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key〜光の先へ〜  作者: 初 未来
第5章 科学技術の王国

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第5章 (1)人工の森

 バッシュは、全身を駆け巡った激しい痛みの後、信じられないほど柔らかな光に包まれていた。馬の歩みを止め、周囲を見渡す。


「エライザ、大丈夫か?」


 バッシュは、背中から彼女の華奢な体を抱きしめ直しながら確認した。エライザは、まだ少し震えていたが、握りしめていたペンダントを胸元に戻すと、ゆっくりと顔を上げた。


「うん…大丈夫だよ。バッシュ、アリサさんは?」


 彼女の瞳は、目の前に広がる光景を映していた。そこは、先ほどの鬱蒼うっそうとした森とは全く異なる場所だった。柔らかな木漏れ日が、まるで黄金のシャワーのように降り注いでいる。足元の苔は、まるでビロードのように滑らかで、踏みしめてもほとんど音がしない。そこかしこに、見たこともない色鮮やかな花々が咲き乱れ、甘い香りが漂っている。空気はひんやりと澄み切っており、肌を優しく撫でていくようだった。


「…無事だよ…」


 背後から、アリサの声が聞こえた。バッシュとエライザが振り返ると、アリサは馬の上で、疲労困憊ひろうこんぱいといった表情で片手を上げていた。


「すごいね…全身を針で刺されたような痛みだったのに、ここは何の痛みもない…」


 アリサはそう言って、ホッと安堵の息を吐いた。


 その間、スコールは彼らが無事結界を抜けるのを待っていた。彼は、馬の上で腕を組み、不敵な笑みを浮かべていた。


「無事に抜けられたな。まあ、僕の馬が知ってる道だからな、当たり前だけどさ。」


 スコールは、そう言いながら馬から軽やかに降り立ち、周囲を指差した。


「ここからは、僕の…いや、俺の世界だ。魔術とは違う、科学と魔法が混在する世界。ようこそ、ローレル王国へ。」


 バッシュたちは、馬を降り、森の奥へと足を進めた。背後からは追っ手の気配はもう感じられない。皇国の結界を突破してしまえば、彼らが追いかけてくることはないだろう。


「…それにしても、人工の森だなんて、信じられないな。」


 バッシュは、周囲の木々を見上げながらつぶやいた。木々の葉は、どれも均一な輝きを放ち、まるで完璧な設計図に基づいて作られたかのようだ。


「だろう?この霧の森は、ただの森じゃない。僕らの『魔法工学』の粋を集めた、巨大なシステムなんだよ。」


 スコールは胸を張って答える。


「システム?」


 アリサが眉をひそめてたずねる。彼女もまた、この森の異様なまでの美しさに戸惑いを覚えているようだった。


「ああ。まず、この森全体に張り巡らされた『魔力循環路』。地中を流れる水脈と、樹木の根を伝って、王国中から集められた魔力が、この森を生命で満たしている。その魔力を利用して、空気中の水分をコントロールし、あの美しい『霧』を発生させるんだ。これが、森の外から来る敵の視界を遮り、道を見失わせる。」


 スコールは、説明しながら、足元の苔を指差した。


「そしてこの苔も、ただの苔じゃない。高密度に魔力が圧縮されていて、異常を感知する。」


 バッシュは驚愕して、自分の足元を見下ろした。踏みしめても音がしないどころか、自分たちの存在さえもこの森には筒抜けだというのか。


「…まるで、生きている迷宮みたいだね。」


 エライザが、バッシュの背後から、感嘆の声を漏らした。彼女の透き通った瞳は、森の神秘的な光を映し出している。


「その通り!加えて、この森に咲いている花々は、ただ観賞用じゃない。季節や時間に応じて、異なる香りの魔力素を放出し、森の生態系を維持する。例えば、夜になると、外敵が嫌うような香りを放ったり、逆に、ローレル王国の人々が好むような、安らぎの香りを発したりもする。」


 スコールは得意げに笑った。


「もちろん、この森はただの迷宮じゃない。この森は、貴重な資源を生成する畑だ。この森でしか育たない薬草や、特殊な魔石を生み出す鉱脈も、僕らの技術によって作り出されている。王国を豊かにするための、生きた工場でもあるのさ。」


「…とは言え、だ」


 スコールは、急に真顔に戻ると、一つ息を吐いた。


「僕らがこの森を作り出したのは、単純に資源が欲しかったからだけじゃない。ローレル王国は、はっきり言って魔力が潤沢な国じゃないんだ。アイシア皇国に比べれば、魔力はほとんどないに等しい。だから、魔力も人工的に、まるで水や電気のように増幅させて使っている。」


 その言葉に、バッシュとアリサは顔を見合わせた。


「…人工的に、魔力を増幅…?」


 バッシュが困惑したように問い返す。それは、彼が知る世界の常識を根底から覆すものだった。魔力は、自然界に存在するものであり、人が増やすことなどできない、と教えられてきたのだ。


「ああ。自然に頼れないからこそ、僕らは知恵と技術でそれを補ってきた。この『霧の森』は、その最たる例だ。魔力の弱い土地でも、効率的に魔力を生み出し、循環させるための装置なんだ。」


 スコールの説明は、バッシュの想像を遥かに超えていた。


「魔力がないからこそ、魔力を生み出す技術を発達させた…」


 アリサは、感心したようにつぶやいた。彼女もまた、皇国の民として、魔力は生まれ持った才能であり、土地の豊かさに左右されるものだと教えられてきた。しかし、この国は、その常識すらも覆している。


「…この国は、本当にすごいな。」


 バッシュは、森の奥に広がる見知らぬ世界に、畏敬の念を抱きながら、深く息を吸い込んだ。


 スコールは、周囲の木々を見回し、安心したように言った。


「まあ、もう追っ手は来ないだろう。少し休むか。」


 バッシュは、隣を歩くアリサと、背後にいるエライザをちらりと見た。アリサの顔には疲労の色が濃く、エライザはバッシュにもたれかかるようにして、か細い足取りで歩いている。エライザの守護の力は、まだ彼女が完全に制御できるものではない。発動には、想像以上の魔力と体力を消費するのだろう。


「ああ、そうしよう。」


 バッシュはそう答えると、適度な広場を見つけ、野営の準備を始めた。アリサは率先して焚き火の準備を始め、手際よくまきを集めていく。エライザは疲労からか、バッシュにもたれかかったまま、小さく呼吸を繰り返していた。

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