第5章 (5)別世界
スコールが持つ板状の機械をかざすと、光の壁は揺らぎながら彼らのために道を開けた。光の向こう側は、先ほどまでいた街道とは全く異なる、別世界が広がっていた。彼らが光の壁をくぐり抜けると、その壁は再び揺らぎ、跡形もなく消え去った。
「さてと、君たちの滞在許可証を発行しないとな。王都を散策するには、これがないと困るんだ。」
スコールはそう言うと、光の門番がいたはずの、何もない空間に向かって声をかけた。
「バッシュ、エライザ、アリサ、の名前登録、保証人スコール、この三名の滞在許可証を発行してくれ。」
その声に、何もなかったはずの空間が、わずかに揺らめく。そして、空中に淡い光の文字が浮かび上がり、彼らの目の前に三枚のカードが静かに現れた。そのカードは、光を放ち、彼らの手の中に吸い込まれるように収まった。
「これは…?」
バッシュが呆然と尋ねると、スコールは満足げに笑った。
「これが滞在許可証だ。君たちの簡単な個人情報をこのあと入力して、身分を証明してくれるものとなる。これで街のどこにでも入れるし、公共の交通機関だって利用できる。ま、とりあえず今は君たちは徒歩だけどね。」
スコールは、そう言いながら、自分の機械の馬を指さした。
「ああ、それと。君たちの馬はここに預けていくことになる。この先は、俺の馬以外、この街の交通を乱すことになるからな。それと…」
スコールは、バッシュの腰の剣に視線を向けた。
「その剣は、街の中では控えてくれ。ここには剣を持った人間はいなくもないが目立つ。」
バッシュは、スコールの言葉に警戒しながらも、頷き、剣を布でまき、背に背負うことにした。この街の秩序は、彼の知るものとは全く違うようだ。
「よし、じゃあ行こうか。ここからは徒歩で案内するよ。君たちには、ゆっくりと、この街の素晴らしさを堪能してもらいたいからね。」
スコールは、そう言って自分の馬に歩き出す。馬は、スコールの後ろを、まるで忠実な犬のように付いてくる。バッシュたちは、彼に続いて歩き始めた。
街の中は、驚きと感動の連続だった。彼らが知る皇都バリスは、古くから続く荘厳な石造りの建物や、木材を組んで作られた家々が立ち並んでいたが、この王都ギアハルトは、まるで違う世界だった。
高く四角い建物は、光沢のある白い素材で作られており、ガラス張りの壁からは、人々が忙しく行き交う姿が見える。
通りを見れば、先ほど街道で見た魔導車が行き交っている。
エライザが、目を輝かせて、通り過ぎていく魔導車を指さした。アリサもまた、感嘆の声を漏らす。
「まるで、生きている街みたいだ…!」
エライザとアリサは、まるで初めておもちゃを与えられた子どものように、興奮して周囲を見回していた。その視線は、行き交う人々の服装や、奇妙な形をした看板、そして、壁に埋め込まれた、色とりどりの光を放つ魔力パネルに注がれていた。
バッシュもまた、信じられないといった表情で、ただ周囲を見つめていた。彼の知る世界は、土と木と、そして魔法の力で成り立っていた。しかし、この街は、その全てを覆している。
スコールは、そんな彼らの反応を、得意げに眺めていた。
「どうだい?すごいだろ?この街は、全てが『科学の力』で動いているんだ。街を歩いている人々も、みんな忙しそうに見えるだろ?ここは研究都市だからな。誰もが自分の得意なことを研究したり、開発したりしているからさ。」
スコールの言葉に、アリサは不思議そうに問いかけた。
「でも、どうしてそんなにみんな忙しそうなんだい?皇都の人たちは、もっとゆっくりと…」
「それは、君たちの国が『不完全な力』に頼っているからさ。皇都の人たちは、魔力に依存しすぎている。ローレルは魔力が少ないがゆえに違う形でのエネルギーが必要なため、日々研究しているのさ。」
スコールの言葉に、バッシュは静かに耳を傾けた。彼の言葉は、彼がこれまで信じてきた世界観を根底から揺さぶるものだった。
「この街の全てのエネルギーは、『魔力増幅炉』から供給されている。だから、人々は安心して、自分の好きな研究に打ち込めるんだ。これが、僕らの『自由』さ。」
スコールは、そう言って、得意げに胸を張った。
エライザは、スコールの言葉を静かに聞いていた。そして、街の様子を改めて見つめる。そこには、笑顔で談笑したり、真剣な顔で何かの機械を修理したり、本を読んだりしている人々がいた。彼らの瞳には、バッシュたちが見たことのない、生き生きとした光が宿っていた。
「…すごいね…」
エライザは、静かに呟いた。その声には、驚きと、そして深い感動がこもっていた。
バッシュは、そんなエライザの言葉に何も答えず、ただ黙って、この街の光景を心に焼き付けていた。彼の旅は、真実を探す旅だ。そして、その真実は、彼が想像していたよりも、遥かに複雑で、巨大なものなのかもしれない。
スコールの案内に従い、一行はさらに王都の奥へと足を進めた。街の風景は、彼らがこれまで見てきたどの場所とも違っていた。道路は常に清潔に保たれ、道端にはゴミ一つ落ちていない。街路樹の葉は、まるで作り物のように完璧な形をしており、歩いていると、どこからともなく優しい音楽が聞こえてくる。
「すごい…!この音楽、どこから聞こえてくるんだろう?」
エライザが、不思議そうに首を傾げた。その透き通った瞳は、街の隅々にまで好奇心を満ち溢れさせている。
「ああ、それは『音響魔石』さ。街のいたるところに埋め込まれていて、人々をリラックスさせる音楽を流している。僕らの体調や感情に合わせて、音色だって変えることができるんだ。」
スコールが誇らしげに言うと、アリサは感嘆の声を上げた。
「信じられない…僕らの国じゃ、音楽は魔術師か吟遊詩人が奏でるものなのに…」
バッシュは、そんな彼らの会話を耳にしながら、頭を上げて周囲を見渡した。どこまでも続く四角い建物、行き交う魔導車、そして街の隅々まで張り巡らされた、まるで生きているかのような魔力回路。すべてが完璧に制御され、無駄なものがない。
(全てが…制御されている…?)
まるで、この街そのものが、一つの巨大な「機械」であるかのように感じられた。自由なようで、その実、この街の住人は、この「機械」の歯車の一部に過ぎないのではないか。バッシュは、言い知れない不安を感じていた。
その時、スコールが突然立ち止まり、彼らが向かう先に指をさした。
「ほら、あそこだ。俺の研究所だよ。」
スコールの指差す先には、他の建物とは一線を画す、無骨で巨大な石の箱の塊があった。窓はほとんどなく、まるで要塞のようだ。壁には、いくつものパイプが複雑に絡み合い、煙突からは、時折、白い煙が立ち上っている。
「なんだか、怖い建物だね…」
エライザが、不安げにバッシュの服の裾を握った。アリサもまた、その威圧的な外観に、思わず身を縮めた。
しかし、スコールはそんな二人の様子を意に介さず、豪快に笑った。
「ははは!だろ?みんなそう言うんだ。でも安心しな。中はもっとすごいぞ!さあ、早く入ろう!」
スコールはそう言って、研究所の入り口へと駆け出した。彼の言葉に、バッシュは複雑な表情でエライザとアリサを見つめ、静かに頷いた。彼らの旅は、今、新たな局面を迎えようとしていた。




