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key〜光の先へ〜  作者: 初 未来
第5章 科学技術の王国

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第5章 (7)皇国と王国

 しばらく休んだ後、客間の扉が静かに開き、リズが夕食の時間を告げに現れた。彼女は客間を出た後も振り返って見送ることはなく、淡々と無駄のない足取りで先を歩いていく。バッシュたちは彼女に続いて、研究所の内部を進んでいった。


 食堂は、客間と同様に殺風景だった。白い壁と、金属製の長机、そして同じく金属製の椅子がいくつか置かれている。窓はなく、天井から放たれる柔らかな光が、部屋全体を均一に照らしていた。


 長机の上には、すでに食事が並べられていた。白い皿には、赤や緑の鮮やかな野菜のようなものと、一見すると肉にも見える茶色い塊が盛り付けられている。しかし、どれもバッシュたちが今まで見てきた食材とは、少し違っているようだった。


「さあ、好きに座ってくれ。」


 スコールが、そう言って先に椅子に座った。リズも、彼の隣に黙って腰掛ける。バッシュたちは戸惑いながらも、空いている席に着いた。


「驚いただろ?この食事、『培養肉』と『合成野菜』なんだ。もちろん、普通の肉や野菜がない訳ではないが。」


 スコールが、得意げにそう言った。その言葉に、バッシュたちは再び驚きを隠せない。エライザが、不安そうに皿の上の野菜をフォークでつついた。


「これ…本物の野菜じゃないんですか?」


 エライザの問いに、スコールは笑って答えた。


「ああ。種を植えて、水と太陽の光で育てるんじゃない。栄養素や細胞を人工的に培養して作っているんだ。だから、一年中いつでも、好きな時に食べられる。味も栄養も、本物の食材と全く同じだ。むしろ、本物よりも優れているかもしれない。」


 スコールはそう言うと、美味しそうに肉の塊を口に運んだ。アリサも、半信半疑といった表情で、肉を一口食べてみる。


「…本当だ!ちゃんとお肉の味がする…!」


 アリサの言葉に、エライザも勇気を出して、野菜を口に運んだ。口の中に広がる、初めて味わう奇妙な感触と、しかし確かに野菜の味がするその物体に、彼女は思わず目を丸くした。


「すごい…」


 エライザは、静かに呟いた。


「ローレル王国では、『食』すらも科学の力で生み出されている。何でも作り出せる。これがこの国の『豊かさ』さ。」


 スコールはそう言って、胸を張った。


「もっとも、それしか方法がないから仕方なく作り出した技術だ。」


 スコールは静かに付け加えた。


 バッシュは、何も言わずに、ただ黙々と食事を続けた。彼の心の中には、この国の完璧さと、そこから生まれる言い知れない不安が渦巻いていた。全てが科学で制御されたこの世界に、彼らは一体何を求めていけばいいのだろうか。


 食事が終わり、殺風景な食堂に穏やかな時間が流れる。リズが人数分のお茶を運んできて、彼らの前に静かに置いた。湯気の立つ温かいお茶の香りが、漂う料理の匂いを消し、空間を清々しいものに変えていく。


 スコールは、お茶を一口飲むと、バッシュたちの顔を一人ひとり見つめた。


「まあ、ここまで魔導の力を見て、どうだい?」


 スコールの問いかけに、アリサは興奮した面持ちで答えた。


「言葉にできないくらいすごいです!ぼくたちの国では考えられないことばかりで…」


 エライザもまた、静かに頷いた。


「…とても、美しいです。まるで、夢の中みたい…」


 スコールは、そんな彼らの感嘆の声に満足げに頷いた。


「だろ?そうだろ?これこそがこの国が築き上げた、科学の力さ。」


 しかし、バッシュは、お茶を一口飲んだ後、真剣な眼差しでスコールを見つめ、静かに問いかけた。


「これだけの力があるのならば、アイシア皇国など恐れる必要はないのではないか?むしろ、侵略も考えられる…」


 バッシュの言葉に、スコールの顔から笑顔が消え、真剣な表情へと変わった。


「…前にも言ったが、ローレル王国の魔力量は非常に少ない。アイシアに比べれば『ない』に等しい。」


 スコールの言葉に、バッシュたちは驚きを隠せない。この完璧な街のエネルギーが、ほとんどゼロに等しい魔力から生み出されているとは、信じがたいことだった。


「なぜ、こんな街に、こんな国にせざるを得ないのか…それは、この国には、君たちの国の『豊かさ』がないからさ。」


 スコールはそう言って、遠い目をした。


「ローレルから見れば、アイシアはうらやましい国なんだ。こんなことをしなくても、魔力量が潤沢で自然も豊か、動植物もたくさんいる。それが、ローレル王国にはない。自然界に存在する魔力源泉は、アイシア皇国にしかないんだ。」


 彼の言葉に、エライザは、深く頷いた。彼女の故郷もまた、豊かな自然と、それに満ちた魔力に恵まれていた。


「このローレルには、アイシアから微量に漏れ流れてくる魔力しかない。だから、魔法をこの国で使える者は皆無だ。その少ない魔力を、どう増幅させるか、それだけの研究の結果が、今のローレル王国だ。」


 スコールは、そう言うと、静かに目を閉じた。


「言ってしまえば、アイシア皇国がこのローレルに流れる魔力を止める手段さえ見つければ、この国は一瞬で崩壊だ。」


 その言葉は、彼らの心に重くのしかかった。スコールの口から語られる真実は、あまりにも残酷で、そして悲しいものだった。


「…アイシアの結界があるだろう?あんなもの、こっちの『今』の技術じゃ破壊できない。魔導兵器は万能じゃない。逆にあんたの国の最高クラスの魔術師のやつらなら、こっちの魔導兵器なんて、まとめて破壊することも可能だろう。あんな強大な結界も作れるんだしな。魔力量とは、そのくらい大事なものなんだ。いくら増幅させても、限度がある。入れる『《《器》》』にもな。キャパシティオーバーは、自壊するだけだからな。この国の科学技術はすごいと思うが、薄っぺらいんだよ。」


スコールは付け加えた。


『逆にアイシア皇国がなぜローレル王国を攻め滅ぼさないかだが、攻めるには結界を解かなければならない。兵力差で言うならローレルは圧倒している。火力が極端に弱い訳でもない。兵力は人だけじゃないからな。今は人に代わる魔導兵器を大量に使用できる。作り続けているから数も膨大だ。『火力VS物量』、お互い正面から殴り合いはしたくないのさ。だからこの均衡を崩すために『力』を求める…。』


 スコールの言葉は、バッシュたちの知る常識を根底から覆すものだった。彼らは、ローレル王国が持つ強大な力の裏に、あまりにももろく、そして弱い部分があることを知った。この完璧な街は、常に滅びの恐怖と隣り合わせに存在していたのだ。

それに、それぞれが「力」を求めていることも。


 バッシュは、静かに拳を握りしめた。彼の心の中には、この国の脆弱ぜいじゃくさと、そしてこの国を守ろうとするスコールの強い意志が、深く刻み込まれていた。


 スコールの言葉に、食堂には重い沈黙が流れた。この完璧な街が、たった一つの致命的な弱点を抱えているという事実は、あまりにも衝撃的だった。


 その沈黙を破ったのは、エライザだった。彼女は、静かに、しかし確信に満ちた声で呟いた。


「…この国に入ってから、全く精霊の気配を感じないのも、そのせいなのね…」


 彼女の言葉に、バッシュとアリサはハッと顔を上げた。エルフであるエライザは、精霊と対話する力を持つ。その彼女が、この街に入ってから、精霊の存在を感じていないと言ったのだ。


「精霊…?」


 スコールが、不思議そうに問いかけた。その瞳には、精霊という存在に対する、純粋な興味が宿っている。


「はい…私の故郷の森は、精霊で満ち溢れていました。でも、この国では…精霊の声が、全く聞こえないんです。ここには、精霊がいない…」


 エライザは、悲しげな表情でそう言った。彼女の故郷は、豊かな自然と精霊に満ちた場所だった。しかし、この街は、科学の力で完璧に制御された世界。そこには、自然のままの魔力や、それに宿る精霊の居場所はなかった。


「……なるほど。ここの科学は、自然の摂理を無視して、魔力を増幅させ、利用する。精霊というのは、自然の魔力に宿る、いわば生命体…それが、僕らの科学の力によって、この国から消え去ってしまったのか…」


 スコールは、自らの研究の裏にある、もう一つの事実を知り、深く考え込んだ。彼の顔には、得意げな表情はもうなく、科学者としての探求心と、一つの種族から大切なものを奪ってしまったという、わずかな罪悪感が入り混じっていた。


 リズは、そんなスコールの様子を静かに見つめ、静かに立ち上がると、空になったお茶のカップを片付け始めた。彼女は何も言わない。しかし、その背中は、この国の抱える光と影を、誰よりも知っているかのようだった。


 バッシュは、エライザの言葉と、スコールの言葉を心の中で反芻はんすうした。この完璧な街は、同時に、何かの「代償」の上に成り立っている。彼らは、その「代償」が何なのか、そしてその代償を払った人々の想いを、知る必要があると感じた。

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