第5章 (9)開始
翌朝、バッシュは夜明けとともに目を覚まし、すでに身支度を整えていた。ベッドの隣に置かれていた服は、彼の知るものとは全く違う、黒く光沢のある、体にぴったりとフィットする上下の服だ。素材は柔らかく、動きやすそうだ。彼は、慣れない服に少し違和感を覚えながらも、いつもの装束のかわりにその服装を身につけていた。
ほどなくして、エライザが眠たげな顔で目を開けた。ふわぁ、と可愛らしくあくびをすると、穏やかな微笑みをバッシュに向けた。
「…おはよう、バッシュ。」
「おはよう。よく眠れたか?」
バッシュの優しい問いかけに、エライザはにこやかに頷いた。
「うん、ぐっすり眠れたよ。」
その言葉に、バッシュは安堵の表情を浮かべた。エライザの無邪気な笑顔が、彼の心に安らぎを与えてくれる。
隣のベッドで、アリサがもぞもぞと動き出し、ゆっくりと目を開けた。
「…ここは…?まだ夢の中なの?」
アリサがそう呟くと、バッシュは冷静に答えた。
「違う。現実だ。」
「もう、面白みないなー!」
アリサはそう言って、むっとした表情で起き上がった。しかし、すぐに自分の目の前に置かれた服に気づき、目を丸くした。
「うわ、なんだこれ!?」
彼女の目の前には、リズが着ていたのと同じような、白い薄手のローブと、中に着る簡素な白い体にフィットする服が置かれていた。
「これに着替えるのかい?なんだか、ほんとにこの国の科学者みたいな服だね…」
「仕方ない。リズが用意したんだ。嫌なら着なくてもいいが…」
バッシュの言葉に、アリサは慌てて服を手に取った。
「わ、わかったよ!着る!着替えるから、向こう向いててくれ!」
そう言って、アリサとエライザは、用意された服に着替えた。白いローブは、二人の華奢な体にぴったりと合っており、まるで光を纏っているかのようだ。特に、エルフであるエライザの透き通るような肌には、その白いローブがよく映えていた。
「なんだか、恥ずかしいな…」
アリサは、ローブの裾を掴みながら、少し照れたように言った。しかし、エライザは、その新たな服装を気に入ったようだった。
「なんだか、気分が変わるね。リズさんみたいで、少しだけ強くなった気がするよ…」
そう言って、エライザは、少しだけ胸を張った。彼女の瞳には、希望の光が宿っている。
着替えを済ませ、バッシュたちは食堂へと向かった。食堂の扉を開けると、そこにはすでに、スコールとリズが座っていた。スコールは、バッシュと同じような黒い服を着て、豪快に朝食を平らげている。リズは、白いローブを羽織り、眼鏡を光らせながら、手元の小さな端末を操作していた。
「お、来たか!よく眠れたか?」
スコールが、そう言って、満面の笑みで迎えた。しかし、その視線は、バッシュたちの服装に向けられている。
「ははは!お似合いだ!やっぱり、この服を着ると、この街に馴染むな!」
スコールの言葉に、バッシュは少し複雑な表情を浮かべた。しかし、アリサとエライザは、褒められて少し嬉しそうだ。
「リズさんが用意してくれたんですか?」
アリサが尋ねると、リズは顔を上げず、淡々と答えた。
「ええ。実験服です。あなたたちが働く上で、一番動きやすいものを準備しました。さあ、早く座って。朝食を済ませたら、早速『ハンドガン』の訓練を始めますわ。」
リズの言葉に、バッシュとアリサは、驚きで顔を見合わせた。エライザは、その言葉に、静かに瞳を輝かせた。
ローレル王国での、彼らの新たな生活が、今、始まろうとしていた。
朝食を済ませると、リズは立ち上がり、冷たい声で言った。
「訓練場へ行きましょう。二人とも、こちらへ。」
リズの視線は、エライザとアリサに向けられていた。二人は少し緊張した面持ちで頷くと、リズの後を追った。
「おい、リズ!俺はバッシュを…」
スコールがそう言いかけると、リズは振り返り、鋭い視線を向けた。
「スコールはバッシュさんに話があるのでしょう?わたくしが二人を教えますから、あなたは、あなたにしかできないことをしなさい。手短に。」
その言葉に、スコールは少し不満げな表情を浮かべたが、すぐに諦めたように肩をすくめた。
「やれやれ。じゃあ行こうぜ、バッシュ。俺も、お前に聞きたいことがたくさんあるからな。」
スコールはそう言って、バッシュを促した。バッシュは、エライザとアリサに視線を向け、小さく頷いた。二人は、そのバッシュの視線に、大丈夫だというように微笑んだ。
バッシュはスコールの後を追い、エライザとアリサはリズの後を追って、それぞれ別の場所へと向かっていった。
リズに連れられてたどり着いた訓練場は、殺風景な食堂や客間とは異なり、広々とした空間だった。壁には複雑な魔力回路が張り巡らされ、部屋の中央には、いくつもの標的が並んでいる。
「ここに、あなたたちの最初の武器『ハンドガン』がありますわ。」
リズは、部屋の奥にある台座を指差した。そこには、数丁のハンドガンが並べられている。どれもスコールが持っていたものと同じ形だ。
エライザとアリサは、そのハンドガンに近づき、恐る恐る手に取った。ひんやりとした金属の感触が、二人の掌に伝わってくる。
「これが…」
エライザが、静かに呟いた。
「ええ。それです。ですが、その銃はただの道具に過ぎません。魔法も剣も使えないあなたたちでも、これを手にすれば戦える…スコールはそう言ったでしょう?でも、その言葉を真に受けているようでは、使いこなすことなど到底できませんわ。」
リズは、静かに、しかし冷たい声で言った。その言葉に、二人は身を強張らせた。
「で、あなたたちは、これで何をしたいのですか?」
リズは、そう言って、二人の瞳を真っ直ぐに見つめた。その言葉は、単なる質問ではなかった。そのハンドガンを手に、何を成したいのか、その覚悟を問うていた。
エライザは、リズの言葉に、手に持ったハンドガンをじっと見つめた。彼女がこの力を求めたのは、ただバッシュに守られるだけの存在でいたくないから。彼を守るために、自分も戦う力を持ちたかったからだ。
「私は…バッシュを守りたい…」
エライザは、静かに、しかし強い声で答えた。
「バッシュを守るために、この力が必要です。この力で…戦いたいです…」
エライザの言葉に、リズは静かに頷いた。次に、リズの視線はアリサに向けられた。アリサは、少し考えた後、決意を込めた眼差しでリズを見つめた。
「ぼくは…僕自身が強くなりたい。そして、ぼくの大切な人たちを守るために、この力を手に入れたいです。」
アリサの言葉に、リズはわずかに口元を緩めた。
「…よろしい。その覚悟があるのなら、わたくしが、このローレル王国の技術の全てを、あなたたちに叩き込んであげますわ。」
リズは、そう言って、二人のハンドガンに、小さな魔力弾を込めた。
「さあ、始めましょう。あなたたちの戦いは、今日から始まります。」




