第4章 (12)機械仕掛けの馬
バッシュたちは、スコールの先導のもと、ローレル王国へと続く森の中の険しい道をひた走っていた。その道は、セレス大僧正が口にした、誰もその深部に到達したことのない未開の地「星屑の海」の脇道だ。国境が近いとはいえ、国交のないこの場所には、整備された街道や人通りは全くない。獣道のような険しい道が続いている。
スコールの馬は、バッシュやアリサの馬よりも一回り大きく、滑るように静かに走る。馬、というよりは、まるで生き物のように動く機械のようだった。スコールは、その馬の上で飄々とした表情を崩さず、時折、手元の小さな計器のようなものを覗き込んでいる。
「いやー、快適だね、君たちの馬も。ウチの馬は乗り心地はいいんだけど、たまにゴーストを拾うからさ。馬ってのは難しいもんだね!」
スコールはそう言って、冗談めかして笑った。彼の言う「ゴースト」が何なのか、バッシュとアリサには全く理解できなかった。
アリサは興味津々といった様子で、スコールの馬の奇妙な造形をじっと見つめている。
「へえ、ゴーストって何だい?幽霊のことかい?」
アリサが尋ねると、スコールは面白そうに微笑んだ。
「まあ、そんなところかな。この馬は、ローレル王国の最新技術、『魂を宿した機械』さ。魔導の力を利用して動いているんだ。乗り手の意思を汲み取って、自動でルートを選んでくれる優れものだよ。ただ、時々、その場所に残された思念みたいな、この場所の記憶みたいなものを感知することがあってね。それを僕らはゴーストって呼んでるんだ。」
スコールの言葉に、バッシュとエライザは驚きを隠せない。魔導の力を利用した馬。それは、彼らの世界では、夢物語のような技術だった。
「それに、この馬のコアになっている部分に、何か、未解明な力があるみたいでさ。時々、道なき道を勝手に進もうとするんだ。僕の知らない場所へとね。」
スコールはそう言って、再び手元の計器を覗き込んだ。彼の瞳は、好奇心に満ち溢れ、まるで未知の真実を探求しているかのように輝いている。
バッシュは、スコールの言葉を聞きながら、以前話していた「ローレル王国は科学技術が強い国だ」という言葉を思い出していた。そして、スコールの馬のコアに宿るという「魂」や「ゴースト」という言葉に、彼の心はざわついた。エライザの故郷を襲った悲劇。その裏には、科学の力で「力」を解き明かそうとしたローレル王国の存在があった。
(スコールは…本当に、信用できるのか…?)
バッシュは、再びスコールへの警戒心を強め、馬の速度を少しだけ落とした。エライザは、そんなバッシュの複雑な心境には気づかないまま、スコールの馬を珍しそうに見つめていた。
「すごいね…!あんな馬、初めて見たよ…!」
「ああ、そうだな。」
バッシュは、エライザの無邪気な言葉に、少しだけ表情を和らげた。
その時、遠くから、何か動物が唸るような、不気味な音が聞こえてきた。その唸り声は、次第に大きくなり、彼らが走る道の先から聞こえてくる。
「なんだ、この音は…?」
アリサが不安げに尋ねた。スコールは、手元の計器を覗き込むと、その顔から笑顔が消え、真剣な表情へと変わった。
「…まずいな。これは、僕の馬が拾ったゴーストじゃない。生きているものの気配だ。しかも、複数…」
スコールは、馬の速度を速め、先を急ぐ。バッシュとアリサも、その言葉に、再び緊張感を高め、スコールの後を追った。
やがて、彼らの視界が開けると、信じられない光景が目の前に広がっていた。行く手を塞ぐように、三つの人影が立っている。その中心に立つのは、見慣れた緑のローブをまとった魔術師。そして、その両脇には、重厚な鎧を身につけ、巨大な剣を携えた二人の剣士が控えている。そして、魔術師の足元には、三つの動物が不気味な唸り声をあげていた。ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ、伝説の魔獣キマイラだ。
「まさか…!?」
バッシュが、息を呑んだ。それは、彼らの旅を阻む、皇国の追っ手たちだった。
「ついに見つけたぞ、巫女の娘!」
緑のローブの魔術師が、高らかに叫ぶ。その声には、執念にも似た狂気が宿っていた。
「逃げるぞ!」
スコールの叫び声が、森に響き渡る。キマイラが、唸り声を上げ、彼らに向かって走り出した。
「いや、逃げられない…!」
アリサが顔を青ざめさせた。目の前をふさぐ敵を避けるには、急な崖を登るか、深く険しい星屑の海の森の中に入るしかない。しかし、どちらの道を選んでも、追っ手からは逃げ切れないだろう。
「このまま、突破する!国境へ抜ける!」
バッシュは、背中のエライザを強く抱きしめ、迷うことなくそう叫んだ。キマイラの咆哮が、彼の決意をさらに強くさせる。バッシュは、馬の腹を強く蹴り、追っ手たちに向かって、まっすぐに馬を走らせた。
「無茶だ!」
アリサが叫ぶが、バッシュは振り返らない。エライザもまた、バッシュの背中にしがみつき、強く目を閉じた。
彼らの旅は、ローレル王国という、想像を遥かに超えた強大な力を持つ国の前に、今、立ちはだかっていた。
バッシュは、背中にしがみつくエライザを強く感じ、馬の腹を蹴って加速した。向かう先には、重厚な鎧をまとった二人の剣士と、不気味な唸り声を上げるキマイラ。彼らが立ちはだかる場所こそ、ローレル王国へと続く唯一の道だった。
「無茶だ!」
アリサは叫んだが、すぐに覚悟を決めたようにバッシュの後を追う。
「やれやれ、無茶しやがって…」
そのさらに後ろを、スコールが呆れたように呟きながらついてくる。
彼らが馬を走らせると、キマイラのライオンの頭が咆哮を上げた。その鋭い爪が、バッシュの馬を狙って飛んでくる。バッシュは身を捻ってそれをかわすと、すかさず右手の指を滑らせて剣を鞘から抜き放った。剣先が閃光を放ち、キマイラの爪を弾き飛ばす。
「うああああっ!」
エライザの悲鳴が耳元で聞こえる。キマイラのもう一本の爪が、バッシュの頬をかすめた。鋭い痛みが走り、生暖かい血が流れ出す。しかし、バッシュは怯まなかった。彼の瞳には、エライザを守り抜くという強い意志の光が宿っている。
その間にも、二人の剣士が、巨大な剣を構え、彼らの進路を塞ぐように動いていた。アリサは、背負っていたリュートを盾のように構え、迫りくる剣士の攻撃を受け止めながら、必死に防御する。キン、と金属がぶつかる高い音が響き渡り、火花が散った。
「くっ…!」
アリサは、一人の剣士の攻撃を受け止めるので手一杯だった。もう一人の剣士が、バッシュの馬に迫ってくる。
その時、バッシュの背中にしがみついていたエライザが、恐怖に震えながらも、祈るように胸元に手を当てた。彼女の指先には、故郷で身につけていたペンダントが握られている。
「どうか…どうか、バッシュを守って…!」
エライザの祈りが通じたのか、ペンダントから淡い光が放たれ、バッシュと彼女を包み込んだ。その光は、まるで揺らめく薄い膜のように二人を覆い、剣士が振り下ろした剣を弾き飛ばした。
「な、なんだ!?」
剣士が驚き、後ずさる。
しかし、その隙をキマイラは見逃さなかった。山羊の頭が、口から炎を吐き出し、バッシュたちに襲いかかる。その炎は、エライザの張った結界を焼き尽くす勢いだ。
バッシュは回避しようとするが、どう見ても間に合わない。エライザの結界も限界にきていた。




