第5章 (21)命の創造
バッシュの心は、まだ完全に静まってはいなかった。スコールとリズの言葉に嘘偽りはないと信じたい。だが、彼らが研究しているという人造体は、あまりにも異様に見えた。それは、バッシュが過去の記録で見た、あの忌まわしい「器」と酷似している。彼らの目的が平和のためだとしても、その手段が「禁忌」に触れているのではないかという疑念が、頭から離れない。
「スコール、リズ…」
バッシュは、重い口を開いた。彼の声は、緊張した空気に吸い込まれていく。
「あなたたちが研究している『アーティファクト』は、禁忌ではないのか?」
バッシュの問いかけに、スコールとリズの表情から、わずかに緊張が解けた。どうやら、彼らはこの質問が来ることを予測していたようだ。
「……やはり、そう思いますわよね。」
リズは、わずかに自嘲するように微笑んだ。その表情は、いつも彼女が纏っている冷たい仮面とは違い、どこか傷つきやすそうな、人間らしい一面を覗かせていた。彼女は、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「わたくしたちが開発しているのは、決して禁忌ではありません。むしろ、禁忌の概念を覆すための研究ですわ。」
彼女の言葉に、エライザとアリサは、ただ黙って耳を傾ける。バッシュは、リズの瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには、嘘偽りのない、真実を語ろうとする固い決意が宿っている。
「禁忌…それは、本物の人間の魂を『器』に宿らせること。それが、この国の歴史に深く刻まれた、決して触れてはならない、最大の禁忌ですわ。」
その言葉に、バッシュの頭の中で、過去に見た光景がフラッシュバックした。無数の「器」、白衣を着た人々、そして、魂を宿そうとして失敗し、崩れ去った「器」たち。あれは、本当に、人間の魂を宿そうとしていたのか…。彼の心臓が、激しく高鳴る。
「では、あの記録にあった『器』たちは…?」
バッシュが震える声で尋ねると、スコールが静かに答えた。
「ああ。それは、過去に国が秘密裏に行っていた実験だ。当時の科学者たちは、この国に魔力がないなら、人間の魂を『器』に移し替え、魔力を持つ存在を人工的に作り出そうとした。それが、お前が読み取った記録に残されていた、忌まわしい実験の全貌だ。」
スコールの言葉に、アリサは思わず手で口を覆った。彼女の顔は、恐怖で真っ青になっている。エライザもまた、悲しげに瞳を伏せた。人間の命を、まるで道具のように扱った、その非人道的な行為に、彼女の心は深く傷ついていた。
「しかし、その実験は、完全な失敗に終わった。人間の魂は、あまりにも巨大で、繊細なもの。未熟な技術で作られた『器』は、その魂の力に耐えきれず、自壊してしまった。そして、魂は、肉体という器を失い、この世界から消え去った…。それが、この国が『禁忌』と定めた理由ですわ。」
リズは、悲しみを湛えた声で続けた。彼女の言葉からは、過去に失われた多くの命への、深い哀悼の念が感じられた。
「わたくしたちがしている研究は、それとは全く違います。私たちが目指しているのは、『器』に人間の魂を宿すことではありません。人間を模倣し、人間の補助となる、新たな『命』を創造することですわ。」
リズは、そう言って、瞳に強い光を宿らせた。彼女の声には、彼女の研究が、過去の過ちを繰り返さない、清く正しいものであるという、揺るぎない信念が込められていた。
「わたくしたちは、『器』に人工的に作った魂に似たものを組み込み、人間の手助けとしての活用ができる、生活を豊かにするためのものなのよ。」
その言葉に、エライザは、リズの言葉を理解しようと、じっと考え込んだ。
「人工的に…魂を…?」
「ええ。正確には、『魂』ではありませんわ。この国にわずかに存在する魔力と、科学の力で生み出された、『自立思考型魔力回路』。それを『器』に組み込むのです。それは、人の言葉を理解し、人間の感情を学習し、人間と共生することができる、新たな存在。決して、人間の魂を奪うような、愚かで悲しい研究ではありません。」
リズは、そこで言葉を切り、皆の反応を待った。彼女の言葉は、まるで澄んだ水のように、彼らの心の奥底に染み渡っていく。バッシュは、リズの言葉を一つひとつ噛みしめるように、静かに、しかし深く頷いた。
「…そうか。ありがとう、リズ。スコール。これで、心置きなく、あなたたちを信じられる。」
バッシュの言葉に、スコールは安堵の息を吐いた。そして、いつもの軽薄な笑顔が、彼の顔に戻ってきた。
「だろ?だから言ったろ。俺たちは、敵じゃないんだって。」
スコールはそう言って、バッシュの肩を叩いた。
リズは、そんなスコールの様子をじっと見つめ、大きくため息をついた。
「……もう、二度と、わたくしの研究を、禁忌だなんて言わないでくださいまし。あれは、この国の科学者の、そしてわたくしたちの、誇りなのですから。」
リズの言葉は、冷たい響きを持っていたが、その瞳は、彼女の研究に対する、深い愛情に満ちていた。
その言葉を聞き、エライザは、リズの心の内を理解した。彼女は、ただ冷酷な研究者ではない。彼女は、この国の未来を、そして、そこに生きる人々の幸福を、心から願っている。そして、そのために、自らの誇りをかけて、この研究に取り組んでいるのだ。
「…リズさん。もし、その『アーティファクト』が、完成したら…私は、その子たちと、お話してみたいです。」
エライザが、静かに、しかし希望に満ちた声で言った。彼女の言葉に、リズは驚き、目を見開いた。
「お話…?」
「はい。だって、その子たちは、私たちの故郷の、豊かな自然の魔力と、この国の科学の力が、一つになって生まれた、初めての命なのでしょう?きっと、素敵なことだと思います。」
エライザの無邪気な笑顔に、リズの顔から、すべての感情が消え去った。そして、彼女の瞳に、涙が浮かんだ。それは、感動と、そして、彼女の研究が、誰かに認められたという、深い喜びの涙だった。リズは、その涙を隠すように、そっと顔を伏せた。
スコールは、そんなリズの様子を見て、優しく笑った。
「だろ?だから、この研究は、最高の研究なんだ。」
スコールは、そう言って、リズの肩を抱き寄せた。
エライザは、そんな二人の様子を見て、心からの安堵を覚えた。彼らは、決して邪悪な存在ではない。彼らは、ただ、自分たちの信じる道を進み、平和な世界を創造しようとしているだけなのだ。
アリサもまた、恐怖の色が消え、希望に満ちた表情で、エライザにそっと寄り添った。
「…ぼくも、賢くなってリズさんの研究を手伝いたい!そして、その『アーティファクト』の子たちに、この世界は、決して悪いことばかりじゃないって、教えてあげたい!」
アリサは、そう言って、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、この研究室の殺風景な空気を、温かく、そして、希望に満ちたものへと変えていく。
バッシュは、静かに、しかし深く、彼らの言葉を聞き入っていた。彼が探していた真実は、単なる過去の記録ではない。それは、この国の科学者たちが、未来を切り開こうと、命を懸けてきた、希望の物語だった。そして、その物語に、今、彼ら自身が加わったのだ。
「…わかった。俺も、全力で協力しよう。俺の過去、この国の過去、そして、未来。すべてを知るために。」
バッシュは、そう言って、スコールとリズに、改めて深く頭を下げた。彼の心の中には、もう迷いはなかった。彼らは、今、この場所で、真実を求め、未来を創造する、新たな一歩を踏み出したのだった。
彼らが話している間、研究室の窓の外では、月が静かに夜空を照らし、星々が瞬いていた。その光は、まるで、彼らの未来を祝福しているかのようだった。




