第5章 (6)助手
スコールが飛び込むように駆け込んだ研究所の入り口は、分厚い鉄の扉だった。彼は扉の横にある小さなパネルに指を滑らせると、重々しい音を立てて扉が内側へ開いていく。
「さあ、入って入って!早くしないと閉まっちゃうよ!」
スコールに急かされ、バッシュたちが足を踏み入れると、扉は再び重い音を立てて閉まった。そこは、外観からは想像もつかないほど、広大で複雑な空間だった。
足元から頭上まで、無数のケーブルやパイプが張り巡らされ、部屋の中央には、見たこともない機械がいくつも並んでいる。部屋の隅には、使い古された工具や、謎の部品が山積みになっており、まるで巨大なガラクタの山だ。
しかし、その散らかった空間とは裏腹に、部屋の中央に立つ一人の美しい女性が、彼らの視線を集めた。
「スコール!!遅すぎ!!ちょっと調べ物って言って、何日留守にしているのよ!」
眼鏡をかけた、金髪のロングヘアをなびかせた若い女性が、耳をつんざくような大声で怒鳴りつけた。彼女は、白い薄手のローブを羽織り、その表情は怒りで真っ赤になっている。
「ごめんごめん!ちょっと道に迷って死にかけたんだ!」
スコールは悪びれる様子もなく、豪快に笑った。その無邪気な笑顔に、女性の怒りはさらに増していく。
「死になさい!」
女性はそう言い放つと、鋭い視線でスコールを睨みつけた。しかし、その視線はすぐにスコールの後ろにいるバッシュたちに気づき、ハッと目を見開いた。
「やだ、お客様!?早く言ってよ!」
彼女は、顔を真っ赤にしながら慌てて髪を整え、ローブの裾を掴んで身だしなみを直した。その必死な様子に、バッシュたちは呆気にとられて、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「ほら、また怒られる…」
スコールは、困ったように肩をすくめ、彼らに向かって言った。
「あー…すまない、紹介する。こいつは助手でエリザベスだ。見ての通り、ヒステリックで口うるさいが、すごく優秀な奴だ!」
スコールが言い終わるか終わらないかのうちに、エリザベスは間髪入れずに彼の腹にグーパンチを叩き込んだ。
「いっ…痛っ!」
スコールはうずくまり、呻き声を上げる。そのやり取りに、エライザとアリサは顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。
「はじめまして…スコールさんには、王都までの道のりを案内してもらった、バッシュです。」
バッシュは、スコールがうずくまっている間に自己紹介を済ませた。エライザとアリサも、少し照れながら自己紹介を続ける。
「はじめまして!アリサです!そっちは…」
「エライザです…」
アリサに促され、エライザは小さな声で挨拶をした。彼女はまだ少し緊張しているようだ。
「はじめまして、助手をしております、エリザベスです。リズと呼んで下さって構わないわ。スコールの説明はすべて無視して。私はかわいい優秀な助手です。」
エリザベスは、スコールに聞こえるように、わざとらしく強調して自己紹介をした。その言葉に、スコールは再び「おい!」と声を上げて反論しようとするが、リズの鋭い視線に口を閉ざした。
リズは、バッシュたちの身なりを見て、少し戸惑った表情を浮かべた。
「あの…旅の途中でしたら、まずは身なりを整えてください。シャワーもありますし、着替えも…」
「いいんだよ、リズ!彼らは俺の命の恩人なんだ!まずは、客間を案内してやれ。それから、『ハンドガン』の練習を…」
スコールが言いかけたところで、リズは彼の言葉を遮るように、再び鋭い視線を向けた。
「それは、私が判断します。お客様。まずは、ゆっくりお休みください。旅の疲れを癒して、それから…話を聞かせてもらいますわ。」
リズの言葉は、冷たく、そしてどこか威圧的だった。しかし、その瞳の奥には、バッシュたちへの警戒心と、そしてスコールに対する深い信頼が隠されているようだった。
バッシュは、スコールとリズの複雑な関係を理解しようとしながら、静かに頷いた。彼らの旅は、また新たな人間関係と、そして新たな謎に満ちた場所へと足を踏み入れたのだった。
リズに案内されて通された客間は、外観の無骨さとは裏腹に、驚くほど清潔で整頓されていた。簡素なベッドが三つ並び、小さなテーブルと椅子が置かれている。一見すると、どこにでもある普通の客間だ。
「疲れたでしょう。まずはゆっくり休んでください。夕食の時間になったら、呼びに来ますわ。」
リズは、そう言って部屋を出て行った。扉が静かに閉まり、彼らは三人きりになった。
「いやー、びっくりしたな。まさかスコールさんに、あんな怖い助手がいるなんて…」
アリサがそう言って、ベッドにどさりと座り込む。エライザもまた、疲れた顔でベッドに腰掛けた。バッシュは、部屋の様子をじっと見回している。
「…なんだか、変わった部屋だな。」
バッシュの言葉に、アリサとエライザは顔を上げた。
「そうかな?すごく綺麗だし、普通の部屋に見えるけど…」
アリサが首を傾げた。しかし、バッシュは依然として違和感を覚えていた。
「いや…なにかが違うんだ。」
バッシュはそう言うと、テーブルに近づき、その表面に手を置いた。表面は滑らかで、木製のように見えるが、温かみがない。まるで、完璧に作られた、本物そっくりの偽物のように感じられた。
次に、彼は窓に近づいた。窓の外には、王都の街並みが広がっている。しかし、その景色はあまりにも完璧で、まるで絵画のようだった。バッシュが手を伸ばし、窓に触れると、ひんやりとしたガラスの感触が返ってきた。
「この窓…外の景色が、まるで動いているようだ…」
バッシュの言葉に、アリサとエライザも窓に近づいた。彼らが窓の外を見つめていると、ちょうど、魔導車がゆっくりと通り過ぎていく。しかし、その魔導車の動きは、どこか不自然に滑らかで、まるで映写された映像のようだった。
「もしかして、これって…」
アリサが、はっとしたように、窓の縁を叩いた。すると、窓全体に、小さなひび割れのような光の線が走った。そして、その光の線が消えると、窓の外の景色もまた消え、代わりに、壁一面に無数の魔力回路が浮かび上がった。
「うわぁ!なんだこれ!?」
アリサが驚きの声を上げる。バッシュもまた、信じられないといった表情で、その光景を見つめていた。
「この窓は…本物の窓じゃない。壁に埋め込まれた、魔力で景色を映し出す装置…投影魔法の一種?」
バッシュの推測に、エライザが静かに頷いた。彼女の透き通った瞳は、その魔力回路の複雑な構造を、じっと見つめている。
「そうみたい…でも…なんでこんなことを?」
エライザの素朴な疑問に、バッシュは答えられなかった。単純に何も分からないからだ。
彼らは、この一見普通の客間が、ローレル王国の技術と秘密が詰まった、奇妙な部屋であることを悟った。そして、この場所での滞在が、彼らにとって、単なる休息ではないことを予感させるのだった。




