不謹慎ではあるものの
「……でも、よくよく考えたら人に名前を尋ねる時はまず自分から、だよね。あたしは狩野海奈、高二だよ。君は?」
「……あっ、えっと……僕は、霧崎陶夜……こう見えて高校一年生、です。」
「ふふっ、こう見えても何も普通にそのくらいに見えるよ? 面白いね、陶夜く……あっ、ごめんいきなり名前呼びは嫌だよね?」
「あっ、いえ滅相もないです! その、陶夜で全く以て構いません」
「……そっか、良かった。じゃあ、宜しくね陶夜くん。あたしのことも、海奈でいいよ」
「……あ、はい……それでは、宜しくお願いします、海奈さん」
そう、可笑しそうに微笑み告げる海奈さん。こういうフレンドリーな感じも、やっぱり風奈さんに良く……うん、不謹慎だとは思う。思う、けども――
「……あの、海奈さん。その、ひょっとして生き別れのご姉妹などいら――」
「うん、急にどうした?」
「いえ、お気になさらないでください。その、きっとドッペルゲンガー的なアレなので。それより――」
「いやめっちゃ気になるんだけど!? なんかサラッと流してるけど!! あたしまだ死にたくないよ!!」
ともあれ、適当にごまかしつつ次の話題へ移ろうとする僕に捲し立てるように話す海奈さん。うん、ごまかせてないなこれ。あと、次の話題とか別に思いついてないし。
「……それで……はい、これ」
「……へっ?」
すると、彼女が手渡したのは一切れの用紙。ついさっきササッと何かを書いていたみたいだけど……ともあれ、受け取り見るとそこには11桁の数字。……うん、流石に僕でも分かる。これが、どういう類の数字かは。うん、まさしくこれは――
「……これは、なかなかに難解な暗号ですね」
「うん、違うよ?」
「………………へっ?」
「そんな驚くとこあった!? むしろ、この並びでパッと思い浮かぶのなんて一つだと思うんだけど!?」
「……へっ? 一つ、ですか……あっ、ヴィジュネル暗号ですね!」
「暗号から離れて!! そもそもアルファベットだからあれ!!」
自信を持ってそう答えるも、どうやら違ったようで即座にツッコミを入れる海奈さん。あっ、そう言えばそうか。あっ、ちなみにヴィジュネル暗号というのはフランスの外交官ブレーズ・ド・ヴィジュネルにより15世紀後は……うん、いらないかこの説明。
「……はぁ、話が進まないから答え言うけど……あたしの携帯番号だよ、それ?」
「…………へっ?」
「……まあ、その反応は普通かもね。いきなり番号なんて渡されたら。でも、君ならこういうの経験してそうだけどね。顔も可愛いし、モテそうだし」
「……いえ、一度もないです」
すると、柔和に微笑み告げる海奈さん。……いえ、一度もないです。そもそも、僕がモテるとかあり得な……でも、そう言えば可愛いとは以前に風奈さんも言ってくれてたっけ。ひょっとして、感性も似てるのかな?
「……まあ、ナンパみたいであたし自身ちょっと気が引けるし、君も引いちゃってるかもしれないけど……それでも、君との縁は大事にしたいなって思ったんだ。自分でも不思議なんだけど。だから、気が向いたら連絡してよ。あっ、ちゃんとお店にもまた来るから」
「……あ、えっと……はい」
じゃあまたね――そう言い残し、笑顔で手を振り去っていく海奈さん。そんな彼女を、一切れの用紙を手に茫然と見送る僕。……えっと、いったい何が起こって――
「――ふーん、随分と楽しそうだったねえ陶夜くん?」
すると、ふと後方から届き馴染みの声。今の状況を見て、率直にそう思ったのだろう。……でも、なんでだろう。今、振り向くのがこんなにも怖いのは。




