第6章 (8)伝令
星詠みの寺院が崩壊してから数日後、その知らせは、皇都の王城にまで届いていた。第一魔術師団の団長室。そこには、金の耳飾りをつけた一人の女が、静かに、しかし深い怒りを秘めて座っていた。彼女の表情は、いつもは冷徹な仮面で覆われているが、今は、明確な苛立ちがにじみ出ている。彼女は、机の上に置かれた報告書を、睨みつけるように見ていた。報告書には、星詠みの寺院の破壊と、それに伴う第一魔術師団の甚大な被害が記されている。
「…壊滅、したというの?万全を期して精鋭を集めて向かわせたというのに…なぜ!?」
女の声が、静かな部屋に響き渡る。彼女の怒りは、報告書の数字だけではなく、彼女自身のプライドが傷つけられたことに対するものだった。彼女の命令で動いた精鋭たちが、まさか、たった一人の人間によって、壊滅させられるなど、彼女の想像の範疇を超えていた。
その時、一人の伝令が、震える足取りで、団長室に飛び込んできた。彼は、顔を蒼白にさせ、冷や汗を流している。女の鋭い視線が、彼を射抜く。
「申し上げます!今回の戦闘に、シルヴァ卿が参戦されておりました!」
伝令の言葉に、女は、一瞬、息をのんだ。彼女の瞳に、わずかな驚きが浮かぶ。シルヴァ。その名は、彼女でも恐れる魔術師、そして、決して超えることのできない、偉大な名だった。彼は、グラハムの所にいたはず。数年前に引退したと聞いていたが、まさか、こんな形で、再び彼の名を聞くことになるとは。
「…そんな…シルヴァ卿といえども、あの数を相手に…噂は、嘘ではなかったというのね…」
女は、自嘲するように呟いた。彼女は、シルヴァが、単なる魔術師ではないことを知っていた。彼は、この国で最も危険な存在であり、そして、彼女が追い求めてきた最高峰の魔術師としての象徴だった。
彼女の表情は、再び、冷徹な仮面へと戻っていく。彼女は、伝令の瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「…あの方は…無事なのですか?」
女の声には、わずかに、しかし、明確な焦りが含まれていた。彼女は、ミレディーを、この国の悲願を達成するための、最も重要なピースとしてともに歩む決意をした。目的は違えど力を欲するのは同じ。尊敬する、愛するあの方とともに力を求めると。
伝令は、震える声で答えた。
「それが…シルヴァ卿との激闘の後、勝利された模様です。しかし、深手を負っておられたご様子。その後、寺院が崩壊し…その後の消息は、分かりません…」
伝令の言葉に、女は、机を叩きつけた。その衝撃で、机の上の書類が、音を立てて宙に舞う。
「なぜお連れしなかった!なぜ…あの方を一人にしたのです!?」
女の声が、怒りで震える。彼女は、ミレディーの無事を、ただひたすらに願っていた。彼女は、目的達成にはどうしても必要な存在であり、彼女自身にも愛するものとして必要であったからだ。
伝令は、震えながら、頭を下げた。
「申し訳ございません…星詠みの寺院崩壊後、すぐに探したのですが…どこにも見当たらず…」
女は、伝令を下がらせると、静かに目を閉じた。彼女は、自分の心を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返した。そして、やがて、彼女は、まるで自分に言い聞かせるように、静かに、しかし、固い決意を込めて呟いた。
「…きっと、あの方なら大丈夫なはず…死ぬはずがない…まだ、終わっていないのだから…」
彼女の言葉には、自分自身への言い聞かせと、そして、ミレディーがまだ生きているという、強い確信が込められていた。彼女は、ミレディーを、決して見捨てることはできない。愛しているのだから。
そして再び、机の上の地図を広げた。地図には、この国の各地に存在する「封印の地」の他、重要と思われる場所が記されている。
「…封印の地は、消すことはできたのね…あの方のおかげで…」
彼女は、地図上の二つの場所に、赤い印をつけた。星詠みの寺院と、もう一つエルフの里の場所。
「…これで、封印は二つ解除された。あと一つ…皇帝陛下と、グラハム卿…この二人だけが知っている封印の地…」
女は、そう呟くと、窓の外に視線を向けた。夜空に、満月が浮かんでいる。その光は、彼女の顔を、青白く照らし出し、彼女の瞳には、不気味な光が宿っていた。
「シルヴァ卿亡き今…グラハム卿が手薄…」
彼女は、そう言って、不敵な笑みを浮かべた。彼女の心は、すでに、次の獲物を狙って、動き始めていた。
金の耳飾りの女の瞳には、冷徹な光が宿っていた。彼女の描いた計画が、今、再び、静かに、しかし、確実に、動き出そうとしていた。




