アルバイト
「――ありがとうございました、またお越しくださいませ」
それから、二週間ほど経て。
一学期が終わり、夏休みへ――そして、そんなある日の午前のこと。
扉を開きそう伝えると、笑顔で手を振り応じてくれる年配のご夫婦。少なくとも週に二回は来てくださる常連さんで、いつも優しい二人の笑顔に癒しをいただいていて。
さて、そんな(どんな?)僕がいるのは住宅街に佇むカフェ『月乃音』――和を基調としながら、大正時代を思わせるような洋の雰囲気も纏う古民家カフェで……いやまあ、実際には知らないけど、大正時代。
ともあれ……何とも僥倖なことに、入学ほどなくこちらで働かせてもらっているわけで。
元々、高校に入ったらアルバイトはしようと思っていた。でも、僕に出来るとしたら清掃やデータ入力のような一人で黙々と進めるイメージの仕事で、人と関わる仕事――それも、その代表格のような接客業という選択はまるで頭になかった。
だけど……高校からの帰り道、ふと目に入ったこのカフェにぐっと心惹かれ近づいてみると、ガラス戸の隅の方に一枚の用紙――アルバイト募集の旨が記された用紙が貼っていて。でも、もっと見えるところに貼った方がいいんじゃ……なんてお節介な思考が過ったのはともかく――
――カランカラン。
『いらっしゃいませ、お客さま』
そっと扉を開くと、優しい笑顔で出迎えてくれる丸眼鏡の男性。なんとなくだけど、店主さんかなと思う。ともあれ、緊張の中ゆっくりと口を開いて――
『……あの、すみません。その……アルバイト募集の用紙を見まして……』
そして、10分ほどの面談の後なんと採用――正直ダメ元だっただけにほんとに驚き……そして、すごく嬉しかった。
とは言え、やっぱり不安はあって。奇跡的に採用していただいたはいいものの、接客業という大変高度なコミュ力を要するであろう専門職が果たして僕なんかに務まるのかどうか……でも、やるしかない。採用していただいたからにはお役に立ちたいし……それに、辞めたくないし。
だけど、そんな心配はほぼ杞憂だった。いや、もちろん僕のコミュ障は変わらないので、未だに上手く話せないし緊張もするんだけど……それでも、店主さんやスタッフさん、そしてお客さんもみんな……いや、まあ時々少し変わったお客さんもいるけど……でも、みんな優しくて、僕にとって本当に暖かな居場所で。




