第4章 (13)国境へ
その時だった。
「やれやれ…」
後ろから、スコールの呆れたような声が聞こえてきた。彼は、馬上で腰から奇妙な機械的な筒のようなものを取り出すと、小さな弾を込めた。それは、剣でも魔法の杖でもない、彼らの知らない武器だった。
スコールは筒をキマイラに向け、迷うことなく《《引き金》》を引いた。パーン、と乾いた、しかし大きな音が森に響き渡る。撃ち出された弾は、閃光を放ちながらキマイラの山羊の頭に命中した。
瞬間、キマイラは、まるで時間が止まったかのように動きを止め、全身が氷に覆われていく。その炎は、勢いを失い、やがてかき消えた。
バッシュは、その信じられない光景に、思わず息をのんだ。
「な…なんだ…?」
「魔法…なのか?水魔法…!?」
アリサもまた、驚きと困惑の表情でスコールを見つめる。
スコールは、キマイラが完全に凍りつくのを確認すると、高らかに叫んだ。
「一時的な足止めにしかならないだろう!すぐに動き出すぞ!」
彼の言葉に、バッシュとアリサはハッと我に返った。バッシュは、キマイラと剣士たちの間をすり抜けるように馬を走らせた。エライザの結界が、まだかろうじて彼らを守っている。
「走れ!国境はもうすぐだ!」
スコールの声が、彼らの背中を押す。
凍りついたキマイラと、戸惑う剣士たちを置き去りにし、バッシュたちは、ローレル王国へと続く道をひたすらに走り続けた。
バッシュたちは、スコールの馬の奇妙な動きに導かれるまま、ひたすら森の奥へと馬を走らせた。背後からは、キマイラの凍りついた体が砕け散った音が聞こえ、追っ手たちが再び迫ってきている気配がする。このままでは、また追いつかれてしまうだろう。
「国境って言ったって、国交なんてないんだろ?道なんてないじゃないか!」
アリサが焦った声でスコールに問いかける。彼らの前には、どこまでも続く木々の壁と、時折現れる険しい岩場があるだけだ。
スコールは、そんなアリサの言葉に、にやりと笑って応えた。
「その通り!道なんてないさ!このローレル王国とアイシア皇国の間には、古代から続く強力な結界が張り巡らされている。だが、その結界にも、わずかな隙間があるんだ。そこから突入するしかない!」
スコールの言葉に、バッシュの眉間に深い皺が刻まれる。
「結界…触れればどうなる?」
バッシュの問いに、スコールの顔から笑みが消えた。
「生きては済まないだろうな。運が悪ければ、そのまま命を落とすことだって珍しくない。皇国が誇る最高の魔導師たちが、何代にもわたって築き上げてきたものだからな。強力な魔法の力を持つ君たちでも、触れればただでは済まない。」
彼の言葉は、彼らの心に重くのしかかった。しかし、スコールは再び胸を張り、自信に満ちた表情で言った。
「だが、心配はいらない!僕のこの馬が、その隙間を知っている!」
そう言って、スコールは自分の馬の首をぽんと叩いた。機械仕掛けの馬は、まるで応えるかのように、わずかに光を放った。
「要するに…あんたは知らないのね?」
アリサが、呆れたように呟く。するとスコールは、不敵に笑って言い放った。
「おう!知らん!」
バッシュは、そのあまりにも無責任な言葉に、思わず顔をしかめた。
「…大丈夫なのか、それ…?」
「任せてくれ!僕の馬は優秀だ!」
スコールの言葉が信頼できるのか、それともただの楽観主義なのか、判断がつかないまま、彼らはさらに速度を上げた。背後からは、追っ手たちが馬を走らせる音が、次第に近づいてくる。彼らに残された時間は、もうほとんどなかった。
その時、スコールの馬が、突然、進路を大きく変えた。まるで何かに導かれるかのように、木々の隙間を縫い、険しい岩場へと向かっていく。スコールは、馬の反応を確かめるように、手元の計器を覗き込む。
「ここだ!ここしかない!」
スコールが叫んだ。彼の指差す先には、他の場所と何ら変わりない、ごく普通の岩壁があるだけだ。だが、その岩壁に近づくと、空気の流れがわずかに変わるのを感じた。
「行くぞ!」
スコールはそう叫び、迷うことなく、馬ごと岩壁に突っ込んでいった。
バッシュは、目の前の信じられない光景に、一瞬躊躇する。しかし、背後からは、剣士たちの怒声と、キマイラの咆哮が聞こえてくる。
「行くぞ、エライザ!」
バッシュが叫ぶと、エライザは、恐怖で体を震わせながらも、彼の背中を強く抱きしめた。
「うん…!」
バッシュは、意を決し、馬の腹を強く蹴った。彼とエライザを乗せた馬は、スコールの後を追うように、結界の隙間へと突っ込んでいく。
「え、え、ちょっと待って!心の準備が…!」
アリサの悲鳴が聞こえたが、時すでに遅し。アリサの馬もまた、彼らの後を追うように、結界の隙間へと突入していった。
瞬間、彼らの視界が、白い閃光に包まれた。全身を、まるで無数の針で刺されるような激しい痛みが襲う。しかし、それは一瞬で、次の瞬間には、彼らは全く別の場所に立っていた。
そこは、先ほどの森とは全く違う場所だった。澄んだ空気に満ち、柔らかな木漏れ日が降り注ぐ、幻想的な森。彼らは、ついにローレル王国の地に足を踏み入れたのだった。




