第1章 (8)消された里
洞窟を出た二人の足取りは、驚くほど軽かった。バッシュもエライザも、体から疲れが癒え、まるで生まれ変わったかのような感覚があった。あの光り輝く木と妖精の力が、彼らの疲弊した体を完全に癒したのだ。
森を抜ける道中、バッシュはエライザに問いかけた。
「エライザ、どうしてこの森にいた?」
回復したとはいえ、彼女がなぜグリフォンに襲われ、あの場所で倒れていたのか、その理由を尋ねる必要があった。彼女が「鍵」であることと、その状況がどう繋がるのか。
エライザは、少し考えてから、ぽつりぽつりと話し始めた。その声はまだかすかに震えていたが、以前のような弱々しさはなく、しっかりとしていた。
エライザは、かすかに震える声で語り始めた。彼女の言葉は、バッシュが抱える謎の核心へと、少しずつ近づいていく。
「私はエルフの里の巫女の娘…幼い頃から、周りから隠されていたの…理由は分からない…」
彼女の言葉に、バッシュは息をのんだ。巫女の娘。それは、彼女がただのエルフではないことを意味していた。エルフの里には、古くから伝わる神秘的な力や知識があるという言い伝えがある。エライザが、その力を持つ存在である可能性は高い。そして、幼い頃から隠されていたという事実は、彼女の存在が、単なるエルフの娘というだけでなく、何か特別な「理由」があったことを示唆している。それが、彼女が「鍵」と呼ばれる所以なのだろうか。
そして、エライザは、その「里」について、悲痛な声で続けた。
「その里が……」
彼女の声が途切れ、その瞳に深い悲しみが宿る。彼女の故郷に、何があったのか。それが、彼女がこの森で、深手を負って倒れていた理由に繋がるのだろう。
エライザは、か細い声で、故郷に起こった悲劇を語った。その言葉には、癒えぬ深い傷と、絶望が滲んでいた。
「その里が……大勢の軍隊に(消された)の…里すべてが…」
彼女の言葉は、バッシュの胸に重く響いた。平和だったはずのエルフの里が、大勢の軍隊によって跡形もなく「消された」という事実。それは、単なる襲撃や略奪ではなく、徹底的な破壊と殲滅を意味しているようだった。
どの軍隊なのか。アイシア皇国か、ローレル王国か、それとも第三の勢力か。そして、なぜエライザの里が狙われたのか。彼女が「鍵」であることと、この悲劇には、密接な関係があるのだろう。幼い頃から隠されていたという彼女の存在が、里が消された理由に繋がるのかもしれない。
エライザの瞳には、あの時の恐怖と悲しみが鮮明に蘇っているようだった。彼女がグリフォンに襲われ、森の奥で倒れていたのは、この悲劇から逃れてきた結果なのだろう。
エライザは、言葉を絞り出すように続けた。その声には、悲しみだけでなく、生き残った者としての、かすかな希望と、そしてまた新たな恐怖が混じり合っていた。
「数名は逃げたはず……彼らは探していた…何かを…」
「彼ら」とは、里を滅ぼした軍隊のことか。そして、「何か」とは一体何なのか。エライザが「鍵」と呼ばれることと、この「何か」が、密接に結びついているのは間違いない。軍隊は、エルフの里に眠る、あるいはエルフの巫女の娘であるエライザが持つ、ある特別なものを狙っていたのだ。
バッシュの頭の中で、妖精の言葉とエライザの証言が、少しずつ繋がり始める。エライザの里が消されたのは、彼女が「鍵」であることと、その「鍵」が「何か」に繋がるがゆえなのか。そして、もし里の者たちが数名逃げ延びているのなら、彼らもまた、その「何か」を巡る争いに巻き込まれている可能性が高い。
そして、彼らが探している「何か」とは、世界を揺るがすほどの力を持つものなのか。バッシュの旅は、個人的な過去の探求から、世界の命運を左右する壮大な物語へと、確実にその様相を変えていた。
バッシュは、エライザの言葉に静かに耳を傾けていた。彼女の里を襲った惨劇、そして「何か」を探し求める軍隊の存在。それが、彼女が「鍵」と呼ばれる理由に繋がっていることは明らかだった。
「すまない…辛いことを聞いた…」
バッシュは、そう呟いた。彼の声には、エライザへの心からの気遣いと、彼女の過去に深く関わってしまったことへの、複雑な感情が込められていた。平和な村で育った彼にとって、このような大規模な悲劇は、想像を絶するものだった。
しかし、この言葉は、バッシュ自身の決意を一層強くするきっかけにもなった。エライザの身に起こったことは、決して他人事ではない。彼の指輪と刻印、そして妖精の言葉。それら全てが、彼をこの運命の渦へと引き込んでいる。
彼は、エライザを守り、そして自分自身の過去の真実を解き明かすことが、もはや彼の宿命であることを理解した。その二つが繋がる先に、この世界の「動き」を止めるための答えがあるのかもしれない。




