第4章 (10)夢の断片
エライザは、意識が朦朧とする中で、不思議な光景を見ていた。それが夢なのか、それとも過去の記憶なのか、はたまた未来の予知なのか、彼女には判別がつかなかった。ただ、自分の意識だけが、光に包まれた空間に存在している。
その光景の中央に、祭壇に横たわる一人のエルフ。そしてそのエルフに、一人の人物が鋭い刃を突き立てようとしていた。その人物の手には、バッシュが身につけているのと同じ、見覚えのある指輪がはめられている。
過去の記憶なのか、それとも未来に起こる出来事なのか……。
その残酷な映像が、そこで途切れた。
エライザは、まぶたの裏に焼き付いた光景の余韻を感じながら、ゆっくりと意識を取り戻した。顔を上げると、そこにはアリサの心配そうな顔があった。どうやら、アリサの膝を枕に、眠っていたようだ。
「……アリサさん……」
「ああ、よかった…目が覚めたんだね!」
アリサは安堵した表情で、バッと立ち上がり、バッシュを呼んだ。
「バッシュ!エライザが目を覚ましたよ!」
焚き火のそばに座っていたバッシュが、すぐに駆け寄ってくる。エライザの顔を見て、彼の表情から緊張が解けていくのが分かった。
しかし、エライザの頬には、一筋の涙が流れていた。彼女は、その涙の理由を理解できずに、首を傾げた。
「あれ、なんだろう?変だね、へへ…」
彼女はそう言って、照れくさそうに微笑んだ。夢の内容は断片的で、はっきりと思い出せない。ただ、その光景が胸を締め付けるような、漠然とした悲しみだけが残っていた。
「おはよう、バッシュ。」
エライザがそう言って微笑むと、バッシュとアリサは、彼女の無事な姿に安堵し、優しく声をかけた。
「ああ、おはよう。大丈夫か?気分は悪くないか?」
「本当に心配したんだよ!大丈夫かい、エライザ?」
バッシュとアリサの心配そうな声に、エライザは首を横に振った。
「うん、ごめんなさい、でも大丈夫だよ。」
彼女はそう言って、再び笑顔を見せた。不思議と落ち着いていた。精霊を感じるこの場所が、彼女の心を癒してくれているのだろうか。悲しい夢の断片は残っていても、そこには、確かな希望の光が差しているようだった。
エライザは、バッシュとアリサの優しい声に安堵したのも束の間、焚き火の向こうに座る見慣れない人影が目に入り、思わず息をのんだ。彼女の体は、本能的に緊張で強張り、すぐにバッシュの背中に隠れるように身を寄せた。
「だ、だれ…?」
エライザの震える声に、バッシュは静かに振り返り、彼女を安心させるように優しい声で言った。
「落ち着いて、エライザ。この人はスコール。ローレル王国の科学者で、道に迷っていたところを助けたんだ。俺たちをローレルまで案内してくれることになった。」
バッシュの言葉に、スコールはにこやかに笑い、手を上げた。
「はじめまして、エルフのお嬢さん!俺はスコール。よろしくね!」
彼の明るい声に、エライザはバッシュの背中から顔を覗かせた。しかし、その瞳にはまだ警戒の色が残っている。
「本当に…怪しくない人、なの…?」
その言葉に、スコールはオーバーに両手を広げた。
「怪しくない!怪しくないって!こんなにもバカ正直に道に迷いました…なんて言う男が、どこにいるって言うんだい?だろ?君たちも、こんなところで怪しい人なんて見たくないだろう?だから怪しくない!絶対怪しくない!」
スコールは、そう言ってからかうように笑った。その屈託のない笑顔と、大げさな身振りに、エライザの警戒心は少しずつ解けていく。そして、スコールの「怪しくない!」という必死の言い訳に、エライザは思わず「クスクス…」と笑みをこぼした。
その笑顔を見て、バッシュは心底安心した。彼の表情は、一瞬で柔らかくなる。
「やっと笑ったね、俺がもっと面白い話でもすればよかったかな?君のその笑顔が見れるなら、どんなことでもしちゃうよ!」
スコールはそう言って、冗談めかして言った。エライザは、再び笑顔を浮かべ、スコールのことを不思議そうな、しかし親しみのある眼差しで見つめた。スコールという新たな仲間が加わったことで、彼らの旅の雰囲気は、少しだけ明るくなったようだった。
夜が明け、朝の光が森の奥深くまで差し込んでくる。焚き火の火はすでに消え、空気はひんやりと澄んでいた。バッシュたちは、それぞれの馬の手綱を握り、出発の準備を整えていた。アリサに膝枕をしてもらっていたエライザも、すっかり元気を取り戻したようだ。
「さあ、出発だ!」
アリサが元気な声でそう言うと、三人は馬に跨がり、再び星屑の海を後にした。森を抜ける道は、来た時よりも遥かに早く感じられた。
やがて、遠くに開けた空間が見えてくる。アリサが馬を止め、振り返った。
「街道に出るよ。元の道まで戻ってきた。」
その言葉を聞いたスコールは、馬上で両手を広げ、大げさに喜んだ。
「やったー!生きて出られたー!」
スコールのその仕草に、エライザは思わずくすっと笑う。バッシュは、そんな二人を横目に、ただ静かに前を見据えていた。彼の心の中には、新たな旅の仲間と、そしてこれから向かうローレル王国への、複雑な思いが渦巻いている。
「ここからは俺が先導しよう。」
スコールはそう言って、馬を前へと進めた。彼の馬は、「馬」なのだろうか?バッシュたちの馬とは違い、どこか近未来的な、不思議な形をしていた。バッシュたちは、そのスコールの背中を追い、ローレル王国を目指して再び馬を走らせた。彼らの旅は、今、新たな局面を迎えたのだった。




