第一章:断罪と再生~王は処刑台に立つ~
俺は今から、公開処刑される。
罪状は――国家転覆。
笑える話だ。
帝国歴三八七年。
世界最大の軍事国家《アルヴェリア帝国》の第一王子、レオンハルト・アルヴェリア。
それが俺の名だった。
だった、だ。
中央広場は人で埋め尽くされている。数万はいるだろう。祝祭のような熱気だ。
だが向けられる視線は歓喜ではない。
憎悪。
嘲笑。
軽蔑。
「裏切り者!」
「第二皇子殿下万歳!」
「売国奴を殺せ!」
石が飛んできた。額が裂け、血が頬を伝う。
鎖に繋がれたまま、俺はそれを受け止める。
反論はしない。
できないのではない。
しないのだ。
俺はこの国を愛している。
誰よりも。
誰よりも、真面目に学び、剣を取り、戦場に立ち、民の声を聞いてきた。
だが――甘かった。
「第一王子レオンハルト」
澄んだ声が広場に響く。
弟、第二皇子カイルだ。
白銀の礼装に身を包み、堂々とした佇まい。誰が見ても未来の皇帝。
「貴殿は諸外国と結託し、帝国を分裂させようとした。証拠は揃っている」
証拠。
完璧に偽造された書簡。
裏切った側近。
涙ながらに俺を糾弾した元婚約者。
すべて、弟の盤上。
見事だった。
「何か弁明は?」
問いかけに、俺は静かに首を振る。
「……ない」
民衆が沸く。
カイルの口元がわずかに歪んだ。
勝者の微笑――ではない。
愉悦だ。
「そうですか。やはり兄上は最後まで“理想家”でしたね」
広場に届かぬほど小さな声で、しかし俺にははっきりと聞こえる。
「国を愛している? 民を守りたい? ……甘い」
カイルは一歩近づく。
「王とは、愛される者ではありません。利用する者です」
胸の奥が、わずかに冷える。
「あなたは優しすぎた。だから排除する必要があった」
その目は澄んでいる。
罪悪感は、ない。
「兄上が戦場で功績を挙げれば挙げるほど、貴族も民もあなたを推す。私は常に二番手。――不愉快でしたよ」
そして、わざとらしくため息をつく。
「ですが感謝もしています。あなたが築いた信頼は、すべて私のものになるのですから」
喉が締まる。
民衆が再び叫ぶ。
「売国奴を殺せ!」
カイルは両手を広げる。
「ご覧ください、兄上。これが“民意”です」
その顔は、恍惚としていた。
「人は簡単に操れる。少し恐怖を煽り、少し涙を流させればいい。あなたの元婚約者など、実に扱いやすかった」
血が逆流する。
だが、怒鳴らない。
それすら計算に入っているとわかるからだ。
カイルはさらに囁く。
「安心してください。あなたの名は歴史に残しますよ」
一拍。
「愚かな理想主義者として」
そして声を張り上げる。
「処刑を執行せよ!」
そのとき。
視線を感じる。
貴賓席。
第一王女エレノア。
俺の姉。
凛とした美貌。氷のような蒼い瞳。
帝国一の才女。
そして――俺の、唯一の味方。
姉上は、無表情でこちらを見ている。
だが長年一緒に育った俺にはわかる。
怒っている。
静かに、燃えている。
「処刑を執行せよ」
カイルの宣言。
魔力を帯びた処刑剣が掲げられる。
魂ごと断つ王家の秘剣。
俺は目を閉じない。
「……国を、頼む」
それだけ言った。
カイルの眉が、ほんの一瞬だけ動く。
「安心してください、兄上。あなたよりも“正しく”統治します」
刃が振り下ろされた。
――その瞬間。
姉上の唇が、かすかに動いた。
「王血秘術――転写」
世界が歪む。
斬撃の衝撃。
首が飛ぶ感覚。
血飛沫。
歓声。
暗転。
――――――
冷たい石の感触。
肺が空気を求めて痙攣する。
「……生きて、います」
かすれた声。
目を開けると、薄暗い地下通路。
目の前に立つのは――姉上。
「成功したわ」
俺は首に手を当てる。
ある。
繋がっている。
「今、あなたは公式に死亡しました」
「……姉上」
「時間がない。転写は一度きり。あの場にいた誰も気づいていない」
王血秘術。
皇族にのみ許された禁術。
生命の位置を一時的に入れ替える究極魔法。
「父上は……」
沈黙。
「知らない」
それだけで十分だった。
姉上は、すべてを独断でやった。
露見すれば反逆罪。
処刑だ。
「なぜ……そこまで」
姉は迷いなく言う。
「あなたが王になるべきだから」
胸が締め付けられる。
「私は女。帝国は女帝を認めない。だがあなたなら、この腐り始めた帝国を変えられる」
「もう……俺は死んだ身だ」
「だからこそ」
姉は俺の胸ぐらを掴んだ。
「一度死んだ人間に、失うものはない」
足音が迫る。
地下に兵が来る。
「東へ行きなさい」
「東?」
「帝国の手が及ばぬ極東の島国。船を用意してある」
地図が脳裏に浮かぶ。
帝国のはるか東方。
霧と刀の国。
「姉上は?」
「私は残る」
即答だった。
「私は帝国の中から戦う。あなたは外から」
だがその前に、ふと小さく息を吐いた。
「……本当は、全員あなたに付けたいところだけれど」
俺は眉を寄せる。
「全員?」
「ええ。城内の者はほとんど動かせない。けれど――」
姉はわずかに視線を横に流す。
「この二人だけは、どうしても言うことを聞かなかったの」
足音が静かに響く。
地下通路の影から現れたのは、黒と白のメイド服を纏った二人の少女。
「リゼット……?」
金色の長い髪が揺れる。
透き通るような白い肌。
尖った耳。
エルフ。
幼少の頃から俺の教育係として仕えてきた存在。
礼儀作法、帝王学、歴史、戦術。
俺の基礎を作ったのは彼女だ。
リゼットは優雅に一礼する。
「殿下が行かれるなら、私も参ります」
その声音はいつも通り穏やか。
だが、揺るがない。
隣に立つのは、銀髪の少女。
クラリス。
リゼットの妹。
整った顔立ちに浮かぶのは、どこか悪戯めいた微笑。
「お姉様だけに格好つけさせるわけにはいきません」
腰には細剣。
袖の内側には暗器。
諜報、潜入、交渉、根回し。
城内の裏事情を水面下で操っていたのは彼女だ。
「港の手配も、偽造身分も、追跡妨害も済ませています」
さらりと言う。
姉が肩をすくめた。
「ね? 聞かなかったでしょう」
「姉上……」
「あなたが処刑されると知ったとき、この子たちは私の執務室に乗り込んできたのよ」
リゼットは少しだけ頬を染める。
「当然の進言をしたまでです」
クラリスは胸を張る。
「殿下のいない帝国に仕える意味はありません」
胸の奥が、熱くなる。
「俺はもう王子じゃない」
リゼットは静かに首を振った。
「肩書きは消えても、殿下は殿下です」
「私たちは“人”に仕えています」
クラリスが続ける。
「国ではなく、血筋でもなく」
「あなたに」
迷いのない瞳。
姉が一歩下がる。
「あなたは一人ではない。覚えておきなさい」
足音が近づく。
時間がない。
「東へ行きなさい」
姉の声は強い。
「この二人は、あなたの剣であり、盾であり、目となる」
そして、わずかに柔らぐ。
「……私の代わりに、あなたを守る者たちよ」
リゼットとクラリスが同時に跪く。
「御身を」
「命に代えても」
俺は二人を見下ろす。
失ったと思っていた。
すべてを。
だが違う。
まだ、ある。
「……行こう」
姉と目が合う。
言葉はない。
だが伝わる。
必ず戻る。
今度は、奪われる側ではなく。
奪う側として。




