衝撃
「……それで、目が覚めたらいつの間にか……ほんと、びっくりだよね」
「……風奈さん」
それから、しばらくして。
観覧車も残すところ四分の一ほどになった辺りで、薄く微笑み一区切りする風奈さん。一方、そんな彼女に茫然と呟くだけの僕。……そんなの……そんなの、あまりにも――
「……最初は、何が何だかさっぱり。だって、依月神社は一緒なのに、外に出たらまるで……とにかく、困惑しながらふらっと入った和菓子店のカレンダーを見てびっくり。2024年――令和6年なんて書いてあるんだから。
それで、これまたなんでか一緒に令和に来てた光里に相談してみたの。これからどうしようかって。すると、あっけらかんとした調子で言うんだ。まあ、きっと神様の思し召しでしょうしこの時代でしばらく過ごしてみましょうよ、って。いや、神様って貴女じゃないの、なんて思ったけど……なんだかすごく安心したし、不思議と頼もしかった。それで、私も思ったんだ。どうせ玲夜はいないんだから、どこで生きても一緒……それなら、とりあえず令和で生きてみようって」
「……そう、ですか」
そう、クスッと微笑み話す風奈さん。それは、まあ、何と言うか……うん、光里さんらしいね。
「……それから、色々あって一ヶ月――今でも、あの衝撃は鮮明に覚えてるよ。なにせ、玲夜にそっくりの美少年がうちの神社でお祈りしてたんだから」
「……もしかして、それが……」
「……うん、ご明察。それが、貴方だよ――霧崎陶夜くん」
そう、少し可笑しそうに微笑み告げる風奈さん。……まあ、それは驚くよね。もしかしたら、ほんの一瞬だけでも玲夜さんが戻ってきたと思っていたら……うん、それは本当に申し訳ない。
「……ところで、一応聞きたいんだけど……どうやって知ったの? 私のこと。……まあ、なんとなく分かってるけど」
すると、仄かに微笑みそう問い掛ける風奈さん。だけど、どうやら察しはついているそうで。そして、その推測はきっと正しいと思う。
「……狩野海奈さん、です。あの時『月乃音』に来てくださったあの女性で……覚えていますか?」
「うん、もちろん」
そう尋ねると、ふっと微笑み頷く風奈さん。まあ、間違いなく予想通りだったのだろう。
あの日――風奈さんが倒れた日、僕は彼女に電話を掛けた。……まあ、当然ながら驚いてたけどね。掛けた時間に、ではなくその内容――100年くらい前までの彼女の家筋を教えてほしいという、僕の突飛かつたいへん不躾な質問に。
それでも、深く事情も言えない僕の申し出に快諾――そして、調べるのに少し掛かるかもしれないとのことで話はいったん終了。
そして、三日後の朝、狩野さんから電話が届く。もちろん、内容は例の件――そして、判明した。およそ100年前、彼女の家筋に依月という苗字の――それも、白黒の写真でも鮮明に分かるほどに、狩野さんご自身に良く似ているという少女がいたこと。そして、その写真の隣に僕に良く似た少年がいたこと。初めて会ったはずのあの日、狩野さんが僕と会ったことがあると思ったのも恐らくはこれが理由――きっと、もう覚えてもいない頃にでもこの写真を目にしたことがあったのだろう。……尤も、風奈さんの話から勘案すると、玲夜さんご自身の血筋が後世に――例えば、僕に繋がっているとは極めて考えづらいけども。そして、恐らくそれは風奈さんご自身も――
「……あの、ところで風奈さん。少し尋ねづらいのですが……確か、当時は皆に……光里さんと玲夜さん以外には皆に怖がられていたんですよね? ですが、こちらではそんなことは無かったのでは……あっ、もちろん良いことなんですけども!」
「ふふっ、焦らなくても分かってるよ陶夜くん」
ともあれ、ややあってそう尋ねてみる。尤も、これが今聞くべき問いなのかは分からないけど――ただ、ここは一度話題を変えた方が良い雰囲気だと僕なりに判断したから。……いや、さして変わってもないか。
「……うん、それは私も驚いて。どういう原理か知らないけど、こっちでは例の雰囲気? それがある程度は楽に制御できるみたいなの。そして、制御できるということは、ある程度自分の意志で発動することもできるということ。そう、あの非常階段での時みたいにね」
「…………あ」
「でも、陶夜くんは怖がらずにいてくれた。そういうところも、君は玲夜と似て……いや、この言い方は良くないか。陶夜くんは陶夜くんだもんね」
すると、僕の問いに答えた後クスッと微笑み告げる風奈さん。……そうか、あの時、花本さんがあんなにも顔を真っ青にして去っていったのは……だとしたら、本当に申し訳ない。尤も、流石に今それを口にするほど無神経にもなりたくないけれど。
「……でも、楽に制御できると言ってもある程度――それ以上になると、出来ないとは言わないまでも結構きつくて。だから……省エネ、って言うのかな? 家では制御せずに、なるべく体力を温存してるの。光里相手だったら、その必要もないから。だから……うん、修学旅行の時はほんと参ったよ。あのままずっと制御し続けてたら、流石に……」
「……そう、だったのですね」
続けて、言葉の通り困ったように微笑み告げる風奈さん。……そっか、じゃあ本当は退屈だったわけじゃなくて――
「――まあ、実際わりと退屈だったしちょうどいい口実ではあったんだけど」
「いやほんとやったんかい」
いやそこはほんとやったんかい。……まあ、何と言うか、風奈さんらしいけど。ただ、それはそうと――
「……それで、陶夜くん。私、どうしたら良いかなぁ」




