第5章 (20)リズの正体
スコールは、バッシュたちの警戒心に満ちた視線を真っ向から受け止め、静かに話し始めた。その声は、会議室の重い空気に吸い込まれていくようだった。
「もう薄々気づいているかもしれないが、俺たちは元は国の科学者だ。だからここはこれだけの設備があり、この国の知識も豊富にある。」
その言葉に、バッシュたちは小さく息をのんだ。彼らがこの研究所に入って以来感じていた、どこか尋常ではない空気の正体が、今、明らかにされた。それは、ローレル王国の技術の粋を集めた、紛れもない国家機関の施設だったのだ。
エライザは、恐怖でバッシュの手を強く握りしめた。もしかしたら、彼女の故郷を滅ぼした原因がこの国にあるのならば、スコールたちは何かを知っている可能性があると思うと平常心ではいられなかった。アリサもまた、顔を青ざめさせ、ただ黙ってスコールの言葉に耳を傾けていた。バッシュは、スコールの言葉に警戒心を強めながらも、続きを促すように、じっと彼の瞳を見つめていた。
スコールは、そんな彼らの反応を気にする様子もなく、言葉を続けた。
「俺たちは、国の発展のため、第一線で研究を続けていた。この国が抱える魔力枯渇という問題を解決するため、様々な研究を重ねてきた。しかし、その研究を進めていくうちに、俺たちは一つの結論にたどり着いた。それは、この国の未来には、圧倒的な『力』が必要だということだ。そして、それを手に入れるには、『鍵』が必要だと。」
スコールの視線が、一瞬だけ、エライザに向けられた。エライザは、びくりと肩を震わせ、さらに強くバッシュの手を握りしめた。彼女が「鍵」として追われているということ。それが、今、スコールの口から語られている。
「その『鍵』があれば、魔力源泉を解放し、膨大な魔力がローレル王国にも流れ込む。そうすれば、この国の科学技術と合わさり、世界中を圧倒する『力』が手に入る。この国は、貧困と魔力不足から解放され、真の豊かな国へと変貌を遂げる。俺たちは、ただ、それだけを望んでいた。」
スコールの言葉には、確かに偽りのない情熱が込められているように聞こえた。しかし、バッシュは、その言葉の裏に隠された、もう一つの真実を見抜いていた。
「その力は、アイシア皇国を滅ぼすためなのか?」
バッシュの問いに、スコールは一瞬、言葉を詰まらせた。彼の顔から、感情が消え去り、ただの科学者の顔に戻っていた。
「……ああ、そうだ、とは言わないさ。はじめにも言ったが、俺たちは国の発展のため研究していた。その結果、『力』が必要なことにたどり着いた。戦争のためじゃない。だが……」
スコールの表情が、一瞬だけ苦々しいものに変わった。
「上の奴らは、そうは思っていなかった。お前が言う通り、その『力』を持ってアイシア皇国を滅ぼすと……。それが、俺たちに下された、新たな任務だった。」
バッシュは、スコールの言葉に、再び警戒を強めた。スコールたちの研究は、確かにこの国の発展のためだったのかもしれない。しかし、その研究成果は、戦争という目的のために利用されようとしていた。彼らの善意が、結果として、世界を破滅へと導く可能性を秘めている。
「それを知ったとき、俺たちは皆、迷った……。平和のための技術が、戦争のための兵器になる。そんなことは、絶対に許せなかった。だが、その迷いを一瞬で吹き飛ばし、迷わず行動したのが他ならぬリズだ。」
スコールは、そこで言葉を切り、リズに視線を向けた。リズは、スコールの言葉に、鋭く彼を睨みつけた。しかし、彼女は何も言わない。ただ、口を固く結び、黙ったままだった。
スコールは、リズの態度を気にも留めず、わずかに笑みを浮かべ、再びバッシュたちに視線を戻した。
「こいつ、ブチギレて最初に辞めて出ていった。この国で、国の最高機密に関わる科学者が、勝手に研究所を辞めるなんて、本来ならあり得ないことだ。そんなことするやつになんでお咎めがないかって?それは……」
スコールは、もう一度、リズに視線を向けた。リズは、まるでその言葉を遮るかのように、さらに鋭い眼差しをスコールに向けた。しかし、スコールは、そんな彼女の視線を受け止め、楽しそうに言葉を続けた。
「それは、リズが、この国の第三王女だからなんだよ。」
その言葉に、バッシュ、エライザ、アリサの三人は、驚きで言葉を失った。エライザとアリサは、信じられないという表情で、一斉にリズを見た。リズは、その視線から逃げるように、そっぽを向いた。その顔は、ほんのりと赤くなっている。
「でだ、俺もどさくさに紛れて辞めた。まあ、リズの護衛でって名目でお咎めなしだ。残ってる奴らは、戦争のための『力』の研究を続けてるだろうな。俺たちの研究は、もう、国の手の届かないところにある。この研究所は、もはや国の管理下にはない。俺たち自身の意志で動いている、独立した研究機関だ。」
スコールの言葉に、バッシュたちは、あまりのことに言葉が出なかった。目の前にいる、いつも厳しい態度で彼らに接する女性が、この国の王女だったなんて。そして、彼女が、この国の最高機密を捨てて、彼らと同じ道を選んだのだ。
「…リズ、なぜ…?」
エライザは、震える声でリズに問いかけた。リズは、そっぽを向いたまま、静かに、しかし決意に満ちた声で答えた。
「わたくしは、この国を愛しています。だからこそ、この国が、戦争という愚かな道に進むことを許せませんでした。この国の技術は、人を幸せにするためにある。人を傷つけるためのものではありませんわ。」
リズの言葉は、冷たい響きを持っていたが、その奥には、この国への深い愛情と、そして、スコールと同じ、平和への強い願いが込められていた。
「わたくしは、父である王に、この国の未来を、平和的な形で導くことを説得しました。しかし、父は聞く耳を持たなかった。力を持つことしか、この国の未来はないと……。だから、わたくしは、この研究を国から切り離し、平和のために、この『力』を使うことを決意しましたわ。」
リズは、そこまで言うと、再びスコールに厳しい視線を向けた。
「全く、あなたが余計なことを話さなければ、こんなことにならなかったものを……!」
スコールは、そんなリズの言葉に、肩をすくめた。
「まあまあ、どうせいつかはバレることだったし。それに、お前たちも、この真実を知る権利がある。俺たちは、このローレル王国で、お前たちと一緒に、この研究を進めていきたいんだ。平和のために、だ。それが、俺たちに残された、唯一の道だからな。」
スコールの言葉に、アリサは、ようやく口を開いた。
「…じゃあ、僕たちは、リズさんのお城にいるってことなの?」
「城ではないわ。ここは、わたくしの私設の研究所。父上も、ここまでは手出ししてきませんわ。」
リズは、そう言って、わずかに胸を張った。
バッシュは、スコールとリズの言葉に、心を揺さぶられていた。彼らは、戦争を止めたいと願っている。彼が探している「過去」と、彼らが求めている「力」。それは、もしかしたら、同じものなのかもしれない。そして、彼らが戦争を止めたいと願っているのなら、彼らは敵ではない。しかし、彼らは「鍵」を待っていた。それは、エライザを、この国の運命に巻き込むことを意味する。
「…エライザは、『鍵』として、この国の運命に巻き込まれることになる。それでも、俺たちを信じろ、と?」
バッシュの問いに、スコールは、真剣な眼差しで答えた。
「ああ。そうだ。俺たちは、エライザの故郷を襲った奴らとは違う。そもそもローレル王国は襲っていない。俺たちは、この『鍵』を使って、戦争を止めたいんだ。平和のために、この力を使いたいんだ。信じてほしい。」
スコールの言葉は、真実のように聞こえた。しかし、バッシュの心は、まだ完全に彼らを信じることができなかった。彼は、エライザの安否を第一に考えていた。
エライザは、スコールの言葉を聞き、静かにバッシュの手を離した。そして、スコールとリズを交互に見つめた。彼女の瞳には、迷いと、そして、強い決意が宿っていた。
「私は…信じます。」
エライザの言葉に、その場にいる全員が、驚きで目を見開いた。
「信じます、リズさん、スコールさん。あなたたちが、この『力』を、平和のために使いたいと願っていることを。私も、この『鍵』の力を、みんなを幸せにするために使いたいです。それが、私に与えられた使命だとしたら…私は、この運命を受け入れます。」
エライザは、そう言って、静かに微笑んだ。その笑顔は、彼女の故郷の森に咲く花のように、美しく、そして、力強かった。
エライザの言葉は、バッシュの心に、深い感動を与えた。彼女は、恐怖を乗り越え、自分の運命と向き合うことを決意したのだ。バッシュは、そんな彼女の強さに、胸を打たれた。彼は、エライザの決意を、決して無駄にはしないと、改めて心に誓った。
「…わかった。俺も、お前たちを信じよう。」
バッシュは、そう言って、スコールとリズに深く頷いた。彼の瞳には、もう迷いはなかった。彼らは、今、この場所で、本当の仲間となったのだ
。
そして、彼らは、この国の運命を、そして、彼ら自身の運命を、大きく動かすことになる、新たな一歩を踏み出したのだった。




