第4章 (11)昔話
皇都バリス。治療院は、シルヴァという圧倒的な存在の抑止力により、静寂と平和を保っていた。しかし、ロイドの心は休まることがない。彼は、治療院に眠るグラハムのベッドの傍らで、静かに考えを巡らせていた。スカーレットから得た情報。彼女が必死に否定した「第一魔術師団」と、緑のローブの集団。そして金の耳飾りをつけた女。ロイドは、皇国騎士団の内部が、彼らが思っていた以上に深く腐敗していることを確信していた。
「やはり…グラハム様が目覚めるのを待つしかないのか…」
ロイドは、そう呟き、眠り続けるグラハムの顔を見つめた。しかし、グラハムがいつ目覚めるのかは分からない。その間にも、時が経てば、状況はさらに悪化するだろう。
「考えすぎても仕方ない。他にもできることはあるはずだ。」
ロイドはそう言うと、シルヴァが腰掛けている椅子へと向き直った。シルヴァは、静かに目を閉じていたが、ロイドの気配を感じ取ったのか、ゆっくりと目を開けた。
「どうかしたか、ロイド。ずいぶんと顔色が悪いぞ。」
「シルヴァ様…少し、お話が…」
ロイドは、スカーレットから得た情報、そして自身の推測を、シルヴァにありのままに語った。
「…やはり、騎士団の関与は間違いないかと。しかし、それが皇帝陛下の命なのか、それとも一部の暴走なのか…それが、私には分かりかねるのです。」
ロイドの問いかけに、シルヴァは静かに頷いた。彼の表情は、まるで宇宙の星々を読み解くかのように険しい。
「…うむ。皇帝が、この国に滅びをもたらすような命令を下すとは考えにくい。この騒動の根底にあるのは、お前たちも聞いたであろう、あの『力』だ。」
シルヴァは、その言葉を重々しく口にした。
「奴らの目的は、その『力』を手に入れることにある。だが、そのために禁忌を犯し、エルフの里を滅ぼし、グラハムを襲った。こんなことができるのは…」
シルヴァは、そこで言葉を区切ると、ロイドの顔をじっと見つめた。
「…禁忌を犯す…おそらく行動したのは第一魔術師団だろう。あるいは、過激な皇族の一部の者が、奴らをそそのかしているのか…。」
シルヴァの言葉に、ロイドは深く考え込んだ。皇国は、皇帝を頂点とした絶対王政の国だが、その実権は、いくつもの貴族階級が握っている。その中で、ローレル王国を圧倒する力を欲している過激派がいることは、ロイドも知っていた。
「皇帝は、もはやお飾りなのかもしれん…過激な奴らは、ローレルを圧倒する力をと、常に言っておったからな。過激な皇族主導か、あるいは…」
シルヴァは、そこで再び言葉を区切ると、遠い目をして、一人の女性を思い浮かべた。その女性は、第一魔術師団の稀代の天才と謳われた女性魔術師だった。彼女は、常に向上心に満ち溢れ、時間があれば研究に没頭していた。その果てに、彼女がたどり着いたのが、この『力』だった。
「…個人の野望か…」
シルヴァが、まるで自らに言い聞かせるように呟いた。その声には、深い憂いと、そして悔しさが混じっていた。ロイドは、その呟きを怪訝な顔で聞いた。シルヴァが思い浮かべた「個人の野望」を抱く人物とは、一体誰なのだろうか。
「シルヴァ様…」
ロイドは、言葉を続けることができなかった。彼らの知らないところで、皇国の未来を揺るがす恐ろしい陰謀が、静かに、しかし着実に進行していることを、ロイドは肌で感じていた。彼らの戦いは、バッシュたちが旅立った今、より一層、過酷なものになろうとしていた。
「個人の野望…と?」
ロイドは、シルヴァの口からこぼれた呟きを、怪訝な顔で聞き返した。シルヴァは、まるで深い沼の底を覗き込むかのように遠い目をしたまま、静かに語り始めた。
「わしが、第一魔術師団の団長だった晩年のことだ……。一人の少女が、圧倒的な魔力量を秘めて入団してきた。当時、彼女ほどの大魔力を宿した人間は、皇国中を探しても他に類を見なかった。しかし、その瞳は常に何かを憎んでいるかのように冷たい光を宿しておった。決して感情を表に出すことはなく、ただひたすらに、己の力を高めることだけを求めていた。」
シルヴァは、深く息を吐き出す。その息には、過去の苦悩が混じっているようだった。
「その子の魔力量はあまりにも強大で、制御せねばいずれ自壊するとわしは判断した。だから、わしが徹底してその力を制御する術を教えることにした。まあ、弟子のようなものだな…。」
遠い過去を懐かしむような、それでいてどこか寂しげな響きが、シルヴァの声には含まれていた。
「その子は、みるみるうちに上達した。わしが教える魔術は、全てを完璧にこなし、やがてわしに引けを取らないほどの魔術師へと成長した。だが、彼女の飽くなき探究心は、いつしか禁忌へと及んでいった…『力』を求めて、禁じられた研究に手を出すようになってな…。」
ロイドは、黙ってシルヴァの言葉に耳を傾けていた。その背筋が、じわりと冷たくなっていく。
「一度だけ、理由を聞いてみたことがある。なぜ、そこまでして『力』を求めるのか、と。すると彼女は、ただ険しい顔で『憎い』とだけ言った。誰が、何が憎いのか…それを語ることは、決してなかった。それ以来、わしは彼女とは距離を置くことになり、今は何をしておるのか…どこにいるのか…わからん。」
シルヴァは、そう言って目を閉じ、深い沈黙に包まれた。
「私怨で…こんな大掛かりなことを…?」
ロイドは、混乱した頭で呟いた。個人的な復讐のために、これほどまでに国を巻き込むような陰謀を企てられるものなのだろうか。そのあまりにも巨大なスケールに、私怨だけでは説明がつかないと感じた。
「いや…やはり、皇族主導が濃厚なのか…?」
ロイドは、そう考えることで、自分の心に一筋の安堵を見出そうとした。個人の野望が、これほどの惨劇を生み出すのだとしたら、あまりにも恐ろしい。しかし、シルヴァの言葉の奥には、ロイドが知らない、もっと深い闇が潜んでいるように感じられた。この皇国に渦巻く陰謀の糸は、彼が想像していた以上に複雑に絡み合っているようだった。




