第5章 (4)王都ギアハルト
スコールを先頭に、バッシュたちはローレル王国の王都へと続く道を走り始めた。人工の森を抜けると、道は驚くほど広くなめらかな道へと変わっていた。
「ここから先は、ローレル王国の技術の粋を集めた、特殊な街道さ。」
スコールが自慢げにそう言うと、アリサは好奇心いっぱいに馬を下りて、足元の地面に触れた。
「これは…石畳じゃないな。まるで、一つの大きな石でできているみたいだ…。」
バッシュも馬から降りて、地面に触れた。熱を帯びてはおらず、ひんやりとした感触がある。そして、その表面はまるで鏡のように滑らかで、彼らが知っているどの素材とも違っていた。
「当然さ。これは僕らが独自に開発した『魔力圧縮ガラス』でできているんだ。地面に埋め込まれた魔導の装置で、砕いた石や砂を高熱で溶かし、一瞬で圧縮して固めている。だから、雨風にさらされても劣化しないし、何百年も変わらない耐久性を持つ。それに、この街道には光を通す魔力素が練り込まれていてね…夜になると、月明かりを吸収して、ぼんやりと光り輝くのさ。」
スコールの説明に、バッシュとアリサは信じられないといった表情で顔を見合わせた。自分たちの国では、考えつかないことが、この国では当たり前のように行われているのだ。
エライザは、街道の縁に咲く、見たこともない色とりどりの花を眺めながら、静かに呟いた。
「すごい…皇国の街道は、いつも埃っぽくて…でも、ここはすごく綺麗…」
その言葉に、バッシュは静かに頷いた。皇国の街道は、土を固めただけの道や、手作業で敷き詰められた石畳がほとんどだ。しかし、この国の街道は、まるで工芸品のように、その美しさを保ち続けている。
街道をさらに進むと、彼らの目に飛び込んできたのは、見たこともない奇妙な乗り物だった。車輪を持たず、宙にわずかに浮きながら静かに通り過ぎていく。その乗り物には、数人の人間が乗っており、皆が笑顔で談笑している。
「あれは…なんだ?」
バッシュが思わず尋ねると、スコールは得意げに胸を張った。
「あれは『魔導車』さ。魔導の力で空中を浮遊して移動するんだ。小さな魔導機関を積んでいる。もちろん、操縦士はいらない。この街道に埋め込まれた制御装置と同期して、自動で設定されている目的地まで連れて行ってくれるんだ。何処へでもと言うわけじゃない。魔導制御装置が埋め込まれているところだけだよ。」
スコールはそう言って、彼らが馬を走らせる横を通り過ぎていく魔導車に軽く手を振った。魔導車の窓から、乗っていた人々が楽しそうに手を振り返す。
「信じられない…魔法じゃないのに、こんなことができるなんて…」
アリサは、驚きで目を丸くしていた。彼女が知っている魔術では、乗り物を宙に浮かすことすら、相当な魔力と技術が必要だ。しかし、この国では、それが当たり前のように使われている。
道中、彼らは他にも多くの奇妙な光景を目にした。空中に浮かぶ巨大な広告看板。誰もいないのに勝手に動く掃除用の機械。そして、街道の脇には、見たこともない複雑な形をした建物が立ち並び、ガラス張りの壁からは、人々が忙しそうに働いている姿が見えた。
バッシュは、その光景をただ黙って見つめていた。彼の知る世界とは、あまりにもかけ離れた、まるで夢のような光景だった。しかし、その夢のような光景は、彼に一つの疑問を抱かせた。
「スコール。どうして…こんなに発達しているのに、ローレル王国は戦争を恐れているんだ?」
バッシュの真剣な問いかけに、スコールは一瞬だけ表情を曇らせ、静かに答えた。
「それは、技術が全てを解決するわけじゃないからさ。脆弱な部分も存在する。それに、この国には、君たちが想像する以上に、『力』に取り憑かれた人間がいるんだ。後で話そう。」
その言葉は、彼らの心に重くのしかかった。スコールの言葉の奥には、ローレル王国の抱える深い闇が潜んでいるようだった。
街道は次第に、より複雑な構造を持つ巨大な街並みへと続いていった。遠くに、まるで空に突き刺さるかのような、銀色に輝く巨大な塔が見える。あれが、ローレル王国の王都の象徴なのだろう。
そして、彼らの前に、巨大な門が現れた。しかし、その門は、彼らが知っている王城の門とは全く異なっていた。城壁はなく、代わりに、巨大な銀色の柱がいくつもそびえ立っている。その柱には、無数の魔力回路が刻まれ、中央に巨大な光の壁が輝いている。
バッシュたちは、その門の前に馬を止め、スコールを見つめた。
「着いたぞ。ここが、ローレル王国の王都の門だ。」
スコールがそう言って、馬から軽やかに降りる。その光の壁は、まるで生きているかのように揺らめいており、その先を遮っていた。
「おい、スコール。門がないじゃないか。どうやって入るんだい?」
アリサが焦ったように尋ねた。
スコールは、そんなアリサの言葉に、にやりと笑い、腰のケースから奇妙な機械を取り出した。それは、彼の掌に乗るほどの小さな板状のもので、いくつかボタンが付いている。
「はは、心配するな。この門は、ただの門じゃない。生体認証システムだ。」
スコールはそう言って、その小さな機械を、光の壁にかざした。すると、機械から放たれた光が、光の壁に吸収されていく。光の壁が、まるで水の波紋のように揺らめき、中央からゆっくりと開いていった。
「さあ、入ろうか。ようこそ、ローレル王国の王都『ギアハルト』へ。」
スコールは、そう言って、光の壁の向こうへと足を踏み入れた。バッシュたちは、その驚きの光景を目の当たりにし、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
彼らの旅は、今、新たなステージへと向かおうとしている。




