愛を乞う
「婚約はなくなったんだろ?
そして、逃げ出そうとした。
何処へ行くつもりだったんだ?
俺のところになら、こんな囲うような真似はしなかったんだがな。」
「貴方に迷惑はかけたくなかったの。私にだって矜持はあるわ。
どうにかして生活の基盤を整えて、そしていつか、と。」
「おいおい、貴族の娘がふらふらとそこらを出歩いて、無事でいられる訳ないだろ。」
レーゲンは苦笑した。
ヴィーゼが口に出さない不安は、少し考えれば察せられるところである。
婚約者のいる令嬢に想いを伝えることは出来なかったのだから。
信頼関係をこれから築く必要があることは承知していた。
「それは、」
叱られた子供のように肩を落とすヴィーゼを見つめて、潤む紅い瞳に気付くと我に返った。
惚れた女性からいざという時に頼られなかったことに、理不尽だと分かっていても、我を忘れて苛立ってしまった。
頼ってほしかった。
この熱を信じて、身を委ねてほしかった。
独りよがりの愛だとしても、護りたいのだ。
誰よりも一番近くで。
その想いを口に出せばよいのに、レーゲンは口をつぐんだ。
自分の臆病さが嫌になる。
もし、もしもヴィーゼがレーゲンを拒絶したら、自分がどうなるか。
我ながら暗く堕ちきった最悪の想像しかできない。
「悪い。責めるつもりはなかった。
これでも自制が効いてないのは分かってるんだ。」
レーゲンは、そっとヴィーゼの手を取る。
レーゲンの温もりにヴィーゼはぴくりと肩を震わせたが、拒否することはなく、恥じらうように視線を彷徨わせた。
嫌がってはいないことを確かめて、レーゲンは、あと一歩を踏み出す気力を奮い立たせた。
ヴィーゼの白い小さな手を、包み込むように両手で握りしめる。
「レ、レーゲン様、」
「でも、信じてくれ。俺は生半可な覚悟でヴィーゼを攫っちゃいない。」
ヴィーゼの手の甲にそっと唇を寄せて、上目遣いにレーゲンはヴィーゼを見つめた。
ヴィーゼのどんな一瞬の感情も見逃すまいとその視線は熱く熱く、瞳孔は開き切っていた。
「 愛しているんだ、ヴィーゼ。」
「………っ!」
「返事はいつでもいい。
今はただ、お前をあいつらから護りたいんだ。
俺に囲われてくれ。
そしていつか、お前の心が決まったら、俺の想いに応えてくれないか?」
一緒に暮らそう。
と、真っ赤になった彼女の柔らかそうな耳朶に囁いて、レーゲンは微笑んだ。
ヴィーゼの実家である伯爵家は政略結婚の駒を失い、困窮して次女を裕福な商人に嫁がせようとしたが、婚約が決まる直前に、見計らったのような神がかったタイミングで脱税がバレて没落した。
平民の秘書と結婚した元婚約者は、言い寄ってきた酒場の酌婦と新しい恋に落ちて、あっさりと秘書に捨てられた。
その裏には、何処かの、そこそこの権力と類まれなる神の奇跡を乱用した聖職者の影があった。
短編のヒーロー視点でした。
書いていて短編版よりヒーローがすぐヘタレるので、楽しく書くことが出来ました。
最後までご覧頂き、ありがとうございました。
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本作は短編「視線の行方」「聖女の瞳は輝く」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




