸びやかで美しいテノールだった。凛として、しかしどこか甘やかで、けれど寂しげな。
「形ばかりであっても妻を娶ったのだと民に示す事ができれば、それで良いのです」
この国はオメガの王を頂点に据えている。新しい命が産めるという神秘性が、国教と融合した結果だ。俺の夫になるというこの皇太子も、王子という身分と、教会の大司教の身分を兼ねていて、彼が王になった暁には、彼は王として神として崇められる立場になる。
強めに焚きしめられている香の匂いが俺の嗅覚を鈍らせているのか、彼自身のフェロモンの匂いは分からなかった。
「貴方に求める物はひとつだけ。私の――王子の妻に相応しい振る舞いをお願いします」
つまりは、浮気をするな、したとしても周囲にそれとは分からないようにしろ、と。そういう意味なのだな、と理解をする。アルファは「喰い散らかす者」と嘲笑われるほど、性に奔放な性格だと思われているから、念を押したのだろう。短く答え、頭を垂れる。彼よりも格下でアルファの俺は、それに対して拒否をする権利を持たない。政略結婚であるから、特に。そもそも、当初からこうなる事は分かり切っていた。俺が、俺の実家が王室と縁を繋ぐための、ただの駒だという事など。
「貴公の、御心のままに」
幕の向こうの気配が遠ざかっていく。これから結婚するのだというのに、ひどくあっさりとした、そして何も分からないままの対面だった。
俺はティタ・カーサ・インタクル。今日、ラサルハーグ王国王子、アトゥリア・ケイド・ラサルハーグと結婚し、彼の妻となる。




