第5章 (14)器
一方バッシュたちは、知識の読み取りを開始していた。
バッシュの指が円筒に触れた瞬間、まばゆい光が指輪からあふれ出し、彼の意識を飲み込んだ。頭の中に、膨大な情報が一気に流れ込んでくる。それは、文字や言葉ではなく、感情や風景そのものだった。
彼が見たのは、無機質な白い部屋だった。
いくつもの「器」が並んでいる。それは、人型をしていた。しかし、皮膚は陶器のように滑らかで、瞳には光が宿っていない。その無数の模造の命たちが、まるで植物のように培養されている光景に、バッシュの心は言いようのない恐怖に襲われる。
次に流れてきたのは、まるで神殿のような厳かな場所だった。白衣を着た人々が、祈るように器に手をかざしている。彼らの手から放たれる魔力が、器の体に刻印となって浮かび上がっていく。
「……、7、5…」
バッシュは、その数字をはっきりと見た。彼の背中に刻まれたものに酷似していた。その刻印が、器の体に深く、深く刻まれていく光景に、彼の心臓は激しく打ち鳴らされる。その器は、まるで生命を得たかのように、わずかに身を震わせ、そして、その瞳に光が宿った。
「…成功だ…!」
歓喜に満ちた声が、バッシュの頭の中に響き渡る。その声に、バッシュは胸をかきむしりたくなるほどの苦しみを感じた。
しかし、その次の瞬間、光を宿した器の瞳から、光が失われていく。体の表面には、魔力回路が焼け焦げたかのように、黒いひび割れが走り、やがて、その体は静かに崩れ去った。
「…失敗だ…!」
絶望と、深い悲しみに満ちた声が、バッシュの頭の中に響き渡る。その器は、まるで、壊れた人形のように、床に崩れ落ちた。その光景に、バッシュは吐き気を催した。
(これは…一体…?)
彼の頭の中に流れる記憶は、まだ続く。
次々と生み出されては、崩れ落ちていく器たち。そのどれもが、完璧な人型をしていたが、生命を宿すことはなかった。彼らが、ただの「兵器」として生み出されたにもかかわらず、その命は、あまりにも脆く、そして短いものだった。
記憶は、さらに加速する。
失敗を繰り返す中、ある日、一人の女性が、崩れ落ちた器の前に立ちはだかった。女性は、恐怖に顔を歪ませながらも、毅然と器を見つめている。
「…やめて…!」
彼女の悲痛な叫び声が、バッシュの心に深く突き刺さった。その声は、かつて、自分が聞いたことがあるような、懐かしい響きを帯びていた。
その瞬間、バッシュの意識は、激しい光に包まれ、再びスコールと二人きりの部屋に戻ってきた。彼は、激しく息を乱し、床に膝をついた。
「おい、バッシュ!大丈夫か!?」
スコールの声が、遠くに聞こえる。バッシュは、自分の震える手を見つめた。そこには、光を失った指輪が、ただ静かに輝いている。
(俺は…何だ…?)
スコールの言葉が、真実となって、バッシュの心に重くのしかかる。彼は、自分が何者なのか、その答えを、見てしまったのかもしれない。そして、その答えは、彼が想像していたよりも、遥かに残酷なものだった。
バッシュは、激しく息を乱しながら、床に膝をついたまま動けなかった。頭の中で、無機質な部屋と、黒いひび割れが走る「器」の光景が、何度も、何度も、フラッシュバックする。背中の「875」という数字が、まるで烙印のように熱く感じられた。
「おい、バッシュ!どうした!?」
スコールの声が、遠くから聞こえてくる。バッシュは、その声に、はっと我に返った。彼は、自分が何を見たのか、スコールに話すべきか、迷っていた。しかし、喉の奥が張り付いたように乾き、言葉が出てこない。
「…いや、大丈夫だ…」
バッシュは、そう言って、無理に体を起こした。しかし、その手は小刻みに震え、顔は蒼白だ。
スコールは、そんなバッシュの様子を、鋭い眼差しで観察していた。彼は、バッシュが何かを隠していることに気づいている。先ほどの円筒から光が放たれた瞬間、バッシュの様子が急変した。あれは、ただの魔力データではない。バッシュの過去と、何か深い繋がりがあるに違いない。
「…そうか。まあ、無理はするな。」
スコールは、深くは聞かず、ただバッシュの肩に手を置き、静かに言った。しかし、その瞳の奥には、確信にも似た光が宿っている。
(この男は…何かとんでもないものを見てきたようだ。やはり、俺の推測は正しかったのか…?)
スコールは、心の中で呟いた。彼の好奇心は、今、これまでにないほどに刺激されていた。
「…それで、何かわかったか?」
スコールは、あえて軽い口調で尋ねた。バッシュの緊張を解こうとしているかのようだった。
「…ああ、まあ…少しだけ、な。」
バッシュは、そう言って、ぎこちなく笑った。彼は、スコールの視線から逃げるように、指輪を握りしめた。この指輪は、ただのアクセサリーではない。彼が、彼自身の過去に繋がっている唯一の手がかりだ。しかし、その手がかりが示す真実が、彼が想像していたよりも、遥かに重いものだとしたら…。
(俺は、何なんだ…?あの「器」は、何だったんだ…?)
バッシュは、自分の心の中に渦巻く、嵐のような感情を押し殺すように、口を閉ざした。
スコールは、そんなバッシュの様子を見て、それ以上は何も聞かなかった。彼が話すのを待つことにした。しかし、彼の心の中には、確かな予感が芽生えていた。
(この男は、このローレル王国の、そして俺たちの研究の「鍵」になるのかもしれない。)
スコールは、そう確信し、静かに口元を緩めた。




