第5章 (19)懐疑
ローレル王国での日々は、エライザとアリサにとって、文字通り、嵐のようなものだった。リズの指導は容赦がなく、二人は毎朝、身体が軋むほどの訓練と、頭がパンクしそうなほど難解な研究の手伝いに明け暮れていた。
「はぁ…はぁ…もう、ダメ…」
アリサが、訓練場の床にへたり込む。その手足は震え、額には汗が滲み出ていた。エライザもまた、壁に背中を預け、荒い息を繰り返している。彼女の握りしめたハンドガンは、訓練の熱で微かに温かかった。
「まだ…まだ、やれるわ…!」
エライザは、そう自分に言い聞かせた。彼女の心には、バッシュを守るという強い決意があった。あの日のリズの言葉が、今も耳に焼き付いている。
(私は…弱い…?バッシュを守るどころか、私は何もできない…)
あの無力感は、もう二度と味わいたくない。彼女は、震える脚に力を込めて立ち上がった。
一方、バッシュは、連日、スコールの用意した円筒の「知識の読み取り」を続けていた。しかし、彼の心は、過去の記憶よりも、目の前のスコールのことで一杯だった。スコールの口から語られた「人造人間」という言葉、そして、彼が自身の過去について何かを知っているという確信。それは、バッシュの心に、拭い去れない疑念を植え付けていた。
彼は、その日の「読み取り」を終えると、スコールを真っ直ぐに見つめた。
「スコール。聞きたいことがある。」
バッシュの真剣な眼差しに、スコールはいつもの飄々とした笑顔を消し、真面目な顔でバッシュを見つめ返した。
「なんだい、バッシュ。そんな怖い顔して。リズに何かされたのか?」
「…とぼけるな。あの日、俺たちが道に迷って、お前と出会ったのは、本当に偶然だったのか?」
バッシュの問いかけに、スコールはわずかに目を細めた。彼は、バッシュの疑念をすべて見透かしているようだった。
「お前は、俺たちに計画的に近づいたのでは?そうじゃないのか?」
バッシュの言葉に、スコールは口元に不敵な笑みを浮かべた。しかし、その笑みは、いつもの軽薄なものではなかった。どこか、諦めにも似た、複雑な感情が入り混じっている。
「…だとしたら、どうする?」
スコールの問いに、バッシュの心臓が激しく脈打った。
「…敵の可能性が高いだろうな。」
バッシュの言葉に、スコールはゆっくりと息を吐き出した。そして、わずかに間を置いて、静かに、しかし確信に満ちた声で答えた。
「間違ってはいないな。だが、半分正解で半分ハズレだ。」
スコールの言葉に、バッシュの心はさらに混乱した。敵ではない。しかし、偶然でもない。一体、どういうことだ?
「俺は、あの場所で、『鍵』を待っていた。」
スコールの言葉に、バッシュは息をのんだ。彼の背中の「875」という刻印、そしてエライザが「鍵」として追われているという妖精の言葉が、頭の中で繋がっていく。
「別にお前たちじゃなくても、鍵なら誰でも良かったんだ。たまたま、お前たちだった。それだけだ。」
スコールは、そう言って、肩をすくめた。しかし、彼の瞳は、真剣そのものだった。
「…敵じゃない。これは本当だ。嘘に聞こえるかもしれないがな。…もう、面倒だ。全部話すよ。」
スコールは、そう言って、立ち上がった。彼の表情は、もはやおどけたものではなかった。真実を話す、という固い決意に満ちていた。
「全員呼ぶ。お前だけじゃ、らちが明かない。さあ、行くぞ。」
バッシュは、スコールの言葉に、ただ頷くしかなかった。彼の心の中には、恐怖と、そして、真実を知りたいという強い好奇心が渦巻いていた。
二人が、訓練場に足を踏み入れると、リズの怒声が響き渡った。
「スコール!何しに来たんですの!忙しいから声かけないで!」
リズは、魔力増幅装置を手に、顔を真っ赤にしてスコールを睨みつけた。彼女は、研究に没頭している時に邪魔をされるのが、何よりも嫌いだった。
「ごめんごめん、リズ。ちょっと話が…」
スコールは、いつもの調子で謝りながら、エライザとアリサに視線を向けた。
「アリサ、エライザ。ちょっとこっちに来てくれるか?リズも来てくれると助かるんだが…」
スコールの言葉に、リズの眉間の皺が深くなった。彼女は、スコールの真剣な表情をじっと見つめ、大きくため息をついた。
「…少しの時間ですわよ!」
リズはそう言い放つと、全員を会議室へと促した。
会議室に入ると、全員が席についた。リズの隣にスコール、向かいにバッシュとエライザ、そしてアリサ。緊張した空気が、部屋全体を包み込む。
スコールは、大きく息を吸い込むと、リズに視線を向けた。
「リズ…すまん。全部、話すことにした。」
スコールの言葉に、リズは驚き、目を見開いた。彼女は、何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに閉じた。そして、黙ったまま、スコールの言葉を待った。
スコールは、全員に視線を向け、ゆっくりと、しかしはっきりと語り始めた。
「俺たちは『鍵』を探していた。…だから、あの場所で、お前たちと会ったのは偶然じゃない。俺たちは、お前たちを、ずっと待っていたんだ。」
スコールの言葉に、エライザは驚愕し、アリサも絶句した。二人の顔に、警戒の色が浮かび上がる。
「警戒しないでくれ!これだけは言う、敵じゃない。本当だ。嘘に聞こえるかもしれないがな。」
スコールは、そう言って、両手を上げて見せた。しかし、彼の言葉は、彼らの疑念を晴らすには、あまりにも弱々しかった。バッシュも、エライザも、アリサも、スコールに対して、深い警戒心を抱いていた。
これから、スコールは何を話すのだろうか。彼の口から語られる真実は、彼らの運命を、そして、ローレル王国という国の運命を、大きく動かすことになるのだろうか。




