第5章 (12)リズの実力
一方、訓練場では、エライザとアリサのハンドガン訓練が続けられていた。リズは、二人の訓練を静かに見つめながら、時に厳しい言葉を、時に的確なアドバイスを投げかけていた。
「アリサ、肩に力が入りすぎですわ。ハンドガンは、銃弾の反動を体全体で受け止めるもの。腕だけで撃とうとするから、狙いが定まらないのです。」
リズの言葉に、アリサは素直に頷き、姿勢を正した。
「エライザ、あなたの集中力は素晴らしい。ですが、その集中力に頼りすぎてはいけませんわ。いついかなる時も、冷静に、そして正確に、引き金を引くこと。それが、この銃を使いこなす上で、最も重要なことです。」
リズの言葉は、まるで彼女の性格そのものを表しているかのようだった。無駄がなく、的確で、そして冷たい。しかし、その言葉の裏には、二人に強くなってほしいという、熱い想いが隠されているようだった。
パーン、パーン、と乾いた音が、訓練場に響く。何度撃っても、アリサの銃弾は狙いを外れた。しかし、彼女は諦めない。歯を食いしばり、何度も、何度も、ハンドガンを構え直した。その瞳には、悔しさの光と、そして、絶対に諦めないという強い決意が宿っている。
「…次は、わたくしと実戦形式でやってみましょう。」
リズはそう言って、訓練場の壁に設置された標的を、全て消し去った。そして、彼女は腰からもう一丁のハンドガンを取り出すと、エライザとアリサに背を向け、静かに言った。
「あなたたちの敵は、もう標的ではありませんわ。わたしは、あなたたちを守るため、あなたの仲間を傷つける敵です。いいですか、たった一発でも、わたくしに命中させることができれば、あなたたちの勝ちですわ。いつでも、かかってきなさい。」
リズは、そう言って、ゆっくりと振り返った。彼女の瞳は、これまでの温かみのある光を失い、冷たい、敵意に満ちたものに変わっていた。その姿は、まるで、二人を追っていた追っ手そのものだった。
エライザとアリサは、リズの放つ、まるで本物の敵のような殺気に、思わず息をのんだ。この時エライザたちは、彼女はただの研究者じゃないと理解した。彼らは、今、この研究所で、初めての「戦い」を経験しようとしていた。
エライザとアリサは、リズの放つ殺気に、思わず息をのんだ。さっきまで、優しくはないが的確なアドバイスをくれた「リズさん」とは、まるで別人だ。彼女の瞳は、感情を一切感じさせない、冷たい光を宿している。
「…リズ、さん?」
アリサが、震える声で呼びかけた。しかし、リズは何も答えない。ただ、無言でハンドガンを構え、二人にゆっくりと近づいてくる。その一歩一歩が、まるで捕食者が獲物を追い詰めるかのようだった。
「…本当に、別人みたい…」
エライザは、アリサに聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。彼女の故郷を襲った追っ手たちが、まさにこんな雰囲気を放っていた。まるで、命など何の価値もないと言わんばかりの、絶対的な冷酷さ。
「何を怯えているのですか。あなたたちの目的は、大切なものを守ることでしょう?ならば、その怯えを捨てなさい。あなたたちの敵は、あなたたちに情けなどかけませんわ。」
リズの声が、冷たい刃のように二人の心を突き刺す。その言葉に、エライザとアリサは、ハッと顔を上げた。そうだ、ここで怯んでいては何も守れない。
「…行くよ、エライザ!」
アリサが、震える手でハンドガンを構え直す。彼女の心臓は、警鐘のように激しく鳴り響いていたが、その恐怖を振り払うように、一歩前に踏み出した。
「うん…!」
エライザも、それに続く。二人は左右に分かれ、リズを挟むように間合いを取った。
リズは、その動きを静かに見つめている。そして、二人が完全に間合いを取ったのを確認すると、まるで空気中を滑るかのように、一瞬でアリサとの距離を詰めた。
「くっ!」
アリサは、予想外の速さに息をのむ。リズは、アリサのハンドガンを片手で軽々と払い、もう片方の手でアリサの首筋に冷たい銃口を突きつけた。
「…遅い。」
リズの声が、アリサの耳元で囁かれる。アリサは、恐怖で体が硬直し、何もすることができなかった。
「アリサ!」
エライザが、叫びながらリズにハンドガンを向けた。しかし、その銃口がリズを捉えるよりも早く、リズはアリサから一瞬で離れ、エライザの背後へと回り込んでいた。
「後ろですわ。」
リズは、エライザの耳元でそう告げると、再び冷たい銃口をエライザの首筋に突きつけた。エライザは、その速さに、ただ呆然と立ち尽くすことしかできない。彼女が故郷で見てきたエルフの戦士たちでも、ここまでの速さを持つ者は稀だった。
(速い…まるで、瞬間移動みたい…)
彼女の頭の中で、スコールが言っていた「科学と魔法が混在する世界」という言葉がこだまする。この速さは、魔法なのか、それとも科学の力なのだろうか。
「ハンドガンは、ただの道具です。それを扱うのは、あなたたちの思考と肉体。そして、何よりも、覚悟ですわ。」
リズは、二人にそう言い放つと、再び二人の前に戻った。その動きは、まるで風のようだった。二人は、リズに翻弄され、ただ立ち尽くすことしかできない。
「くそっ!」
アリサが、歯を食いしばり、再びハンドガンを構える。彼女の瞳に、もう恐怖の色はなかった。その代わりに、燃え盛るような闘志が宿っている。
「エライザ!僕は、自分の腕を信じる!一緒に戦おう!」
アリサの言葉に、エライザは静かに頷いた。彼女は、今、この場で、ただハンドガンを撃つことだけを考えていた。
(バッシュ…見ていて…私、頑張るから…!)
二人は再び、リズを挟むように間合いを取った。しかし、今度は、ただ闇雲に動くのではない。互いの動きを読み、連携を取ろうとしている。アリサが囮になり、エライザが背後からリズを狙う。シンプルな作戦だ。
リズは、二人の動きを冷静に見抜いている。アリサが前に出た瞬間、リズは一歩も動かずに、アリサのハンドガンに狙いを定めた。
パーン!
リズのハンドガンから、一瞬の閃光が放たれる。その弾は、アリサのハンドガンを正確に撃ち抜き、弾き飛ばした。
「うわっ!」
アリサは、手に衝撃を受け、ハンドガンを床に落とす。彼女の掌には、わずかに痺れが残っていた。
「…甘いですわ。」
リズは、静かにそう呟くと、視線をエライザに移した。エライザは、アリサの援護を信じ、すでにハンドガンを構えている。彼女の瞳には、一切の迷いがない。
パーン!
エライザのハンドガンから、閃光が放たれた。それは、リズの顔面を正確に捉えていた。
しかし、リズは、その銃弾を、わずかに頭を傾けるだけで、まるで空気中の埃を避けるかのように、いとも簡単に避けていた。
「…なんて…」
アリサが、その光景を目の当たりにし、言葉を失った。エライザもまた、その事実に、絶望にも似た感情を抱いた。
(どうして…当たらなかった…?)
彼女の放った銃弾は、完璧な軌道を描いていたはずだ。だが、リズは、それをまるで最初からそこにいることがわかっていたかのように、完全に避けていた。
「あなたの集中力は、素晴らしい。ですが、その集中力は、あなた自身が持つ力を、無意識に封印している。それに、この銃は、ただの魔法を撃ち出す道具ではない…」
リズは、そう言って、エライザにゆっくりと近づいてくる。その一歩一歩が、エライザの心をさらに追い詰めていく。
「あなたには、あなた自身の力が、もっとも必要なのですわ。このハンドガンは、あくまで、その力を引き出すための補助輪に過ぎません。」
リズの声が、エライザの心に深く響く。彼女は、リズの言葉の意味を理解することができなかった。しかし、彼女の直感が、リズの言葉が真実であることを告げていた。
(私の…力…?)
エライザは、リズの言葉に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。彼女の戦いは、今、本当の始まりを迎えようとしていた。




