陽射しに目が眩む
数カ月後。
暖かい初夏の陽射しにそっと目を伏せて、ヴィーゼは辺境の教会の裏庭で薬草の手入れをしていた。
消炎鎮痛剤の原料となる薬草の合間に生えてくる生命力の強いミントやカモミールを、薬草と間違えないように慎重に抜いて、 息を止めていたヴィーゼは、ほっと息を吐いた。
「ヴィーゼ、そろそろ休憩しよう。陽射しが強くなってきたから。」
「そうね、少し疲れてしまったわ。ハーブを取ったから、これでハーブティーにしましょう。」
「無理はしない方がいい。
また倒れでもしたらと、俺は、お前が無理しないか心配だ。」
元貴族令嬢であるヴィーゼは、驚くほど1人で何も出来なかった。
没落する寸前とはいえ、伯爵家の令嬢という商品 であったヴィーゼの生活は、商品価値を下げる手荒れなど許されなかった為に、使用人ありきのものであった。
1人で着替えも洗髪もできないと知ったレーゲンは、嬉しそうに甲斐甲斐しくヴィーゼの面倒を見た。
自分が濡れるのも厭わず、服を着たままヴィーゼのプラチナブロンドの長い髪を繊細なレースを扱うかのように優しく洗う。
少し日焼けしたヴィーゼの肌は、湯気で血色がよくなり、薄紅色に染まっていた。
「ああ、可愛いな。本当にヴィーゼは愛らしい。」
申し訳なさそうにシュンとするヴィーゼの情けなく下がった柳眉を見て、レーゲンは堪えきれずに、額に口づけた。
途端に真っ赤になるヴィーゼをみて、くつくつと喉奥を震わせる。
何時まで経っても彼女はレーゲンからの求愛行動に馴れず、恥ずかしがり屋なままであった。
レーゲンは、なるべくヴィーゼへの愛を、誤解のないように素直に伝えることにした。
溢れ出そうなこの熱を、内側に押し込めるのではなく、言葉にすることで発散する意味もあった。
告白から数カ月経つが、ヴィーゼからの明確な返答はまだされていない。
折角囲い込んだのに、すれ違うことなどしたくない。
そう思えるようになってきたのは、囲われた生活をしているというのに、ヴィーゼがふんわりと柔らかく、時には嬉しそうに、 日常のなんてことないことでレーゲンに微笑みかけてくるからだ。
ヴィーゼは、元々おっとりとした母性の強い性格であり、ましてや憎からず想っているレーゲンがすることなら、だいたいのことはおおらかに受け入れてしまうのだ。
レーゲンはヴィーゼを連れて、故郷の教会に帰っていた。
長い間、各国の教会を視察してきた実績はレーゲンを昇進させるに足るものだったが、ヴィーゼを中央教会の目から隠したいレーゲンは昇進を蹴って、辺境への移動を希望した。
中央教会から、正式な辞令を受けて今は司教として活動している。
嫉妬深いレーゲンは、例え信者の前とはいえどヴィーゼを人前に出したがらなかった。
特別体が弱いというわけではなかったが、建前上は病弱なことにして、教会の私的空間である居住区にヴィーゼを押し込めることが多かった。
しかし、もと深窓の令嬢であったヴィーゼは、外に出歩くということをせず家の中で刺繍や読書などをすることが趣味であった為、あまり苦痛には感じていないようだった。
これも神の采配であろうか。
2人の相性は、驚くほど噛み合っていたのである 。
「レーゲン様、服が濡れたままでは風邪をひいてしまうわ。」
「大丈夫さ、元来身体が丈夫に産まれてるんでね、これ位どうと言うことはない。
ーーそんなに心配なら、一緒に入浴するか?」
からかうようにレーゲンがヴィーゼの髪を一束掬って、そこに口づける。
「まあ、気障ですこと。私、そ、そんな、はしたない女じゃなくってよ。」
やられっぱなしは嫌だったのだろう、どうにか高飛車に言い返そうとしたヴィーゼだったが、 声が上ずっていた。
思わず、レーゲンはふっと、溜め息をつくように笑ってしまう。
頬を染めて恥じらうヴィーゼを目の前にすると、胸がいっぱいになってしまい、レーゲンはその姿を目に焼き付けるだけで満足してしまうのだ。
数カ月前のヴィーゼを狂おしい程に求めても、言葉を交わすことができなかった日々に比べれば、 今のなんて幸せなことか。
レーゲンは、ヴィーゼと過ごすこの穏やかな日々に、望外の喜びを見出していたのだった。
どんどんヘタレていく……。
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本作は短編「視線の行方」「視線の絡み合う先」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




