第5章 (10)問い
一方スコールはバッシュを連れ別室へ来ていた。
ただの会議室だろうか。スコールがおもむろに話し出した。
「なあ、お前は《《何者》》だ?」
バッシュはその言葉に答えが浮かばなかった。
「俺は…」
スコールは、バッシュの言葉に詰まる様子を見て、さらに問いを重ねた。
「お前は、自分が人間だと思っているのか?それとも、何か別の存在だと…?」
その言葉は、バッシュの心に深く突き刺さった。物心ついた頃から、彼は自分を人間だと信じて疑わなかった。しかし、スコールの言葉を聞くと、自分が何者なのか、その確信が揺らぎ始めた。
(俺は…人間じゃないのか…?)
彼は、自分の過去を知らない。背中に刻まれた「875」の刻印と、謎の指輪。これまでの情報。それらが全て、彼が人間ではないことを示しているのだろうか。
スコールは、バッシュが何も答えられないのを見て、少しだけ表情を和らげた。
「安心しろ。お前を、バケモノだなんて言うつもりはない。その指環が気になってな。この国の一部の機関だけが実験に使う魔導回路を組み込んだものによく似ているからな。だが少し違うか…」
その言葉に、バッシュは信じられないといった表情でスコールを見つめた。指環はこの国のものなのかと考え込む。
「お前は、『人造人間』なのか…?」
スコールは、そう言って、バッシュの瞳を真っ直ぐに見つめた。その言葉に、バッシュの心は激しく動揺した。
(俺は…人造人間…?模造の命ということか…?)
バッシュは、スコールの言葉に、答えを見つけることができなかった。彼の心の中には、自分が何者なのか、その答えを求める強い衝動と、そして、得体の知れない恐怖が入り混じっていた。
「さあ、どうなんだ、バッシュ?お前は、何者なんだ?」
スコールの問いかけが、何もない部屋に重く響いた。
スコールの問いかけに、バッシュは何も答えられなかった。彼の瞳は、苦悩と混乱の色で揺れている。彼は、自分の胸に手を当て、深い呼吸を繰り返した。
「…わからない…わからないんだ!」
バッシュは、苦渋の表情でそう叫んだ。彼の声には、答えが見つからないことへの苛立ちと、自分自身の存在に対する深い絶望が込められていた。彼の人生は、ずっと「わからない」という霧に覆われてきた。その霧が、今、スコールの言葉によって、さらに濃く、そして冷たいものになったように感じられた。
スコールは、そんなバッシュの様子を見て、そして、いつもの軽薄な笑みとは違う、優しさと、そして深い理解を含んだ眼差しを送った。
「…そうか。すまない。これは、ただの俺の推測だ。科学者の好奇心だよ。」
スコールはそう言って、バッシュの肩に手を置いた。その手は、温かかった。
「お前は、この世界で、誰よりも『人間』らしく生きている。そうだろう?」
スコールの言葉に、バッシュは顔を上げた。彼は、スコールの瞳の中に、自分を理解しようとする真剣な光を見た。
「君が何者であろうと、過去がどうであろうと、君は君だ。君の旅は、君自身が何者かを知るための旅だ。俺が、その手伝いをさせてもらう。だから、安心して、俺を信じてくれ。」
スコールの言葉は、バッシュの心を温かく包み込んだ。彼は、スコールの瞳の中に、嘘がないことを感じた。彼らは、同じ真実を探しているのかもしれない。
「ありがとう…」
バッシュは、そう言って、スコールに深く頭を下げた。彼の心の中に渦巻いていた混乱と絶望は、スコールの言葉によって、少しだけ和らいだ。
(やはりバッシュは、この国の機関で…調べたいな…)
スコールは心の中で思った。
「さあ、いつまでもここにいるわけにはいかない。リズのやつが、二人を待たせている。早く行こう。」
スコールはそう言って、再びいつもの飄々《ひょうひょう》とした態度に戻った。しかし、バッシュは、彼の言葉の奥に隠された、深い優しさと信頼を感じていた。
彼らは、静かにその部屋を出て、リズの向かった訓練場へと向かっていった。
訓練場へ向かう廊下を、バッシュとスコールは黙って歩いていた。バッシュの頭の中は、先ほどのスコールとの会話でぐるぐると回っていた。
(人造人間……)
その言葉は、彼の心に重くのしかかっていた。もし本当にそうだとしたら、自分という存在は何なのか。人間と同じように、笑い、泣き、怒り、そして誰かを想う心も、すべて偽物なのだろうか。
彼の脳裏に、エライザの顔が浮かんだ。彼女を助けたいと強く願った気持ちも、彼女を守りたいと心から思った気持ちも、偽物だったのだろうか。そんなはずはない。あの時、彼女の傷を治そうと必死だった自分の心は、間違いなく本物だった。スコールが言ったように、それがたとえどんな存在であれ、バッシュはバッシュなのだ。
彼は、左手の薬指にはまっている指輪にそっと触れた。
この指輪は、この国の魔導回路に似ているが少し違うとスコールは言っていた。それが事実なら、自分の過去は、この国の歴史とも無関係ではないのかもしれない。
「…なあ、スコール。」
バッシュは、たまらず口を開いた。スコールは、彼の方を見ることなく、前を向いたまま答えた。
「なんだい、バッシュ。」
「俺の、背中の刻印……『875』。それも、この国と関係があるのか?」
スコールは、少しだけ足を止め、バッシュの瞳を覗き込んだ。
「さあ、どうだろうな。俺も初めて見るタイプの刻印だ。だが、お前が持っている指輪といい、その刻印といい、何らかの形でこの国に関わっている気はするな。たが、少なくとも、その指輪と刻印は、俺たちの知る範囲の技術ではない。」
その言葉に、バッシュの心臓は再び高鳴った。
「…俺は、この国で何を?」
「それは、まだ分からない。だが、そう考えるのが最も辻褄が合う。だが、心配するな。あらゆる情報が集まるこの場所で、俺が一緒にお前の過去を調べてやる。」
スコールの言葉は、軽快なものだったが、バッシュにはその言葉の裏にある真剣さが伝わってきた。彼は、再びスコールに感謝の念を抱いた。




