またここで――
――それから、二週間ほど経て。
「……どうぞ、陶夜さん」
「ああ、ありがとうございます光里さん」
穏やかな陽光照らす、ある休日の昼下がり。
縁側にて、柔和な微笑で湯呑みを差し出してくれる光里さん。……うん、今日もすっごく美味しい。
その後も、しばし他愛もない話に花を咲かせる僕ら。ほんと、どうしてか彼女とは最初から自然に――
「……それで、陶夜さん。もう、聞いても意味のないことだとは分かっていますが……本当に、あれで良かったのでしょうか?」
すると、ふとそう尋ねる光里さん。いや、きっとどこかで尋ねようとは思っていたのだろう。ともあれ、そんな彼女に対し――
「……ええ、もちろんです光里さん。だって――」
「――あっ、今日も来てくれたんだね陶夜くん!」
すると、ふと前方から届いた朗らかな声。少し散歩に出ていると光里さんから聞いていたので、きっと今帰ってきたのだろう。ともあれ――
「……はい。お邪魔してます、風奈さん」
「うん、どうぞごゆっくり!」
そんな定例の文言を伝えると、ニコッと微笑み答えてくれる風奈さん。声に違わぬ晴れやかなその笑顔は、まさしく僕の良く知る彼女で。ただ、違うとすれば――
「……それにしても、ほんとはやっぱり付き合ってるんじゃない? 君達。だって、こうして見ててもすっごくお似合いなんだし!」
そう、何とも楽しそうに告げる風奈さん。違うとすれば――今の彼女は、もう僕のことを覚えていないということくらいで。
『――本当に、それで良いのですか? 三日前にも言いましたが……確かに、その方法であれば姉さんは救われるかもしれません。ですが――』
あの夜――風奈さんとテーマパークに行ったあの日の夜のこと。
そう、僕の目を見つめ尋ねる光里さん。何の話かと言うと、例の願い――風奈さんの脳内の、玲夜さんに関する記憶を消去してほしいという、僕の願いに対する言葉で。
……もちろん、分かっている。これが、許されることじゃないことは。風奈さんに対しても、玲夜さんに対しても、当然のこと頭を下げれば済むという話では到底ない。それこそ、僕の命を捧げたところで償ったことにはならないだろう。だけど、僕は今それほどの大罪に手を染めようとしていて。そして――
『……ですが、それは即ち――貴方に関する記憶も全て消滅してしまうということですよ? 陶夜さん』
そう、続けて真っ直ぐに告げる光里さん。玲夜さんの記憶の消去したら、僕の記憶まで――本来なら、まるで繋がりのなさそうな話かもしれない。
だけど、僕はあまりに玲夜さんに似ていた――それこそ、風奈さんの記憶の中で僕を彼との繋がりなしには考えられないくらいに。つまりは、玲夜さんの記憶を強制的に消去した際、僕の記憶だけが残るとなると彼女の脳に多大なるバグが生じ、結果壊れてしまう可能性すらある――これまたどういう原理か分からないけど、どうやらそういうことらしくて。
ともあれ――玲夜さんに関する風奈さんの記憶を消去する場合、彼女を守るためには同時に僕の記憶も消去しなくてはならないそうで。……うん、だけどそれは――
『……それは、むしろ願ってもないお話です。叶えていただけるお願いは一つだけと思っていたのに、二つも叶えていただけるのですから』
『……二つ? それは、どういう……』
『……はい、願わくば玲夜さんだけでなく僕に関する記憶も消去してほしいと思っていたのです。だって……風奈さんと玲夜さん、お二人に対し今まさに許されざる罪を犯そうとしている僕が、一人だけ無傷なんてことなど決してあってはならないことですから』
「……全く、馬鹿な人ですね貴方も。折角の相思相愛の幸せを、自ら手放したのですから」
そう、お茶を嗜みつつ話す光里さん。その表情には呆れ……そして、悲痛の色が見て取れる。だけど――
「……ない、ですよ。そんな幸せ。本当は、光里さんも分かっているのではないですか? だって、僕でも分かるくらいなのですから」
「…………」
そう尋ねてみると、口を一文字に結ぶ光里さん。心做しか、その綺麗な瞳が同情――そして、悲しみに揺れている気がした。
そう、そんな幸せはない。あのまま、仮に結ばれていても……彼女は、幸せになれない。これはきっと誇張でも何でもなく、あのままだと彼女は――
……だから、これで良い。彼女のために、僕に出来るのはきっとこれだけ。これからは、彼女の幸せのために僕が出来ることを全力で――
「――陶夜くん、光里! こっちに来て一緒に見よ?」
すると、不意に届く明るい声。見ると、少し遠くから手を振る風奈さんの姿。……まあ、見なくても分かるんだけど。
私はいいので、どうぞいってらっしゃい――そう、穏やかに微笑み告げる光里さん。そんな彼女に申し訳なく思いつつも一礼し、少し駆け足で風奈さんの下への向かう。そして――
「――――っ!!」
刹那、呼吸が止まる。そこには、イチョウの樹の下で柔らかな微笑を浮かべ佇む風奈さんの姿。そんな彼女に見惚れながら、ふとあの日の言葉が蘇る。
『――だったら、約束しよ? 金色に染まったイチョウを、またここで――』
(……一応、果たせましたよね)
「……ん? どうかした陶夜くん」
「……いえ、何でも。それにしても、本当に綺麗ですよね」
「……へっ? あっ、いやそんな急に言われると流石に照れ……いや、流石にこれは……うん、我ながらちょっと痛いよね。うん、今のは冗談として……うん、すっごく綺麗だよね! イチョウ。私、昔から大好きなんだ! 陶夜くんは?」
すると、面映ゆそうな――そして、パッと咲くような笑顔でそう口にする風奈さん。そんな彼女を――ハラハラと舞う金色の中、眩いほどの笑顔で佇む幻想的な少女を呼吸すらも忘れじっと見つめる。そして、ゆっくりと口を開き言葉を紡ぐ。
「……はい、好きです。今までも……これからも、ずっと、ずっと……大好きです」




