……どうか、この時間が――
「……その、ごめんね陶夜くん、急にいなくなっちゃって。……その、気が付いたらいつの間にか一人になってて……」
「ああいえ、僕の方こそすみません! 僕が目を離してしまったばかりに――」
「……いや、保護者じゃないんだから」
それから、ほどなくして。
僕の言葉に被さる形で、呆れたように微笑み答える風奈さん。……うん、ご尤も。でも、何はともあれ見つかって良かった。……いや、僕が見つかったのかな? まあ、それはともあれ――
「……あの、風奈さん? その、どちらへ……?」
そう、躊躇いつつ尋ねる。今、彼女の案内の下こうして歩いているのだけど……でも、どこに向かっているのだろう? 尤も、彼女となら僕はどこでも良いのだけど……でも、このままでは間に合わ――
「……その、良かったらここで見ないかなって」
「…………へっ?」
「……ごめんね、陶夜くん。急に場所変えちゃって。ほんとに嫌じゃなかった?」
「いえ、お気になさらないでください風奈さん。僕としては、むしろここが良いくらいです」
「……そっか、ありがと」
それから、ほどなくして。
僕の返答に、ホッと安堵した様子で答える風奈さん。そんな彼女の様子に、僕もホッと安堵する。ちなみに気を遣ったわけでなく、本当にここが良いと思っていて。
さて、僕らがいるのは風鈴の響く風情豊かな縁側――今は澄み切った夜空が広がる、僕の大好きな依月神社の縁側で。
『……その、良かったらここで見ないかなって』
つい先ほどのこと。
そう言って、風奈さんが示したのは手の先――誰もいない辺りに移動した後、彼女が発動した例の神聖な鳥居で。
ただ、それにしても……うん、ここは盲点だった。出掛けたなら出掛けた先で、と思い込んでいたけど……うん、必ずしもその必要はないよね。幸い、と言っていいのか、こうして鳥居を潜ればいつでもすぐに帰れ……いや、そうでもないか。実際、誰もいないところまで到着するのにわりと時間掛かったし。……ただ、それはともあれ――
――パーーーン!
「わぁ、始まったよ陶夜くん!」
「はい、そうですね風奈さん」
ほどなく、目を輝かせそう口にする風奈さん。そんな彼女を微笑ましく思いつつ、僕もそっと上空へ視線を移す。たった今、夜空に咲いたばかりの満開の花へと。
「……うわぁ、綺麗……」
「……そうですね、とても綺麗です」
「……でも、風奈さんの方がもっと綺麗って? そ、そんな照れるよ陶夜くんっ」
「自分で言っちゃった!? ……ま、まあ否定はしませんけど」
「……あ、ありがと。その、陶夜くんもすっごく可愛いよ?」
「か、可愛い!? ……あ、ありがとうございます風奈さん」
満開の空の下、何とも馬鹿な応酬を交わす僕ら。……いや、馬鹿は良くないか。それなら……うん、さながらバカップルのような会話を……あれ、一緒かな?
「……はぁ、もう終わっちゃったね」
「……はい、なんだか名残惜しいですね」
それから、およそ一時間半ほど経て。
そう、沁み沁みと話す僕ら。いや、決して短い時間ではないかもだけど……それでも、彼女と――他でもない風奈さんと過ごす時間は、本当にあっという間で。例えば、この倍の――三時間くらいあったとしても、やはり同じような感覚を抱いていたと思う。
「……さて、花火は終わったけど……もし良かったらなんだけど、もうちょっとここでお話ししない? 帰るの遅くなっちゃうし、もちろん無理にとは言えないけど」
「……風奈さん。いえ、無理なわけないです。僕も、まだ貴女とお話していたいと思っていましたし」
「ほんと? うん、じゃあ決まりだね!」
すると、少し控えめにそう問い掛ける風奈さん。だけど、無理なわけない。むしろ、彼女の方からそう言ってくれてすごくありがたく……そして、本当に嬉しい。
「それでね、さっきはぐれた時なんだけど――」
その後、澄み切った空の下しばし他愛のない会話に花を咲かせる僕ら。……どうか、この時間がずっと――そんなことを、心から思った夜だった。




